やりたいことが見つからない人の共通点:禅僧・枡野俊明さん「心のメタボ」解消のコツ#2
ハルメク365 / 2024年8月19日 21時30分
禅の考え方をもとに、心穏やかに暮らすコツを著書や講演、メディアなど多くの場で語っている枡野俊明さん。前回は、世の中の情報に気を取られ過ぎると自分自身を見失ってしまう、というお話でした。第2回は「本当の自分に向き合う」ことについて伺います。
枡野俊明(ますの・しゅんみょう)さんのプロフィール
ますの・しゅんみょう
1953(昭和28)年、神奈川県生まれ。曹洞宗徳雄山建功寺住職、庭園デザイナー、多摩美術大学名誉教授。大学卒業後、大本山總持寺で修行。「禅の庭」の創作活動で、国内外から高い評価を得て、99年、芸術選奨文部大臣新人賞を庭園デザイナーとして初受賞。2006年には、『ニューズウィーク』日本版で「世界が尊敬する日本人100人」に選出。著書に『「幸福の種」はどこにある? 禅が教える人生の答え』(PHP文庫)など多数。
何かを好き、興味を持つ、それがすべての出発点
世界遺産の京都・龍安寺
第2回は、私自身の話から始めさせていただきます。ご存じの方もいらっしゃると思いますが、私は神奈川県の禅寺の住職であり、庭園デザイナーでもあります。
私が、庭造りをしたいと初めて思ったのは小学校5年生のときです。私は今自分が住職をしている寺で生まれましたが、父が先代の住職だったとき、戦争で境内は荒れ果てていました。食料がない時代でしたから寺の庭も畑にされており、寺の中は、どこでも走り回っていいような状態でした。
そんなとき、両親に連れられて京都の龍安寺さんに行き、石庭を拝観したのです。今では大変有名なお寺とお庭ですが、当時はそれほど混雑しておらず、数人が静かに熱心に、石庭を眺めていらっしゃいました。
「こんなきれいなところがあるのか」と驚きました。そして「こういうのを禅寺というのか」とカルチャーショックを受け、「将来、うちの寺にもこういう庭を造らなければ」と子ども心に思いました。これが庭に興味を持った出発点です。
その頃はただ、自分が継ぐお寺にも何とかきれいな空間や庭、境内を造り、自分で整備していけるようになりたい。そういう単純な夢だったと思います。美しい庭というものがただ好きでした。
やりたいことは自問自答することで見えてくる
そして高校生ぐらいのときに、私の庭の師匠である斉藤勝雄(さいとう・かつお)先生との出会いがあり、弟子となりました。恩師の仕事を手伝いながら、自分の寺の庭造りしているうちに、知人から、ご自分のお寺だけじゃなくて、こちらの庭の設計もやってみてくださいと言われるようになったのです。
庭造りを自分なりに一生懸命やってみると、出来上がった庭をみなさんがすごくよいと評価してくださるのです。私は庭がただ好きなだけじゃなくて、ひょっとすると、才能があるのかもしれないと思えるようになりました。
評価などは気にせず、無我夢中でやっていたら、みなさんが喜んでくださるという経験ができた。それで、もし私に才能があるならば、これにもっと磨きをかけていけば、もっとみなさんに喜んでいただける、そんな気持ちを持てたのです。
第1回で、「余った人生などない」というお話をしました。とはいえ、仕事や子育てが一段落した今、みなさんの中には、これから自分が何をして人生を生きていけばいいのかわからない、夢中になれることが見つからない、という方も多いのではないでしょうか。
自分はこれから何をやったらいいのか、自分の一番やりたいことは何なのかを知るには自問自答するところから始まります。
いま一度、自分と向き合い、子どもの頃に夢中になったことを思い出してみてはいかがでしょう。家に帰るのも忘れて夢中になって遊んでいたとか、食事の時間も忘れて、何かを作ることに没頭していたとか、そんなことが、みなさんにもきっとあったことでしょう。
幼少期に夢中になれたことこそ、その人が本来好きなことだと思います。子どものときに夢中になれたことを思い出してみるのは、これからを生きていくのに、ものすごく価値があることです。
心のメタボを減らして、本来の美しい心を取り戻す
「坐禅」の「坐」という文字は、「人」という文字が二つ、土の上に乗っています。この二人の「人」は今の自分と、心の中に一点の曇りもない、本来の自己です。「坐」とは、二人の自分が、土の上で対座して自問自答している姿なのです。
「坐」にまだれがついた「座禅」もあります。もともと坐禅は外で行っていたので、まだれがないのが本来の文字ですが、後に室内で行うようになり、屋根がついたのです。室内でも室外でも、一般の方は、坐禅を組まないまでも、今の自分と、本来の自分で対話するような時間を持つことが大切です。それが自分らしく生きられるよりどころを見つけることにつながってくると思います。
世にあふれる情報に流されて、私もああなりたい、あれが欲しい、もっとこうしたいというのは、本来の美しい心に、体脂肪のようなものが、べったりとまとわりついて、美しい心が見えなくなってしまっている状態です。私は「心のメタボ」と呼んでいます。
足元を見つめたとき、何をすべきか見えているか
禅には「脚下照顧(きゃっかしょうこ)」という言葉があります。まずは自分の足元を顧みるということです。
禅寺では、玄関では履物をきちんとそろえなさいと教えます。もちろんそのままの意味もありますが、この本当の意味は、今なすべきことをしなさいということなのです。
仕事をされている方、家庭のことを任されている方、都度都度で、その人にはその人のなすべきことがあるのですから、まずそれをしっかりとやりましょうということです。
もし今あなたが、自分の足元をしっかり見つめて、まず履物もきちんとそろえるということができないのであれば、何かに流され「執着(しゅうじゃく)」していて、自分の心を整えることは難しい状態です。
自分がやりたいことは何か、それに対してどう思っているのか、自問自答を繰り返す。繰り返しているうちに、自分の生きている意味はどういうことなのかということに、だんだん、自分へ問答が向いていくわけです。
玄関の靴をそろえるというような、すぐにできることから生活を正すことで、本来の美しい心に近づきますし、自分との対話で、綺麗な鏡のように美しい心が見えてきます。それが一人一人の本来の軸。仏教では「真如」といいます。真如とはありのままの自分の姿のこと、「主人公」というものなのです。
できないことより、できることに目を向けて
禅語ではよく「雲」という字が出てきます。
例えば「白雲去来」とか「行雲流水」など雲が入った言葉がいろいろあります。雲というのは、南から風が吹けば、北へ流れる。東から風が吹けば西へ流れる。その風の向きや強さによって、雲の形は変幻自在に変わっていきます。
でも、雲という本質は絶対に失いません。流されているようで、雲という軸そのものは流されていないのです。
自分と向き合うことで、やってみたいことが見つかったとしても、若いときと同じようにできないこともあるでしょう。体力や気力の問題で、1時間でできていたことが何時間もかかることもあるかもしれません。これは当然のことです。
できなくなったことばかりにどうしても目が向いてしまいがちですが、そこで「脚下照顧」。できること、今なすべきことに目を向けてください。そうすれば、さらにいろいろなことが見えてきます。
まわりの状況や自分の体、そして意識の変化を認めて、その状態に今の自分を柔軟に合わせていく。これは、決して流されているのでなく、雲のように形は変わっても、自分の本質は変わっていないのです。
さまざまな変化に自分で気が付けたら、少しずつそれに合わせて変えていけばいいのです。
そのとき、人からすごいと思われたいとか、かっこうよく見られたいとか、人の評価が先にきてしまうととてもつらくなります。
私の庭造りがそうだったように、好きで夢中になっていれば、まわりの方の評価は後からついてきますし、もっと言えば、評価が何だろうと気にならなくなります。自分自身が本当にしたいことかどうかが大事です。それがあなたの人生を充実したものにしてくれるでしょう。
最終回は、「本当の自分を深く知る」ことについてお話しします。
取材・文=原田浩二(ハルメク編集部)
※この記事は、雑誌「ハルメク」2023年9月号を再編集しています。
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