松浦弥太郎さん、どうして映画を作ったんですか?
Hanako.tokyo / 2021年10月23日 9時0分
文筆家、書店オーナーとして知られる松浦弥太郎さんが、映画『場所はいつも旅先だった』を作り、10月29日には東京での公開を迎える。5カ国6都市を巡った1本のドキュメンタリー映画の撮影は主に“現地の人々の日常の営みを感じられる”早朝と深夜に行ったという。この作品を通して、松浦さんが伝えたかったこととは。
メルボルンの風景。旅に行きたくなります。©︎Mercury Inspired Films LLP
気軽に海外へ行けなくなって久しい。制限のない旅はどんな感じだったか、忘れそうになる。10月29日から公開される松浦弥太郎さんの映画『場所はいつも旅先だった』は、海外を自由に行き来していた頃の感覚を呼び起こし、外国に滞在する高揚感と少しの緊張を思い出させてくれるドキュメンタリーだ。撮影はコロナ禍前に行われ、サンフランシスコ、シギリア、マルセイユ、メルボルン、台北・台南の全6都市を巡っている。だが、有名な観光名所は一つも出てこない。映し出されるのは現地に生きる人々のささやかな日常だ。松浦弥太郎さんはなぜ、旅をテーマに映画を作ったのか。映画という新しい分野で表現する難しさ、作る上で大事にしたことを聞いた。
一冊の本を作るように
台湾での撮影風景。
撮影は早朝、そして深夜。
撮影スタッフと一緒に。
─プロデューサーから「一緒に映画を作りませんか」と言われた時、どう思いましたか?
松浦 まず、僕のやることじゃないなと思いました。自分には自分の得意分野があって、映画は異業種ですから。その世界に自分が入っていくおこがましさもありますし、「引き受けます」という感じではなかった。前にも一度、映画を作りませんかという話をいただいていて、その時は固辞したんです。
─当初は“本にまつわるドキュメンタリー映画”という企画内容でオファーがあったそうですが、松浦さんから「本ではなくて旅をテーマにした映画にしよう」と提案をしたと伺いました。
松浦 そもそも、僕は映画監督という言葉にもすごく違和感があって。職業にしているわけでもないのにそんなこと言っちゃいけない気がして。でも、編集者が一冊の本を作るように、旅というテーマだったら自分が楽しみながら映画が作れるかもしれないと思いました。旅は奥深いし、古びないし、憧れもあるし、いろんな人と共有できることがあるからいいじゃないかって。だから、脚本がないドキュメンタリーだったらできるかも、という感じでスタートしました。
台湾のロケ先で撮影された写真でつくったビジュアル。
こちらはサンフランシスコのロケ現場での写真。
答え合わせをする人生は嫌だなって
何かが始まる、朝のピュアな空気が好きだという。©︎Mercury Inspired Films LLP
─旅先では早朝と深夜だけ出歩くスタイルを映画でも踏襲されていますが、なぜ早朝と深夜なのですか?
松浦 日中はみんなきちんとした格好をしてるし、店もきちんとセットアップされていますよね。だけど、早朝と深夜は町自体がすごく無防備で、僕にとってすごく美しいんです。1日が始まる早朝のクリーンな雰囲気もいいし、夜の暗い町にポツンと明かりがついているのもいい。昼間はいろんなものが見えすぎちゃってちょっと僕には辛い。早朝と深夜には一生懸命生きている人の営みがあって、旅ではそんな日常を垣間見させてもらう感覚があります。この映画には目的がないというか、歩くことの連続なんですよ。今はiPhoneで検索すればすぐに目的地までの行き方も時間もすぐに教えてくれるけど、ずっと右往左往している。そういう旅の楽しみもあるんだということが伝えられたらと。
─よくある旅のガイドブックだと決めたコースを効率よく回ることを提案しがちですが、松浦さんは目的地にたどり着くまでの道程そのものを楽しむ。
“世間ではこれが正しいから私もこうする”とか、それで安心して生きていくことって僕はいやだなと思って。旅にしてもやっぱり自分の答え合わせをしていくプロセスはつまらない。知らない街を迷いながら歩くというのは一見、時間の無駄なように思えて、いつまでも心に残るんじゃないかなと思いますね。
「行けるとこまで」と言える旅がしたい。
台湾で出会った昔ながらのプリン。©︎Mercury Inspired Films LLP
─また自由に海外に行けるようになったらどこへ行きたいですか?
ピンポイントじゃなく、この方向に行きたいっていう感じかもしれない。パリに行くとかじゃなくて、ヨーロッパとかカリフォルニアの方面に行ってみようみたいな。とりあえずパリまで行って、あとは国内線でも電車でもいいんですけど、移動しながら決めようみたいな旅がしたいですね。いつまでも決めずにいる旅って一番、贅沢じゃないですか。僕、好きなエピソードがあって、「どこに行くんですか?」と聞かれた旅人が「行けるとこまで」って返すっていう。それがすごく素敵でね。いつか「行けるとこまで」っていう旅をしたいです。
「どこに行くの」という問いに対して「行けるとこまで」って答えたい自分がいるというのは、僕にとって旅がファンタジーだからです。何が起きるかわからないし、不思議な体験の連続だから。なので、この映画はよくある旅のドキュメンタリーというよりも旅をテーマにしたファンタジーのように作りたいと思いました。
そのためにナレーションを小林賢太郎さんにお願いしたんです。
─今、旅に変わる楽しみは何かありますか?
松浦 代わりがあればいいんですけど、見つからないですね、どうしても。ただ、毎日散歩をするようになりました。夜に1時間。楽しいですよ。夜は静かだし、知らない道を歩いたり、コースを変えるとおもしろいです。こんな道があったんだ、こんな家があったんだって気づきもあるし、リフレッシュします。散歩はメンタルにもフィジカルにも効果があると思っていて、自分が抱えている課題をすべて解決してくれると思います。散歩もそうだけど、旅も答えがないものだから、日常ももっとフワッと力抜いて、ボーッと生きてもいいんじゃないかなって思います。ヨギボーでしたっけ?ああいうのに体を預けてゴロゴロしててもいいじゃないでしょうか。
『場所はいつも旅先だった』
10 月 29 日(金)より渋谷ホワイトシネクイントほか全国順次公開
監督:松浦弥太郎 朗読:小林賢太郎 主題歌:アン・サリー「あたらしい朝」 監督補:山若マサヤ 撮影:七咲友梨 録音:丹雄二 編集:内田俊太郎 制作進行:門嶋博文 デザイン:澁谷萌夏 プロデューサー:石原弘之 企画・製作 / 配給:ポルトレ
(c)Mercury Inspired Films LLP
編集者として映画を作りましたと松浦弥太郎監督。©︎Mercury Inspired Films LLP
松浦弥太郎
まつうら・やたろう/クリエィティブディレクター、エッセイスト。2002 年セレクトブック書店の先駆けとなる「COWBOOKS」を中目黒にオープン。 2005 年から 15 年 3 月までの 9 年間、創業者大橋鎭子のもとで『暮しの手帖』の編集長 を務め、その後、ウェブメディア「くらしのきほん」を立ち上げる。Dean & Deluca マガジン編集長。ユニクロの「LifeWear Story 100」の責任編集を手掛ける。『今日もていねいに』、『しごとのきほん くらしのきほん100』他著書多数。
interview&text Mariko Uramoto
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