嫉妬や執着を生まない思考法:僧侶・枡野俊明さん「情報社会の中で自分らしく生きるヒント」#1
ハルメク365 / 2024年8月9日 21時30分
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禅の考え方をもとに、心穏やかに暮らすコツを著書や講演、メディアなど多くの場で語られている枡野俊明さん。急速にIT化が進み、慣れ親しんできた価値観から大きく変化しつつある今の世の中を、どうやって自分らしく生きていけるのかを伺います。
枡野俊明(ますの・しゅんみょう)さんのプロフィール
ますの・しゅんみょう
1953(昭和28)年、神奈川県生まれ。曹洞宗徳雄山建功寺住職、庭園デザイナー、多摩美術大学名誉教授。大学卒業後、大本山總持寺で修行。「禅の庭」の創作活動で、国内外から高い評価を得て、99年、芸術選奨文部大臣新人賞を庭園デザイナーとして初受賞。2006年には、『ニューズウィーク』日本版で「世界が尊敬する日本人100人」に選出。著書に『「幸福の種」はどこにある? 禅が教える人生の答え』(PHP文庫)など多数。
今は「盛られた」情報があふれる「情報化社会」
今の社会は、みなさんご承知の通り、ものすごく「情報化した社会」になってしまっています。好むと好まざるとにかかわらず、メディアが流す情報や、周りの人々からの情報の波が押し寄せてきてしまうのです。
特にSNSなどが普及してきましたから、誰が今何をしているとか、どこへ行ったとか、おいしいものを食べたとか、記事や写真がアップされるのが当たり前のようになってきています。
「盛る」「映え」といった言葉があるように、情報を発信する側は、よく見せようと、誇張することもあるでしょう。それには、実際の自分よりも少しでもよく見られたいとか、よく評価されたいとか、そういう気持ちが無意識に働いているわけです。
一方受け手は、その誇張された状態を一般的なことのように錯覚を起こしてしまうことがあります。そうすると、自分に対して何だか惨めさを感じたりとか、あるいは焦りを感じたりしてしまう。
個人の発信だけでなく、メディア発信の情報も同様の状態になってきている気がします。何か意図的につくられたものが一般的な社会常識のように、社会の隅々まで行き渡ってしまっているような感じを受けませんか?
それは決して一般的な常識ではなく、一部の人たちのことなのに。自分もそうでなければならぬというような錯覚をさせ、不安をあおり立てる――そこまで言ってしまうと語弊があるかもしれませんが、そういう社会になってしまっているような危機感を覚えます。
みなさんが暮らす今の社会は、現実よりも誇張され、「盛られた」情報があふれる「情報化社会」になってきていることを、大前提として押さえておく必要があると思うのです。
情報との付き合い方と、自分らしさをどう保つか
もちろん、一昔前に比べれば、欲しい情報が格段に手に入りやすくなったのも事実です。
私もパソコンも携帯も持っていますし、ネットを使って調べものもします。そして、今回の取材はパソコンを使って、リモートで受けています。
私が住職を務めるお寺は神奈川県横浜市にありますが、お越しいただく移動の時間を節約できますし、本当に便利になったと思います。
ネットで調べものをする際、直接調べたいことと関係はないけれど、興味をそそる情報もたくさん出てきますね。ついつい、これも面白そうとか、安いとかお得とかに引かれて見てしまうと、10分で済むことに30分、1時間と使ってしまうかもしれません。
情報機器で時間を節約できる一方で、本来の自分には必要ないことにとらわれて、時間を浪費してしまう面もあるのです。
「情報」には前述したような誇張や不確かさもあるということを認識した上で、本当に自分に必要なものなのか、そうでないのかを常に意識する。「本来の自分らしさ」をどのように保っていくのかを考えていかなければいけないと思うのです。
自分とは本来関係ないことなのに、情報が押し寄せてくると、自分も同じようにしなければならない、あるいは他人と比べて、少しでも、一歩でも、優位に立てるような状況に自分を置いておきたいという意識がどうしても湧き起こってしまう。そして、その意識が、自分の本来の行動を縛ってしまいます。
他人と同じ、あるいは優位(に思える)状況を維持しようと、がむしゃらに何かやっていなければならない状態になり、「自分らしさ」とはかけ離れた考え方、生き方になってしまうのですね。
ですから、今は情報との付き合い方と、自分らしい考え方や生き方をどう保っていくのかということを両立させていく方法を考えていく必要があると思います。
他人や社会を基準にすると「欲望」や「執着」が生まれる
ハルメク世代のみなさんは、お子さんやお孫さんがどの大学に進学したか、どんな企業に勤めているかなど、まわりと比較してしまうこともあるでしょう。
でも、お隣と同じになったから、あるいはメディアで報道されるような状態になったからといって、果たして充実感は得られるでしょうか。
そうではなくて、自分の基準をしっかり持つことが大事です。
禅では「主人公」という言葉があります。これこそ本来の自分自身のこと。他人や社会を基準に、「もっともっと」と追いかけてしまうと、やはり仏教の言葉で「執着(しゅうじゃく)」の世界に入っていってしまいます。「欲望」といってもいいでしょう。
「執着」や「欲望」には切りがない、終わりがないのです。そのことで心がいっぱいで、穏やかにいられることができなくなって、ついには「主人公」を見失ってしまいます。
「我欲」に縛られずに「意欲」を持つことから始めて
ここで「欲」という言葉について整理しておきましょう。
まわりに流されて、私はこれが欲しい、私もああなりたいというのは、「我欲」といいます。「我」の「欲」です。これがものすごく自分の考えや行動を縛ってしまう。我欲が大きくなり過ぎると潰されてしまう可能性もあります。
一方で、自分が本当にやりたいことを見つめて、ビジョンや夢を持ち、この方向に向かいたいと思えるものをつくること、その方向に向かっていく。これは「意欲」です。「意志」の「欲」、意欲は人間を前に進め、背中を押す原動力になります。
「欲」が全面的に悪いわけではありません。「欲」の前に何がつくかで、自分らしく生きられるかどうかに違いが出るのです。
自分らしさから出てくる「私はこうなりたい」という意欲は、年齢にかかわらず、持ちつづけるべきです。情報に振り回されて、本来の「主人公」を見失い、「あれも欲しい、もっと欲しい、もっともっと」となってしまう状態を、私は「心のメタボ」と呼んでいます。
誰もがもともと持っている美しい本来の心に、体脂肪のように「欲」や「執着」がべったりとくっついてしまっているのです。
人生に定年も、ましてや「余った人生」なんてない
高齢になると、「余生」などといって、人生残り少ないから「意欲」なんて持てないという方もいるかもしれません。でも、会社員に定年はあっても人生に定年はありません。ましてや「余った人生」なんてありません。亡くなる瞬間までが「現役」です。
いつ人生が終わるかわからないのは若者でも高齢者でも同じです。ひょっとすれば明日かもしれないし、10年20年30年先かもしれない。いつ終わるかわからないからこそ、今できることで、やりたいことを見つけてがんばる。今日よりも明日、明日よりも明後日。
いくつになろうとも少しずつできなかったことができるようになり、新しい気付きがあれば、毎日がすごく充実することと思います。
自分自身に向き合って、やりたいことをがんばってみる。これが自分らしい考え方、生き方をするための第一歩です。
次回は、自分自身と向き合う方法について、お話しします。
取材・文=原田浩二(ハルメク編集部)
※この記事は、雑誌「ハルメク」2023年8月号を再編集しています。
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