ニッポン珍味紀行~佐賀の不思議珍味「わらすぼ」「ふなんこぐい」
&GP / 2016年12月30日 19時0分
ニッポン珍味紀行~佐賀の不思議珍味「わらすぼ」「ふなんこぐい」
佐賀県の珍味は、他県ではあまり聞いたことがない耳慣れないネーミングが多い。「わらすぼ」「ふなんこぐい」「くちぞこ」「うみたけ」「わけのしんのす」? 名前だけではなんだか想像がつかない。けれど不思議と好奇心をくすぐるミステリアスな魅力に溢れている。そして酒のつまみにはすこぶる良さそうな予感がする。そんな珍味を求めて、有明海へと向かった。
▲有明海。この日は大雨でした。
■そこらじゅうにムツゴロウ…
有明海といえば、九州最大の湾であり、干潟である。
佐賀の人は干潟を「ガタ」という。夏になると干潟の上でドロだらけになって競技する大運動会「ガタリンピック」なるものまで行われる。
その干潟には、筑後川を始めとする多くの河川が流れ込み、栄養分が高く、他所では見ない、この地域ならではの独特の生物が生息している。一番有名なのはムツゴロウ。有明海のアイコンとして、ムツゴロウを使ったキャラクターを県内のあちこちで見かける。道の駅でもスーパーでも、ムツゴロウの煮付けのようなものが売っている。
▲佐賀市のマンホールにはムツゴロウのイラストが。
▲空港へ向かう途中に通りかかった橋。
▲よく見たら橋の柵がムツゴロウだった!佐賀県人にとっては別に珍しくないらしい。
■佐賀のエイリアン、ワラスボ獲りに行きたかったが…
獲る
今回興味深く注目したのは、同じく有明海に生息する生き物、ワラスボだった。
日本ではここにしか生息していないが、中国やインド等にもいるらしい。なにせ、見た目が怖い感じなのだ。歯がギザギザの凶暴ないでたちで、エイリアンに似ている。実際はハゼの仲間で、干潮時には穴を掘って休んでいるが、それ以外は潮流に流されながら棲息している。名前の由来は、麦わらを束ねて筒状にしたものに似ていることから「藁素坊」と呼ばれた、と言われている。
▲エイリアンとして宣伝されているワラスボのポスター。佐賀県の居酒屋にて。
昔の人はなにゆえ、これを食べようと思ったのだろう。
刺身にしたり、干物にしたり、佐賀では比較的普通に食べられているようで、郷土料理を出す居酒屋などのメニューに載っている。干物は駅や空港の土産物屋でも売っている。佐賀出身の人に聞いてみると、子供の頃はよく食卓に上がっていたそうだ。一度素揚げしたものを醤油で煮て、ゴマを振ったものが作り置きされていて、ごはんと一緒に食べる。子供の頃はあまり好きじゃなかったが、今では酒のアテとして、美味しいと思うようになったとのこと。ワラスボとシオマネキはいつも食卓にのっていたそうだ(と聞いただけでは何のことやら)。
ちなみに他には、ウミタケの干物、ワケノシンノスの酢味噌なども並んでいたと話してくれたが、やはりどれもまるで想像が付かない。
さて、「道の駅鹿島」では、ワラスボを獲る「すぼかき体験」ができる。ここはガタリンピックの会場でもあり、泥だらけになる覚悟で汚れていい服を持参し、やる気満々で挑んだのだが、この日は豪雨で雷も鳴り響いていた。講師の方より「すぼかきの道具に雷が落ちるから危ない」と言われ、残念な事に中止になってしまった。仕方ないので、代わりに道具などを見せてもらった。
▲道の駅にはすぼかきの道具が展示されている。60cmほどの刃の先が鉤状になっていて、ワラスボを引っ掛けるらしい。
干潟に出るには「ガタスキー」と呼ばれる木の板を使う(講師の方は「押し板」と言っていた)。片膝を板につけ、サーフィンのように上に乗って移動する。
世界各地の干潟で似たようなものが使われているが、泥の粘り具合などで板の形状が異なるというのが興味深い。タイやヨーロッパの干潟は泥が硬めなので、細身のものが多いそうだ。また香港ではキックスクーター式を使うらしい。
日本での干潟漁は、江戸時代元禄年間(1600年代後半)の頃から行われていたそうで、県立博物館にその資料が残っている。ワラスボを獲る様子が描かれた絵もある。昔は半農半漁だったこの地域では、昭和初期頃まで干潟漁が普通に行われていたが、最近はなくなりつつある。ということで、すぼかき体験はこの土地の文化を残したいという思いもあるそうだ。
▲ガタスキーの道具見本。
▲このように乗る。片足でキックしながら進む。
すぼかきは、先端が鉤のようになった細長い鉄製の道具で、泥の中に40cmくらい沈めて掻き回し、ワラスボを鉤に引っ掛けて獲る。潮が引くとワラスボは巣穴の中に入るので、干潟上に穴が開いて分かるらしい。4月と9月以降がシーズンで、夏は産卵期かつ世代交代のシーズンになる。このシーズンのワラスボは沖合いや海中にいるため、沿岸に巣穴を作らないそうだ。
他にムツゴロウを獲る「むつかけ体験」もあるが、ムツゴロウは気配に敏感で近づくと巣穴に逃げ込んでしまって分からなくなるため、こちらの方が獲るのは難しい。
■実際に見ると、ワラスボはつぶらな瞳でかわいかった…
すぼかきはできなかったが、生きたワラスボが見たいと思ったら、干潟展望館の2階には小さな水族館コーナーがあり、有明海の色々な生物が飼育されていた。そこにワラスボもいた。
水の中にいる生きた現物を見ると、ワラスボは思ったより怖くなかった。目がつぶらで、うっかりするとかわいい方の部類に入る。泥の中の生活で目が退化しており、食べ物は匂いで探し、口に当たるものを食べる。普段は干しエビなどを与えているそうだが、サバの切り身なども食べるという。特に選ばずなんでも食べるそうだ。
▲水槽に生きたワラスボがいる。餌をばらまくと、一斉に動き出す。
▲確かに歯がギザギザだけど、目が小さいのでちょっとマヌケ顔だった。
道の駅 鹿島「千菜市」には色々な土産物が売られているが、ワラスボも売っている。干物にして、何匹かセットになっている。また、後日佐賀市のスーパーへ行ったら、鮮魚コーナーに生のワラスボが普通にパックになって売られていた。最近あまり食べないとは聞くものの、こちらでは意外とポピュラーなのかもしれない。
▲道の駅で販売しているワラスボの干物の束。決して安い魚ではない。
▲スーパーで売っている生ワラスボ(左中)。こちらは安売りになっていた(涙)。
さて、そんなワラスボは果たしてどんな味なのか? 佐賀市内にある居酒屋で、ワラスボの刺身が出るというので食べてみた。
いざ食すと、あっさりした白身の魚でそれほどクセはなく、普通に美味しく食べられる。切り身だけを見たら、ワラスボだとは気づかないかもしれない。しかし、ワラスボはあの奇怪な風貌が特徴的であることから、面白みとしてワラスボの頭を一緒にちょこんと添えている。新鮮なワラスボ活き造りだと、まだギザギザの口をパクパクさせていて、それが本当に噛み付いてきそうで結構怖い。一度おさまったと思って油断していると時間差で忘れた頃にまたパクパクし始めるから驚く。
「ワラスボは意外と生命力があるので、驚かすという意味でもいい仕事するんですよ」と店の大将も笑いながら話していた。
▲ワラスボの活き造り。結構不意打ちでパクパクする。
嬉野温泉にある旅館「吉田屋」には、足湯に浸りながら酒が飲める「足湯バー」というものがあるのだが、そこでは「すぼ酒」が飲める。ワラスボの干物を炙って燗酒に浸したものである。鮎の骨酒やふぐヒレ酒と似たようなジャンルで、ワラスボの出汁がお酒に滲み出て、これはこれで美味しい。白身魚なのでクセもない。
そもそも、ワラスボは干物がとても食べやすい。炙るとパリパリになって香ばしく、スナック感覚で幾つでも食べられそうだ。お酒のつまみにはもってこいである。以前パーティーにこの干物を持って行ったことがあったが、最初はみんな怖い風貌に躊躇していたものの、食べ始めたらあっという間になくなった。エイリアンだ! などと言って、ひとしきりわいわい盛り上がってから食べる。エンタメ性が高い上で美味しい、というのは酒の席ではとても好ましい食材だと思う。自分はすっかりワラスボ好きになった。
▲嬉野温泉 旅館「吉田屋」にある足湯バー。このシチュエーションは贅沢。
▲すぼ酒セットが運ばれてきた。干物はこのまま食べても美味しい。
▲土瓶蒸しのように干物を入れて飲む。出汁として美味しく、なんだか体にも良さそう。
■秋から冬の風物詩、幻の郷土珍味「ふなんこぐい」
佐賀にもうひとつ、すごく気になる郷土料理があった。「ふなんこぐい」というものである。
言葉から想像が付くような、付かないような。要はフナを昆布で巻いて野菜と一緒に長時間煮たもので、「フナ」の「(煮)こごり」がなまって「ふなんこぐい」になったといわれる。
佐賀県南部では冬に食べるもので、鹿島市浜町では毎年1月19日に「ふな市」が開かれ、そこで買ったフナで作る。ふな市自体、幻のような希少な市である。フナは恵比寿様にお供えして、商売繁盛、無病息災を願うという。そのとき(鯛ではないからか)フナを昆布で巻いて隠したそうで、それをいつしか煮込むようになったらしい。また、佐賀県東部ではお祭りのときに食べるなど、地域によって少々風習が違う。いずれもなかなかお目にかかれない。
本来家庭で作られるもので、今もお年寄りがたまに作っていることもあるが、ほとんど見かけなくなったそう。20時間以上煮込んで作るため、大変手間暇がかかるのだ。佐賀出身者によると、小骨が多いので子供の頃は食べにくくてあまり好きではなかったが、今は酒のつまみにいいという。佐賀には酒のつまみにいいものがあまりにも多い。
絶滅寸前となったふなんこぐいを復活させ盛り上げたい、と神埼市にある和食料理店「味彩あらい」の店主が奮闘しているという話を聞き、訪ねてみることにした。
田んぼの真ん中のようなところに店がある。佐賀平野は広大な稲作地帯で、クリークと呼ばれる農業用水路が網の目のように張り巡らされていることが特徴。地元の人は堀と呼び、子供の頃から魚を獲って遊んだりと、その地域の人々の暮らしと密接に関わっている。フナもそのクリークに多く棲み着いている。
▲クリークと「味彩あらい」店主の新井さん。
店主の新井康浩さんは、警備保障会社の社長を務めながら和食料理店を経営している(その他にも、花が好きで広大なフラワー庭園を作ったり、カブトムシをじゃんじゃん育てていたり、とにかく多才な技術とアイディアの持ち主だった!)。
祖父がクリークで獲れる魚で生計を立てていたことから、クリークに感謝し、クリークの環境を守るボランティア活動を行っている(「クリークの恵み」で検索すると動画も出てくる)。昔はクリークで獲れる魚が貴重なタンパク源として食されていたが、最近は食べなくなってしまった。新井さん自身も子供の頃は、おばあちゃんに作ってもらって当たり前のように食べていたという。クリークで今もたくさん獲れるフナで郷土料理を作り、伝統的な食文化を後世に伝えたい。また水環境について考える機会となり、地域興しにも役立てたら、という思いで、ほぼ途絶えつつあるふなんこぐいを復活させることにしたそうだ。
まずは、材料となるフナを獲りに行く。クリークの橋のたもとに網を張り、数分で引っ張り上げるといつもは大抵獲れるそうなのだが、この日は大嵐の次の日で、フナが散らばってしまったらしく、一匹も入らなかった。残念過ぎる。天気のいい日は橋の下に自然と集まって来るそうだ。いつも集団でいるので、多いときは70〜80匹くらい獲れるらしい。特に冬の時期、寒ブナが一番美味しい。
▲クリークに網を放つ。一匹も獲れなかった…
この日フナは獲れなかったが、事前に獲れたフナを丁寧に泥抜きして、大量に冷凍してあったので、料理の実演をしてもらった。用意する材料は、大根、昆布、かんぴょう、フナ。大根は皮を向き、葉の部分だけを切って、丸々一本をそのまま鍋に敷き詰める。長時間煮込むので、できるだけ形を崩さず焦げ付きを防止するとともに、大根にフナと昆布の出汁がしみ込んで、とても美味しくなる。12月以降は自家栽培の大根を使っている。また、家によっては人参、レンコン、里芋、こんにゃくなどを入れるところもあるそうだ。各家庭で入れる野菜は異なる。
▲ふなんこぐいを作るのに昔から使っていたという鍋。
▲下処理が終わったフナ。
フナはウロコをはいで、内臓を取る。水道のホースをお尻の穴に突っ込んで流すと全部出てくる。そうやって、なるべく包丁を入れないようにしているそうだ。
下処理が終わったら、昆布を巻いていく。地域によって巻き方は違うそうで、魚全部を昆布で覆ってしまうところもあれば、全く巻かずに昆布は別に入れて一緒に煮るところもある。新井さんは、フナにある程度味もしみ込みやすいように、半分くらいの面積を空けて昆布を巻いている。
▲フナに昆布を巻く新井さん。
▲昆布は胴の真ん中が隠れるように巻き、干ぴょうで結ぶ。
▲葉を落としただけの大根を敷き詰めた上に、どんどんフナを乗せていく。
▲昆布巻きフナでぎっしりの鍋。
フナは鍋いっぱいにぎゅうぎゅうに詰める。写真の鍋では大根7本に対して、フナ70〜80匹くらい。味噌を水で溶き、水と一緒にひたひたに入れる。味噌は昔は古味噌を使っていたそうだが、今は自分が普段から食べている白味噌を使う。これは家によってさまざま。
アルミホイルで落し蓋をして、とろ火でひたすら煮る。沸騰するまで3時間くらいかかる。沸騰したら砂糖、水飴、酒を入れて、さらに15、6時間煮込む。酒は近くの地酒、天吹酒造のものを使っている。水飴は煮崩れ防止のために入れている。
その後は時々味をみて、調味料を調整する。だいたい午前中に火を付けて、夜まで炊き付け、一旦火を消す。そして次の朝にまた火を付けて、夜まで炊く。そうすることで、フナの中に味がぎゅっとしみ込んでくれる。全部で20時間以上炊いている。やはりとても時間と手間がかかるため、家庭で作るとなったら確かに大変だ。
▲調味料を入れて煮込んだ、20時間後。
▲飴色になって、美味しそう。
■ふなんこぐいんの御膳には、最後にささやかな楽しみが
ふなんこぐいは、10月〜3月の季節限定で出している。サラダや茶碗蒸し、小さなおかずが付いたちょっと贅沢な御膳で提供。ここでのささやかなお楽しみは最後にお茶漬けにすること。これは元来からの食べ方ではなく、ひつまぶしからヒントをもらったオリジナルの食べ方である。
ほぐしたふなんこぐいと、ねぎ、生姜、大根おろしなどをごはんの上に乗せ、和風出汁ベースのお茶を注ぐ。こうすると味に変化が出て、さらさらと食べられてしまう。
▲ふなんこぐいの御膳。他の料理も付いて豪華。
▲臭みは全くなく、昆布ダシが効いている。しみしみになった大根も美味しい。
▲最後にお茶漬けにできるお楽しみセット。
▲大根おろし、ネギ、生姜も一緒に食べるとさっぱり。
ちなみにお持ち帰りも販売している。大根も入り、スープがたっぷり入った状態で真空パックにしているので、温めてそのまま食べられる。懐かしいと買うお年寄りも多いが「若い人に珍しがってもらい、この土地の昔ながらの食文化に興味を持ってもらえたら嬉しい」と新井さんはいう。まだまだ人知れずな郷土料理だが、食べてみれば美味しいという事実と、新井さんの情熱ある行動に、心強さを感じた。
■※ おまけ 佐賀の謎な珍味
▲うみたけ。8cmくらいの大きさの二枚貝。干物にするとスルメのようでいて、もっと濃厚で噛むほどに味わい深い。
▲くちぞこ。舌平目の一種。靴の底に似ていることから「くつぞこ」が次第になまって、そう呼ばれる。煮付けが美味しい。
▲ワケノシンノス。イシワケイソギンチャクのこと。意味は「若者のお尻の穴」!! 写真は味噌で煮たもの。
>> 道の駅鹿島
佐賀県鹿島市大字音成甲4427-6
0954-63-1768
>> 足湯BARクロニクルテラス
佐賀県嬉野市嬉野町大字岩屋川内甲379 旅館吉田屋
0954-42-0026
>> 味彩あらい
佐賀県神埼市千代田町姉1958-2
0952-37-6217
(写真・文/江澤香織)
えざわかおり/ライター
食、旅、クラフト等を中心に活動。著書『山陰旅行 クラフト+食めぐり』『酔い子の旅のしおり』(マイナビ)、『青森・函館めぐり クラフト・建築・おいしいもの』(ダイヤモンド社)等。酒蔵めぐりをメインとしたツアーやイベント「だめにんげん祭り」主宰。最近は日本海側、発酵食品、イカなどに興味あり。
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