自分が、家族が、認知症になったら…認知症研究の第一人者・長谷川和夫さんが伝えたかったこと
ハルメク365 / 2024年11月3日 18時50分
認知症専門医・長谷川和夫さん(中央)と長男・精神科医長谷川洋さん(右)、妻・長谷川瑞子さん
もし自分が認知症になったら……。誰もが抱える不安だと思います。認知症研究の第一人者・長谷川和夫さん(2021年11月ご逝去)は、自ら認知症であることを公表。このインタビューは亡くなる3か月前に伺った、ご本人と家族の大切なメッセージです。
認知症研究の第一人者が「認知症」になるということ
※インタビューは2021年8月に行いました。
「父の方から、認知症だと思うから薬を飲もうかな、どうしようかなと相談されたのが2016年頃でしょうか。認知症研究の第一人者である父本人がそう言うのならと、私の診療所で薬を出し始めました。認知症と公表したのはその翌年。私は父が認知症になってよかったと思っているんです」
と話し始めたのは精神科医の長谷川洋さん。認知症かどうかを判定する「長谷川式認知症スケール」を開発した医師・長谷川和夫さんの長男です。
ーー“父が認知症になってよかった”と言う理由は何でしょうか。
「認知症の専門家である父が認知症になったということは、この病気は誰でもなる可能性があり、多少の不便はあっても普通に暮らしていけることを多くの方に知ってもらえると思ったからです」と洋さん。
認知症でも穏やかな生活ができる
当の和夫さんは、電話でこんなことを話してくれました。
「私は認知症になる前は自分が専門家でありながら、認知症になったら向こう側の人、認知症でないこちら側の人、と隔絶していると思っていたんですが、そうじゃなかった。つながっているんです。
私の症状には波があって、朝起きると脳が光り輝いていて、お昼、夕方とだんだん弱ってくる。翌朝になるとまた輝いている。他の人にはない尊いことです」。
洋さんは「両親は2020年9月に老人ホームに移りました。二人を見ていると、多くの方々の助けによって暮らしが整うことでゆとりができ、穏やかな生活ができると実感します」と続けます。
妻の瑞子(みずこ)さんは、「夫は鼻から酸素吸入し、車いすで移動していますが、食事やお風呂など生活まわりはホームでしてもらえるので安心です。夫はもともとよく話す人でしたが口数は減りました。でも長年一緒にいるので黙っていても通じますし、むしろ文句を言うことが減ってケンカもないからよかったと思いますよ(笑)」と穏やかに語ります。
長谷川和夫さんが説く、当事者と家族のありよう
長谷川和夫さんのインタビューと、著書『認知症でも心は豊かに生きている』(中央法規出版社刊)の言葉から構成しています。
■認知症の当事者としての気持ち●認知症になっても別な人になるのではありません
自分が認知症になると思っていませんでした。なってみて思うのは、認知症の人の本当の痛みを知ることができたということです。
ただし、認知症で別な人になってしまうのではありません。人間には多様性があり、いろいろな面がありますが、それは連続しているのです。昨日まで生きてきた続きの今日の自分が、そこにいるのです。
●認知症は不便なことですが、不幸なことではありません
認知症になると、繰り返し同じことを話したり、道に迷うなど確かに不便なことは起こりますが、まわりのサポートでなんとかなります。喜んだり楽しんだりする感情はそのままに、その人らしく生きられるのです。
●記憶が抜けてもまわりの人が覚えていてくれます
自分がした行動を忘れて、今、ここ、しかハッキリしない状態が私にはあります。でもまわりの人が自分のしたことを覚えていて、助けてくれるので、不安に思うことはありません。
●診断や治療でなく「その人」を見ることです
パーソン・センタード・ケアという言葉があります。直訳するとその人中心のケアです。認知症の人と接するとき、まわりの方が何かしなくてはと、あれこれ働きかけてしまいがちです。
診断や治療ももちろん大切ですが、その人が何を求めているか、まわりの人が耳を傾けてその人の声をよく聴き、尊重することが大切です。
●同情ではなく共感することです
かわいそう、などと思うのは上からの目線。そうではなく同じ高さの目線でいてほしいと思います。軽んじたり、特別扱いしたりせず、寄り添うこと、語り合うことが大切です。
●支えられる人にせず役割を持たせてください
何でもまわりの人がしてしまうのではなく、その人が一人ではできないことだけをサポートしてください。その人なりの役割があり、ほめられることが生きがいにつながります。
【受診と治療】「もしかして認知症?」と思ったら気軽に受診
ここからは、長谷川洋さんに、実際に症状が見られるようになった場合の対処を伺いました。
もの忘れがひどくなった、時間や道を間違えるなどの症状が自分、あるいは家族に見られるようになると、不安になることでしょう。
「認知症でなくても似た症状が現れる病気があるので、まずは気軽にかかりつけ医などを受診することをおすすめします」と洋さん。
いわゆる認知症の治療は、症状の進行を遅らせる投薬が中心ですが、他の病気が原因の場合、その病気の治療でよくなることもあるので受診が大事です。
「仮に認知症だとしても、地域包括支援センターなどで、介護保険や行政のサービスなどのアドバイスがもらえます」と洋さん。
また、高齢者の認知症は、大変な病気や人生の困難を乗り越えて長生きできた証、とも話します。
「認知症の症状はそれぞれの方で異なりますが、サポートにより、その人らしい暮らしを続けることはできます。もともと好きだった音楽を聴いたり、好物をおいしく食べたり、趣味を楽しむこともできる方は多いです。仮に認知症という病気になっても、できることを一緒に楽しんでいけるといいなと思います」と洋さん。
本人と家族が、日々の暮らしに喜びを感じ、支え合うことがその秘訣です。
■こんな行動が見られたらまず相談を●もの忘れがひどい
●判断・理解力が衰える
●時間・場所がわからない
●人柄が変わる
●不安感が強い
●意欲がなくなる
加齢により誰にでも見られる行動ですが、まずは気軽に受診してみましょう。他の病気が原因の場合は治療によって治りますし、仮に認知症と診断されても進行を遅らせる治療ができます。
■まず相談するところは?まずは認知症外来など専門医に相談。住んでいる地域にはなかったり、抵抗感がある場合は、かかりつけ医などに早めに相談しましょう。「もの忘れがひどい」といった相談でも大丈夫です。
■家族が受診を嫌がったら?名称はさまざまですが、地域包括支援センターなど、行政の窓口に相談してみましょう。家族が別の病気でかかっている医療機関でご自身が受診して「実は」と雑談風に相談してみる方法もあります。
■治療はどのように進む?まずは血液検査を行い、次にCTなどの画像検査を行います。甲状腺の機能低下、慢性硬膜下血種など治療できる身体の状態がないか検査で調べることと問診で診断を行い、投薬など治療を行っていきます。
■家族の心構えは?認知症の方を尊重して接することが大事ですが、家族にゆとりがあってできることです。家族だけでがんばらず介護福祉サービスを活用して、家族もサポートを受けることが大切です。
もの忘れや認知症を予防する新習慣
もしも?と思ったときは、早めの受診をしたいですが、まずはもの忘れや認知症を予防することから始めてみましょう。
次回からは「物忘れ・認知症を防ぐ方法」について各専門家に伺います。脳の衰えを食い止める正しい対策や認知症のリスクを下げる運動や食事、生活習慣などついて、各専門家に伺っていきます。
認知症専門医・長谷川和夫さんと家族
■長谷川和夫(はせがわ・かずお)さん
1929年生まれ。認知症介護研究・研修東京センター名誉センター長。聖マリアンナ医科大学名誉教授。74年「長谷川式簡易知能評価スケール」を開発(91年に改訂)。2004年「痴呆」から「認知症」に名称変更に尽力。2021年11月13日ご逝去。享年92。
■長谷川洋(はせがわ・ひろし)さん
1970年生まれ。長谷川和夫さんの長男。長谷川診療所院長。医学博士、日本精神神経学会・老年精神医学会専門医。著書『認知症のケアマネジメント』(中央法規出版刊)。
取材・文=原田浩二、松尾肇子(ともにハルメク編集部)
※この記事は雑誌「ハルメク」2021年10月号を再編集、掲載しています。
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