試練と書いてチャンスと読む。小さな積み重ねが大きな一歩に。|ブランディングディレクター・福田春美さん
Hanako.tokyo / 2022年6月18日 12時0分
仕事の転機は、努力で掴み取ることもあれば、突然おりてくることもある。チャンスをものにするには、日々どんな準備をしておけばよいのか。月イチ、不定期アップ、Hanako編集長によるキャリアインタビュー。第二回は、ブランディングディレクター・福田春美さんです。
ファッションの最前線に立って世界を飛び回り、のちに自身のブランド〈WR〉を立ち上げるなど2000年代前半の日本のファッションシーンで活躍した福田春美さん。様々な転機をきっかけに大きく舵を切り、現在はライフスタイルストア、ホテル、企業のプロジェクトなどを中心としたブランディングを手がけるディレクターとして活躍中。
「『ブランディングディレクターってどんな仕事ですか?』とよく聞かれます。分かりやすく例えると、困っている人、事柄に真っ直ぐ向き合って、寄り添いながらアドバイスや提案などをして処方箋を出してあげるような仕事です」
仕事に想いを向ける熱量は変わらぬまま、ファッションの世界から飛び出したいまの福田春美に繋がるターニングポイントはどこなのか。その変遷を順に追いかけてみた。
悩み、迷い、遠回りした学生時代。
書斎一面には本がズラリと並び、趣味は器の収集や茶、禅などジャポニズムの世界に没頭していた父と、日本舞踊の先生の母の元で育った福田さん。ご両親の世界観に魅せられるなか、福田さんは幼少期から絵を描くことが好きだったという。
「昔から同じ時間に起きることが苦手で、学校に通うのも留年ギリギリ。絵を描くことだけは時間を忘れて夢中になれました。高校時代はライブハウスによく足を運んでいたので、そこのチラシを書かせてもらったり、高校卒業後は美大に入りたかったので美術予備校に一生懸命通ったり…。結局美大には落ちてしまったのですが、当時興味のあった〈セツ・モードセミナー〉(※1)にクジ引きで入学できる制度があって(笑)最後のチャンスに賭けて、なんとか入学することができました」
その頃、若者の間で活気を見せ始めた渋谷・ファイヤー通りのビンテージショップでアルバイトを始めた福田さん。お店の常連客などの知り合いが増え毎日楽しく過ごしていると、あっという間に学校の卒業を迎えてしまった。「さすがに就職しないとマズイぞ…と思って専門誌を読んでいたら、当時Appleのコンピューターなど機器の設備が充実していた学校が載っていたんです。グラフィックや絵を専門にする人はMacが相棒になる事は知っていたので、ここに通うしかないと決めました」
(※1)川久保玲や山本耀司といった日本を代表するデザイナーや芸術家を数多く輩出してきた美術学校
ご両親に長い手紙を書いて許しをもらい、〈東洋美術学校〉で2回目の学校生活をスタートさせた福田さん。後にグラフィック会社の内定が決まり、順調な一歩を踏み出そうとしていたが、ここで思い留まる事を決める。
「自分はこのまま休みも少なく深夜まで働くことを想像したらなんだか胸がざわついて、結局内定を辞退しました。もちろん親にも2回目の長い手紙を書いて送りましたよ(笑)。そこからまた暫くアルバイト生活を送っていたんですが、改めて自分の興味のあるものはなんだろう、と振り返ったら洋服だったんです。さすがにファッションを学びに3回目の学校へ通い直すことを親に言い出せず…それなら学びより経験だ! と、たまたま募集を出していた〈アダムエロペ〉を受けて、販売員から始めることにしました」
まずは1つのことを頑張って続ける大切さ。
当時23歳。販売員としてスタートを切ったが、なかなか思い通りにいかない道のりだった。
「販売員は個人売りというのがあって、月のランキングが店舗ごとに送られて張り出されるんです。当時は早く仕事を終わらせて彼氏と遊びたいとか、遅刻を頻繁に繰り返していたので全国150人ほどの店員がいた中で130位くらいの問題児でした(笑)。成績が伸びないので、ブランド異動をしますと上司に言われた時は、初めてショックを受けました」
これをきっかけに自分を改めようと誓った福田さんがまず始めたこと。それは苦手だった早起きを意識することだった。
「まずは無理せず1つの事を頑張ってみよう、と誰よりも早くお店に来て自分ができることをやっておく。このルーティンを1ヶ月間続けました。そこから小さな自信が生まれて、次は接客も頑張ってみよう! と、どんどんポジティブになりましたね。メンズの人はこだわりを持ってお店に買いに来る方が多いので、そういう人たちには『この服のカタログ、あのリチャード・アヴェドン(※2)が撮影したんですよ!』とか、服にまつわる情報を提供してあげようと思ったんです。そういう話をすると相手も耳を傾け、少し値段の張る毛皮のコートとか買ってくれて。これをコツコツ続けていたら、結果も自然についてくるようになりました」
1つの小さなきっかけが積み重なり、個人売りの成績は130位から2位へと大躍進。そのままセールストップへと登りつめ、在籍の後半では地方店の立ち上げや売り上げ不良店の見直しやサポートなどに携わった。いまの仕事に繋がるきっかけも、少しここで見出していたようだ。
(※2)「VOGUE」「EGOIST」など多くのファッション誌やハイブランドの広告写真を手がけたアメリカの写真家
ファッション最前線から見えた、自分の未来。
その後、好成績の売り上げが目に止まり、29歳の頃、セレクトショップ〈aquagirl〉の立ち上げに引き抜かれて本格的にファッションの世界へ。順調にキャリアアップへの道へ進んでいるようだったが、あることをきっかけに彼女は大きな転機を迎える。
「ファッションウィークでニューヨークにいた時、9.11に遭ったんです。NY、ロンドン、パリと年8回買い付けに回る生活をしていて、純粋に楽しい気持ちで向き合ってた頃よりも疲弊していた矢先の出来事でした。そこから洋服への価値観が変わり『洋服を糸から作りたい!』と意気込んで自分のブランドを立ち上げたんですが、2年目以降は売り上げの調子も上がらなくて。ここでようやく、物を作って売るより、販売員時代に『どうやって服の良さを伝えよう』など考えてブランディングをしていた時の方が楽しかったことに気付いたんです。ファッションだけに捉われず、もっと泥くさくて人のために何かしてあげる方がいいんだ、と分かったんです」
好きなことを、あえて仕事にしない勇気。
この日は趣味の料理をスタッフに振舞ってくれた。ホタルイカとアスパラのパエリア。
食後にはフランスの郷土スイーツ、フォンテーヌブローも。
ファッション時代の息苦しさを経て、自分が一番ポテンシャルを発揮できる場がどこなのか明確に分かった福田さん。ブランディングディレクターとして活躍するいま、改めて仕事との向き合い方について伺った。
「好きなものを仕事にして幸せになれれば、それはそれで良いと思いますよ。でも自分の人生にはそれが無理でした。特にブランディングという仕事は、ただ派手に打ち出すだけじゃなくて数字の棚卸しや分析、それを好き嫌いで分けずにフラットにして見ることでジャンルの幅が広がりました。いま多く携わっているライフスタイル系の仕事も正直私らしい案件ばかりではないけれど、そこで困ってたり葛藤している人を見ていると真っ直ぐ向き合ってあげたくなるんです。料理と同じように人が欲しているものを用意してあげるような今の仕事は心が踊るし、些細なことで喜んでくれると、もっと喜ばせてあげたいっていうシンプルな気持ちで向き合っています」
福田さんの愛用品はノート。
今年3月にグランドオープンした京都・八瀬の宿〈MOKSA〉のプロジェクト時のメモ。
クラシカルなデザインの〈ツバメノート〉の表紙には福田さん手書きのプロジェクトのタイトル名が。「A5サイズのものを、10年以上愛用しています。普段からミーティングをしながらノートはこまめに取る派。文字や言葉でうまく表現できないときは、図や絵にまとめてみたり。過去のノートもたまに見返したりするので、取り出しやすいように全て棚にまとめて置いてあります」
今回お話しを聞いたのは…
福田春美/1968年、北海道・札幌出身。セレクトショップのバイヤー、プレス、ディレクターなどを経て、2006年自身のブランド『Hamiru』を立ち上げ、2011年にブランディングディレクターとしてスタート。直近では浄水器の企業ブランディングや、ホテル〈MOKSA〉や山口県萩市(旧藤井家)のリブランディング、新しい商業施設のリーシング提案などを行う。趣味は料理と旅。
インタビュー・杉江宣洋、文・花島亜未、写真・大嶋千尋
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