【後編】認知症の母を看取って…稲垣えみ子さん 老後、自分をみじめにしない『シンプル生活』のススメ
ハルメク365 / 2024年7月20日 21時30分
![【後編】認知症の母を看取って…稲垣えみ子さん 老後、自分をみじめにしない『シンプル生活』のススメ](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/halmek/halmek_article_12343_0-small.jpg)
アフロヘアで知られる元朝日新聞記者の稲垣えみ子さん。東日本大震災を機に節電生活を始め、50歳で退社。認知症の母との暮らしの中で、物を手放したシンプルな生き方は人生後半をよりよく生きるためにも大切なことと実感したと言います。
老いに対して無防備だった自分が変わった理由
![老いに対して無防備だった自分が変わった理由](https://halmek.co.jp/media/uploads/c62a032d7a534c8f69baacf3a5e5e6e9.jpg)
稲垣さんの自宅は、東京オリンピック(1964年開催)の頃に建てられた古いワンルーム。
独立型のコンパクトな台所には、カセットコンロが一つ
――冷蔵庫を手放し、自炊生活を始めた稲垣さん。ベランダ菜園は「市販のサラダミックスの種を育てると何度も収穫できます。春夏は育ちがいいけれど味が薄く、秋冬はゆっくり育って味がいい。日々小さな発見があります」
そんな稲垣さんが生き方を見直す大きなきっかけになったもう一つが、、母親が認知症になり、「老い」の問題に直面したことだと話します。
***
母は亡くなる3年前から認知症を患いました。父と同居する母のもとに私は週1回通っていて、行くたびに「前回できていたことができなくなっている」という現実を目の当たりにしました。そのとき、老いていくって大変なことなんだなと初めて実感したわけです。
たとえ認知症にならないとしても、若い頃は当たり前にできていたことがだんだんできなくなっていくんだと。
それまで老いに対して完全に無防備で、人生を上っていくことしか考えていなかったけれど、人生の「下り方」を真剣に考え、価値観を変えていかなきゃいけないと思うようになりました。そのために定年を待つのではなく、自分で会社を辞めて人生を切り替えていこうと決断したわけです。
![老いに対して無防備だった自分が変わった理由](https://halmek.co.jp/media/uploads/9a18f24f93ed057865321dd967413570.jpg)
ベランダ菜園で育つ、シソやバジル
認知症が進む母との時間で考えた「老後の幸せ」は
――退職後、築50年以上のワンルームに引っ越し、大量の物を手放して暮らしを小さくした稲垣さん(詳細は前編で>>)。一方で認知症が進んでいく母と時間を過ごし、「老後の幸せ」について考えるようになったといいます。
***
高度成長時代に専業主婦だった母は、まさに上を向いて暮らしを豊かにしようとがんばってきた人でした。母にとって、家族のために毎日凝った料理を作り、大量に洗濯をして、家の中をきれいに整えることは、当たり前の日常であり、プライドでもあったのだと思います。
認知症と診断された頃、実家に泊まって母の横で寝ていたら「お母さん、これからどうやって生きていったらいいかな? 何もできなくなっていくんでしょう?」と聞かれたことがありました。
私はなんと答えたらいいかわからず、「何もできなくなるわけじゃないよ。そんな大変なことをしなくても、朝起きて、ごはんを食べて、散歩して、そういうことでいいんじゃないの」と言ったんですが、母は全然納得していなくて……。
きっと母は完璧な家事を続けたかったのだと思います。でも、それはあまりにもハードルが高過ぎた。ただ敗北感でいっぱいの顔を見るのは切なかったですね。
![認知症が進む母との時間で考えた「老後の幸せ」は](https://halmek.co.jp/media/uploads/8e02f97fbc4a52cdb5f7f25d90cfaf03.jpg)
もともとおしゃれが大好きで、会社員時代は大量の服を持っていましたが、
現在は「このタンスに入るだけ」と決めているそう。
「母もおしゃれ好きで、亡くなった後に服の山が残り、処分に困ってオール500円で展示販売しました。
私は生きているうちに自分で手放したいです」
最期まで「誇り」と「充実感」を持って生きるために
母を見て感じたのは、豊かな暮らしのためにあった膨大な食器や服、便利なはずのグッズや家電が、いろんなことができなくなったとき、一気に襲いかかってくるということでした。
晩年、母はあふれる物に囲まれ、一日中探し物をしていました。いくら探しても見つからず、そのうち何を探しているのかもわからなくなってしまったり。情けなさそうな顔をしている時間が増えていきました。そんな自分が悲しかったのだと思います。
「完璧な家事」と「大量の物」を維持できなくなり、悲しみに押しつぶされていく母を見て、稲垣さんは「もし必要最低限の物を持ち、必要最低限の家事をして暮らしていたなら、もっと長い間それを維持して、誇りと充実感を持って生きられたのではないか」と考えるようになります。その経緯は最新刊『家事か地獄か』でも詳細に綴られています。
私はこの部屋に越してきて、とにかく狭いから掃除がラクで、収納がないので持ち物も最低限になりました。思い出の品も大量に手放して実感したのは、物を捨てても思い出はなくならないということ。
物をしまい込んで忘れるよりも、大切な人を時々思い出す方がずっといいと思うんです。膨大な服や台所用品も手放して、家事が必要最低限になった今、自分の暮らしがちゃんと自分の手に負える幸せを感じています。
この先、老いていっても、必要最低限の家事がきっと強い相棒になってくれるはずです。
稲垣えみ子さんのプロフィール
いながき・えみこ
1965(昭和40)年愛知県生まれ。一橋大学社会学部卒業。朝日新聞社で大阪本社社会部、週刊朝日編集部などを経て論説委員、編集委員を務め、2016年に50歳で退社。以来、都内で夫なし、子なし、冷蔵庫なし、ガス契約なしのフリーランス生活を送る。『魂の退社』『もうレシピ本はいらない』『一人飲みで生きていく』『老後とピアノ』など著書多数。
『家事か地獄か――最期まですっくと生き抜く唯一の選択』
稲垣えみ子著/マガジンハウス刊/1650円 「今の私の目標は、最後まで幸せに生きること、すなわち死ぬまで家事をやり続ける、自分で自分の面倒をみて生きていくことだ」という稲垣さんによる、お金に頼らない、身の丈に合った生き方の提案。
取材・文=五十嵐香奈(ハルメク編集部)、撮影=安部まゆみ
※この記事は、雑誌「ハルメク」2023年8月号を再編集しています。
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