父を失ったのに泣けない…50代女性の悩みに住職・名取芳彦さんがアドバイス
ハルメク365 / 2024年11月27日 11時30分
読者のお悩みに専門家が回答するQ&A連載。今回は54歳女性の「父を失った悲しさを実感できず、気持ちの整理がつかない」というお悩みに、仏教の教えをわかりやすく説いて「穏やかな心」へ導く住職・名取芳彦さんが回答します。
54歳女性の「父を失った悲しさを実感できない」というご相談
先日、父が急逝しました。母と姉はすごく泣いていましたが、私は一度も泣くことができませんでした。
そのせいなのか、いつまで経っても父を失った悲しさが実感できずにいます。
泣けないのは医療・介護系の仕事をしており、人の死に慣れてしまっているからかもしれません。
なのに、父のことを考えると思考停止してしまうのです。
この気持ちは、どう整理すればよいのでしょうか……?
(りんごさん・54さん)
名取さんの回答:「思考停止」も悲しみの反応の一つ
Ushico / PIXTA
りんごさんにお父さんとの思い出があるように、お母さんにもお姉さんにも、お父さんとの思い出があります。三人の心の 水鏡には、それぞれ異なったお父さんとの思い出に時々の印象が加わり、多くの心象風景となって映ります。
お葬式でも、法事でも、お墓参りでも、仏壇の前でも、人はそれぞれ異なった思いを抱いて亡き人に対して手を合わせているのです。
ですから、「母と姉は泣いたのに、私は泣けなかった」と比べなくていいのです。
お父さんの死を悲しいと思えなくても、泣けなくても、負い目に感じなくていいですよ。ご自分のことを情に薄い、親不孝者のように考えなくていいのです。
「父のことを考えると思考が停止してしまう」のも、りんごさんなりの悲しみの反応の一つです。しばらくの間は、思考や感情が少しずつ動きはじめるのを待てばいいでしょう。
「医療・介護系の仕事をしているので、人の死に慣れてしまっているのかもしれない」とおっしゃるりんごさんですが、そうではないと思います。
何度も人の死を経験しているので、人の死に対する対処法(死生観)を身につけていると申しあげたほうがいいでしょう。
人には“三つの死”があると言われます。
一つ目は「三人称の死」。知らない人の死です。街の葬儀場で行われている“だれか”の死です。
二番目は「二人称の死」。知っている人の死です。自分の人生に多少なりとも影響を与えた伴侶、親やきょうだい、友人、知人の死です。お父さんの死は、これに当たります。
そして「一人称の死」。自分の死です。
医療・介護系で働いている人は「二人称の死」を数多く経験し、「二人称の死」の対処法(冥福を祈る、故人が喜びそうなことするなど)を身につけます。
私たちにいろいろなことを教えてくれる人を「先に生まれた」という意味で先生と言いますが、私は「先に死んだ人」、“先死”から大切なことを多く学んでいる気がします。
それらを意識すると、亡き人への感謝する気持ちも生まれてきます。
故人の教えは、やがて来る自分の死への心構えになる
Luce / PIXTA
たとえば、私が学んだのは「人は死ぬまで、日々、自分の命の第一線を、自分の人生の最前線を生きているのです」という事実。
「人は死ぬまで生きています。ですから生きているうちに“私が死んだらどうなる?”と遺族のことを心配したり、“死んだらどこへ行くのだろう?”と自分の後生を心配したりせず、生きているうちにできることをしっかり考えたほうがいいですよ」という現実逃避しない勇気。
「人は死んでも無にはなりません。思い出と影響力は確実に残ります」という真実。
ヘレン・ケラーが残したと言われる、「死ぬことは、ひとつの部屋から次の部屋へ入っていくのと同じなのよ。でも、私には大きな違いがあるの。だって次の部屋では目が見えるんですもの」というロマン溢れる言葉に私が共感するのも、「二人称の死」を多く経験してきたからでしょう。
遺影を見ると「あなたも私のようにいつ死んでしまうかわからないから、生きているうちにやりたいことを精一杯おやりなさい」と諭(さと)してくれている気がします。
さまざまな状況の中で死を迎えた人が教えてくれたことは、やがて来る自分の死に対する心構えになります。
どうぞ、お父さんから受けた“おかげ”を意識してください。してもらったことだけではありません。
お父さんを反面教師として「私はあんな言い方はしないし、あんなことはしないと誓った」なども、お父さんから受けた“おかげ”の一つです。
近いうちに、「長い間、お疲れさまでした。いろいろありがとう」と、ねぎらいと感謝の気持ちで、お父さんを丸ごと包める日がくることをお祈りしています。
回答者プロフィール:名取芳彦さんなとり・ほうげん 1958(昭和33)年、東京都生まれ。元結不動・密蔵院住職。真言宗豊山派布教研究所研究員。豊山流大師講(ご詠歌)詠匠。写仏、ご詠歌、法話・読経、講演などを通し幅広い布教活動を行う。日常を仏教で“加減乗除”する切り口は好評。『感性をみがく練習』(幻冬舎刊)『心が晴れる智恵』(清流出版)『心がほっとする般若心経のことば』(永岡書店)など、著書多数。
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