キーマンが語るランクル開発の舞台裏(2)世界で愛される名車の開発はコストより性能第一
&GP / 2019年10月30日 19時0分
キーマンが語るランクル開発の舞台裏(2)世界で愛される名車の開発はコストより性能第一
延々と続く砂漠。その険しい砂の丘を、砂塵を巻き上げながら駆け上がる4輪駆動車…。そんなシーンを動画配信サービスなどで観たことのある人も多いのでは?
オイルマネーで潤う中東エリアの富豪たちによる、日常のちょっとしたレクリエーションのワンシーンですが、そんな場面に登場する4輪駆動車が、トヨタの「ランドクルーザー」。
世界的に“ランクル”の愛称で親しまれるランドクルーザーは、乗用車をベースに開発されたクロスオーバーSUVとは一線を画すタフネスさを誇り、オフロード向けSUVの雄といった存在。
約170の国と地域で販売され、先頃、世界累計販売台数が1000万台を突破したメイド・イン・ジャパンの代名詞であり、トヨタ車の基準であるQDR(Quality , Durability , Reliability & Value)、つまり、品質、耐久性、信頼性の象徴ともいうべきランクルは、どのような手法で開発されているのでしょうか? 長年、ランクルの開発に携わってこられた、トヨタ自動車の小鑓貞嘉さんにうかがいました。
>>ランクル開発のキーマン・小鑓貞嘉さんのインタビュー前編はコチラから
■あらゆる性能で従来モデルに劣ってはいけない
クルマの開発といえば、昨今はマーケティング優先やセールス至上、といったイメージが強くなっています。しかしランクルの開発は、それらとはやや異なる印象があります。ランクルは利益を度外視し、性能を優先した開発が行われているように感じるのです。
「追求すべきは利益か? それとも性能か? どちらを優先するかということでなく、ランクルには使命があり、それを満たすために日夜、改良を行っています。そして、そうした努力が実り、現在のような唯一無二の存在になったとも思っています。ランクルのセールスで得られる利益は、トヨタのラインナップの中でも低くはないですが、個人的には『収益は後からついてきたもの』と考えています」(小鑓さん)
最新の自動車開発といえば、コンピュータで設計やシミュレーションを行い、試作車でデータを取り、必要であれば修正、そして生産に移る…という流れを想像する人も多いでしょう。もちろん、実際にはもっと複雑な工程をたどり、かつ時間を要する作業でもあるのですが、大まかにいって、上記のような流れに沿って開発が進みます。
ランクルもトヨタが手掛ける量産車種だけに、当然、最新鋭の開発機器やシミュレーションを活用して開発されています。しかし、小鑓さんによると、ランクルの開発には欠かせない工程やこだわりがあるといいます。
「ランクルは命を預かるクルマですから、妥協は一切できません。その開発において欠かせないこだわりが、“現地現物”、“号口同等以上”、“実車評価”という3点。使われる環境が一般的なクルマとは異なりますから、完成したからといって、簡単に世に出すわけにはいかないのです。もちろん、シミュレーションも行いますが、最後の実験や作業の確認は、すべて現物で行っています。ランクルは、この現地現物でのテストが欠かせないクルマなのです。自然環境をテストコースで再現することはできません。そこに、気象や路面状況といった環境が複合的に重なると、絶対に再現不可能なのです。
ちなみにトヨタでは、現行車種のことを“号口”と呼ぶのですが、歴代のランクル開発者が守り続けている伝統のひとつに『号口より下がるな』という言葉があります。つまり、信頼性や耐久性、悪路走破力といったあらゆる性能で、現行車種に劣ってはいけないのです」(小鑓さん)
シミュレーションの進化により、衝突安全性の評価もかなりのレベルまで机上で再現可能となった現在ですから、ランクルの開発は入念過ぎると思われるかもしれません。しかし、モデルチェンジの際、ある性能は向上したけれど、わずかでも何かを失った、というのでは、ランクルのモデルチェンジとしては失敗なのだそうです。
特に、海外の極地では、ランクルからランクルへと乗り換えるユーザーが多いのも理由のひとつ。「前のクルマではたどり着けたのに、新型に乗り換えたら行けなくなった…」、「先代では100%たどり着けたのに、新型では行けないこともある…」というのでは、ユーザーの命の危険にも関わります。そのためトヨタでは、徹底したテストを繰り返すのだそうです。
「性能面に関しては、最新モデルは高次元のところに達していると思うのですが、ランクルはやはり『どこかへ行って、確実に帰ってこられる』という性能が大事なのです。
なので私たちは、クルマの壊れ方、についてもチェックします。もちろん、ランクルも工業製品ですから、時には壊れることもあります。壊れる可能性はゼロではありません。そのため、万一、壊れてしまっても、戻ってこられる壊れ方、つまり、クルマとしてキモとなる部分は、絶対に壊れないようなクルマにしたいと考えています。
そのために行っているのが“壊し切り試験”。これは言葉のとおり、クルマが壊れるまで走る、というものです。テストドライバーもうんざりするような過酷な環境でテストを行うのですが、こういうテストを行うことで、私たちでも想定できない壊れ方が、起こらないようにしているのです。
ランクルは、このような確認を行った上で世に出していますので、普通に使っている限り、使用環境にもよりますが、20万kmくらいではびくともしませんし、100万km走ってようやく壊れた、なんてこともあります。それでもランクルは、人がドライブできないほどの過酷な条件で、実際に壊れるまでテストを行っています。そこまでやらせてくれるトヨタ自動車は、すごい会社だと思いますね(笑)」(小鑓さん)
■“変えないこと”もランクルにとっては必要な要素
さまざまなエピソードをうかがうだけでも、ランクルのすごさと歴史、開発陣の熱意が伝わってきますが、一方で“変えないこと”も、ランクルの特徴だと小鑓さんはいいます。
クルマの開発といえば、先進技術の導入に積極的で、常にライバルとしのぎを削る…、という印象を抱く人も多いでしょう。開発者は日々、進化させることに心血を注いでいる、と想像しがちですが、この“変えないこと”もまた、ランクルには必要な要素だといいます。
「変えない、ということは、実績=信頼がある、という証でもあります。ランクルは何十年間にもわたり、世界各地で使われていますが、パーツなどが変わっていなければ、どんな辺境の地でも、工場にさえたどり着ければ、そこには使える部品・中古が存在する、というわけです。
もちろん、リペアのしやすさだけを考えるなら、電子部品をなるべく使わない、という開発手法もありますが、現代のクルマだけにそうはいきません。でも、一部地域向けのモデルでは、今でも燃料ポンプに電気式ではなく、機械式を使っています。これなら、都市から離れた場所でも、ちょっとした知識さえあれば、トラブルが起こってもユーザーの方が自ら分解して修理できるのです。ランクルは元々、ユーザーの方が自らの手で修理できるクルマでしたし、そういった部分も、ランクルならではのこだわりだと思います」(小鑓さん)
何を進化させ、何を守るのか…。その辺りの采配も、ランクル開発者ならではの悩みかもしれません。しかし、自らの足で世界各地をめぐってきた小鑓さんは、そうした苦労よりも、開発を通じて得られた感動の方が大きかったと笑います。
「私はクルマが大好きで、いろんなモデルに乗りましたし、40代まではラリーなどの競技も楽しんでいました。そうした自分の趣味的な視点から見れば、『乗って楽しい』というのもランクルの魅力ですね。一方で、開発者の視点では、ユーザーの方が感動してくださるのか、喜んでいただけるのかが見えやすいクルマだと思います。
例えば、海外のユーザーの方に会いに行くと、少なからず苦情をいわれます。でも、話をじっくり聞いてみると、それは『ランクルだからいっておきたい』という、クルマに対する愛情の一端でもあるのです。中には、苦情・要望を10も20もいわれることがありますが、私はひとつでも『必ず直します!』と伝えていましたし、そうした意見は、開発に活かすよう心掛けていました。実際、その中の問題がひとつでも解消されていると、次にそのユーザーの方にお会いした際、しっかりと覚えてくださっていて「あれ、直してくれたんだね!」と評価してくださいます。
ユーザーの方がエンジニアに伝えたことをしっかり製品に反映させる。これも、ランクルの開発では大事なことだと思います。それは、ユーザーの皆さんにとって、ランクルというクルマが唯一無二の存在である、ということの証でもありますし、『ランクルがあるから仕事・生活ができる』といわれるのは、開発者冥利に尽きますね」(小鑓さん)
トヨタ自動車 小鑓貞嘉さん
ランクルを選ぶということは、少なからず、その性能が必要であるということです。だからこそ、日本は元より、秘境などでも活躍するランクルの1台1台に、ユーザーとの歴史や思い出があり、ユーザーにとってランクルは、かけがえのない存在になっているのでしょう。
小鑓さんを始めとする技術者の方たちが、自ら世界各地に足を運んで実際の使われ方をチェックする。そうした開発手法は、想像以上の苦労を伴うものです。と同時に、エンジニアとして何ものにも代えがたい喜びを感じられるのも、ランクルだからこその魅力なのかもしれません。こうした作り手たちの情熱があるからこそ、ランクルは世界累計販売台数1000万台という栄誉を勝ち得たのではないでしょうか(完)。
(文/村田尚之 写真/村田尚之、トヨタ自動車)
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