もう一度乗りたい!初の愛車 ホンダ「CR-X」で学んだ気持ちいい乗り味の極意
&GP / 2020年9月28日 19時0分
もう一度乗りたい!初の愛車 ホンダ「CR-X」で学んだ気持ちいい乗り味の極意
先進技術を搭載した新型車が続々と誕生する一方、ここへきて1980年代後半から’90年代にかけて発売された中古車の人気も高まっています。本企画では、そんな人気のヤングタイマーの中から、モータージャーナリストの岡崎五朗さんがもう一度乗りたい、記憶の残る旧車の魅力を解き明かしていきます。
今回採り上げるのは、ホンダが1983年6月に世に送り出した「バラードスポーツCR-X」。岡崎さんにとって初の愛車となるこのモデルは、個性的なスタイリングが特徴の高性能FFライトウエイトスポーツカーでした。
■イヌも参ってしまうワンマイルシート!?
ーーCR-Xは、五朗さんにとって初の愛車となったクルマですよね?
岡崎:そうだよ。1984年、高校3年生の夏に買ったんだ。ABSやエアバッグといった安全装備はもちろん、パワーステアリングやエアコンさえも付いていないクルマだった。そんなクルマは、自分の車歴を振り返ってみても最初で最後。ただ、エアコンが付いてなくても、手動で開閉する“ルーフベンチレーション”が付いていたから、「熱くて死にそう」なんて思ったことはなかったね。
ーー1台目の愛車にCR-Xを選ばれた理由はなんですか?
岡崎:中学生の頃にモトクロスを始めたんだけど、以降、バイクはしばらく“ホンダ党”だったんだ。始めに「CR」という競技用バイクに乗って、そこからホンダのバイクを数台乗り継いだ。その流れでCR-Xへ行き着いた感じだね。
ーー2輪だけでなく4輪も「ホンダが良かった」というわけですね。でも当時のホンダって、CR-X以外にも「シビック」や「プレリュード」など魅力的な車種がありましたよね? なぜCR-Xだったのでしょうか?
岡崎:友人や家族といった他人を乗せるつもりがなかったからかな。自分ひとりが乗れればそれでいい、と思っていたんだよね。
ーー確かにCR-Xのリアシートって、ものすごく狭かったですもんね(苦笑)。
岡崎:ホンダはCR-Xの後席を、無理して座っても1マイル(約1.6km)くらいが我慢の限界、ということから“ワンマイルシート”と呼んでいたんだけど、世間では(ワンと鳴く)イヌも参ってしまうからワンマイルシートだ、なんていわれてたね。実際、「乗りたい」といってきた友だちを後席に乗せてドライブへ出掛けたら、次からは二度と乗りたいといわなくなった(笑)。
ワンマイルシート(写真は2代目のもの)
でも僕は、そんなリアシートでも何の不自由も感じなかったし、むしろ、人を乗せたり荷物を積めたりできるからバイクより便利じゃん、と思っていた。
つまりCR-Xは、居住性や利便性よりも、見た目のカッコ良さを優先しての選択だったんだ。
■駆動方式よりも大事なのはクルマの作り方
ーーそんな思い出いっぱいのCR-Xですが、走りに関して何か印象深いエピソードはありますか?
岡崎:初代CR-Xは、まさにFFのライトウエイトスポーツカーだった。僕が買ったのは初期型の「1.5i」というグレードで、1.5リッターのSOHCエンジンは最高出力110馬力とかなり非力だった。とはいえ、車重は800kgしかなく、ホイールベースも2200mmと極端に短かったから、コーナーでは驚くほど曲がる曲がる! 峠道などもヒラヒラと抜けていくんだ。あんな乗り味のクルマって、後にも先にも経験したことがないね。
あと世間では、しばしば「FR車の方が楽しい」とか「FF車の方が速い」なんて論争が巻き起こるけれど、個人的には「乗って気持ち良ければ、駆動方式なんてどちらでもいい」というスタンス。そんな考えに至ったのは、初代CR-Xの影響が大きい。FFレイアウトでも乗って楽しいクルマを作れることを、真っ先に教えてくれたからね。
ーーFR車といえば、初代CR-Xがデビューした1983年の5月に、トヨタから“AE86型”「カローラ レビン」と「スプリンター トレノ」が登場しています。当時、ライバル関係にあった両車ですが、CR-X乗りだった五朗さんはハチロクに対し、どんな印象をお持ちでしたか?
岡崎:当時、友だちがハチロクを持っていたので乗せてもらったことがあるんだけど、第一印象は「トラックみたいな乗り味じゃん!」というものだった(苦笑)。それくらいCR-Xは、ハチロクと比べて走りが格段に軽快だったんだ。
CR-Xのサスペンションセッティングは、とにかく軽快感重視。スタビリティなんてものは、ほとんど考慮されていなかったんじゃないかな。当然、現代のクルマのようにVSC(横滑り防止装置)なんてものは付いてないから、そこそこのスピードで走っていてコーナー手前でアクセルを一気に抜くと、猛烈なタックインが始まる。あれは確か、筑波サーキットでの走行会に参加した時だったかな。最終コーナーで下手にアクセルを抜こうもんなら、スピンモードに入って真横を向いちゃう、って状況を経験したんだよね。
だから「FF車はアンダーステアだ」とか、「FF車はつまらない」なんて記事を自動車専門誌で読むたびに、「ウソつけ!」といいたくなった(笑)。そういう意味で初代CR-Xは、走りの楽しさを左右するのはFFやFRといった駆動方式ではなく、クルマの作り方だということを教えてくれた、いわば先生のような存在だね。
■パワーアップの罠に陥ってしまったCR-X
ーー今、思い出してみても、初代CR-Xって個性的なクルマでしたよね。そのコンセプトについて、五朗さんはどのようにお考えですか?
岡崎:極論すると、初代CR-Xはシビックのホイールベースを短くしてファストバックに仕立てた、なんの変哲もないクルマ。FRのライトウエイトオープンカーを復活させたマツダの「ロードスター」は、フィアット「バルケッタ」やメルセデス・ベンツ「SLK」、アウディ「TTロードスター」といった多くのフォロワーを生み出したけれど、CR-Xの世界観が各国の自動車メーカーに影響を与えることは一切なく、商業的にも大した成功を収めることはできなかった。
当のホンダですら、2代目の“サイバー”CR-Xにこそ初代のコンセプトを引き継いだものの、“デルソル”というサブネームが与えられた3代目では、ホンダお得意の(?)“コンセプトの継承性がない”ところを露呈し、結局、CR-X自体が消滅してしまう。
2代目
3代目
その後、ハイブリッドカーの初代「インサイト」や「CR-Z」にその面影が見られたけれど、今ではともにホンダのラインナップから消えてしまっている。このように、初代CR-Xのコンセプトって短命で、世界の自動車史になんの足跡も残していないんだけど、今もう一度、ああいったクルマが出てくれば楽しいだろうな、と思うよね。
ーーFFハッチバック(シビック)のホイールベースを短くし、ライトウエイトスポーツカーに仕立てた量産車、というのは、世界的に見てもあまり例がありません。
岡崎:「ヴィータ」をベースとしたオペルの「ティグラ」とか、「ゴルフ」ベースのフォルクスワーゲン「コラード」など、過去、ハッチバックから派生したクーペはいくつかあったけれど、その多くはプレミアムな仕立てで、スポーツカーと呼べるものは少ないように思う。
例えばコラードは、カロッツェリアのカルマン社で作られていて、塗装の質などゴルフより明らかに上等だった。でもその分、価格は高かったし、走りも軽快というより重厚な印象で、スポーツカーというよりはスペシャルティカーとしての要素が強かったんだ。そう考えると、FFハッチバックをベースとする2ドアクーペでありながら、走りを追求してスポーツカーを本気で目指した初代CR-Xのコンセプトは、とても珍しいね。
ーーその後、初代CR-Xは1984年10月のマイナーチェンジで“ZC型”ツインカムエンジンが搭載され、1987年9月に誕生した2代目は、1989年9月のマイナーチェンジで、当時としては画期的な“VTEC”エンジンが搭載されます。
岡崎:確かに、ZCやVTECによってパワーアップしたんだけど、初代の1.5iが持っていた“圧倒的に軽く、圧倒的に軽快”というドライブフィールは、どんどん希薄になっていった。パワーアップするとスタビリティを高めないと危険、というのは分かるんだけど、持ち味が失われてしまったのはとても残念だよね。
今も昔も、世のスポーツカーはモデルチェンジのたびにパワーアップを繰り返し、その分、必ず速くなるというお約束がある。でも、パワーが上がった分、ボディ補強などで車重は重くなり、スタビリティが高められるに連れて、走りの軽快感はますます薄れてしまう。実際、新しいスポーツカーに乗ると「前の方が軽快で良かったかも」と感じることも多いからね。そうした罠に、CR-Xも陥ってしまったんだ。でも昨今は、クルマ、特にスポーツカーを取り巻く環境が大きく変化している。パワーアップの呪縛から解き放たれたマツダのロードスターのように、原点回帰したCR-Xが出てきたら、それはそれでウケるんじゃないかな。
コメント/岡崎五朗 文責/上村浩紀
岡崎五朗|青山学院大学 理工学部に在学していた時から執筆活動を開始。鋭い分析力を活かし、多くの雑誌やWebサイトなどで活躍中。テレビ神奈川の自動車情報番組『クルマでいこう!』のMCとしてもお馴染みだ。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。
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