SDGsのニュールール「ゆっくり、自分をいたわる。」豊かな未来のために、みんなで変える。
Hanako.tokyo / 2022年7月12日 14時11分
自分を大切に思えたとき、人は誰かに優しくできる。その循環が心地よい社会へとつながります。日本の伝統芸能によく使われてきた三部構成「序破急」にのっとって、みんなにとって心地よい社会へアップデートするやり方を考えてみました。今回は、「序」。最初のパート、「序」は“セルフケア”から。SDGsの根本は「優しさ」。人は自分を大切に思えたとき、はじめて誰かに優しくできる。その循環が、みんなが心地よい社会へのチェンジへとつながっていく。
まずは17の目標を確認!
環境、社会、経済……。SDGsの17の目標は多岐にわたりますが、その根底にあるのは「あらゆる人々、後から来る世代のために、今の社会や生活を変えよう」ということ。それは我慢することや楽しみを減らすのではなく、むしろ「なんでこっちのライフスタイルや社会にしなかったんだろう。早く言ってよ!」と言いたくなるようなモデルチェンジ。働く時間を減らしたり、家族との時間を増やしたり、大量消費ではなくモノを大切にする……。豊かな未来への原動力となるのは「優しさ」。「自分に優しく、人に優しく」をニュールールに、これからのSDGsについて考えました。
身近になったSDGs。「誰も置き去りにしない、よりよい世界」に向けて、持続可能な開発目標として設定された17の項目を確認しておこう。大きく「経済」「社会」「環境」の3つのジャンルに分けられる。
ゆっくり、自分をいたわる。
毎日会社や家で、常に何かに追い立てられ、まともに呼吸をするのを忘れるほど疲弊している私たち。体が固まって感覚も鈍り、他人に優しくする精神的な余裕すら失われている。まずは心も体も緩めて感覚を呼び起こし、自分の主体性を取り戻すことで、この状況から抜け出したい。体へのユニークな視点から論考を深める二人の識者の、セルフケアにアプローチするヒントとは。
今こそ頭も体も緊張を解き『レイドバック(怠惰)』に寝転ぶ。
私は以前から怠惰に憧れていて、オスカー・ワイルドの『嘘の衰退』など怠惰文学を流行らせようと、よくツイッターで紹介していました。私たちは、近代が煽ってきた、「勤勉であらねばならない」という観念に追い立てられ、怠惰を肯定的に捉える素地がありません。それは資本主義社会にとって都合がいいこと。でももうそんな社会に適さず、もっと怠惰になっていいのではないでしょうか。現在はまだ、交感神経(=闘争・やる気)が優位で働いている人間が評価されがちですが、これからは緩めて生きている人の価値も作っていかなければいけません。イギリスでは考えてばかりいる頭でっかちの人より、レイドバック(副交感神経=癒し)な人の方が評価が高いんです。私は自著で横臥者(おうがしゃ)と表現しましたが、全身を緩めて横になってこそ気づくことがあります。体の大切さもその一つ。ときに怠惰になって寝転んでみるのも大事。(小川さん)
今、縛られている社会は限定的。まずは『自分が主体』であると知る。
4年ほど前から一般の人を対象にインタビューセッションを行っています。そこで感じるのは、自分に対して「〜しなくてはいけない」という命令や警告、一方的な伝達の言葉しか持っていない人が多いこと。こうでなければと思っている時点で、できないと感覚や感情が訴えているのに、社会から逸脱してしまうからと自己否定する。これは自分に対するネグレクトです。そういう人は学校や職場や家庭という個人的な関係性の中で、相手の要求に適う自分に作り変える努力をしますが、その狭い社会での常識は別の場所であれば異なるもの。なぜこんなに駄目なのかと嘆きや怒りを溜め込む前に、相手に合わせすぎず、自分が主体であることを思い出す。まずやってみて相手の反応を見るとか、自分にとって快適なことを相手に示す。生きたいように生きてみる。それで問題があってもあまり気に病まない。私たちは社会のために生きているわけではないのだから。(尹さん)
思いついたら『目を閉じて』、視覚以外の感覚を覚醒させる。
僕たちは文字情報や映像など、理解することのほとんどを肉眼で捉えて行っています。何か起こったときに求められるエビデンスも、ここに書いてあるからとか、映像で映っているからと、ビジュアル重視です。でも人間の理解の仕方は2種類あり、それは目で確認する方法とそうではない方法。目を閉じなければわからないこともたくさんあるはずです。つまり、何となくそう感じたからという目に見えない感覚や感情を疎かにしています。例えば暗闇に入ったときに人は手を前に伸ばして危険を察知しようとします。これは原始的な知性の働かせ方で、手が前足だった頃の名残でしょう。赤ん坊はやたらと物を触ろうとしますが、あれもたぶん触覚からの理解だと思われます。人の理解は体験して、感じて、何かを思って考える、という順序で進むはずなのですが、今はそれが逆転しています。だからときには目を閉じて、視覚以外の感覚を呼び起こしてみてほしい。(尹さん)
より深くゆっくりと息を吸い、『呼吸で体を意識』する。
自戒を込めて言いますが、私たちは頭脳や知識ばかりを重視して体のことを忘れがちです。その結果、頭と体が一致しない状態に陥り、両方がダメージを受けてしまう。もっと体を意識し、頭とのバランスを保つためには呼吸が大切です。私は椎名由紀さん主宰のZEN呼吸法というものを実践していますが、これは腹式呼吸が基本になる呼吸法。最初にそのレクチャーを受けたときに、気合いを入れるときは肺呼吸をしているらしいのですが、手を当ててみると、そうでないときも肺呼吸になっていて、それがいかに浅いかを実感しました。パソコンでの調べ物や論文執筆のせいで、交感神経ばかりが働いているせいでしょう。腹式呼吸のポイントは横隔膜を動かして内臓がマッサージされることを意識すること。そのときに初めて臓器の存在に気づく。すると、不可視だった身体内部が心の目で可視化され、ようやくそれらの機能が実感できるようになります。(小川さん)
『自分だけの支流』で生きていく。そのためにデジタルがある。
デジタルツールのない時代には戻れないのは確かです。しかし正直なところ、ツールがなくてもただ不便なだけで、生存の危機とまではいかないはず。だから程よい距離感で使えばいいと思っています。スマートフォンに流れてくる情報を鵜呑みにせず、それを入り口として別なことを検索する。あるいは体験するために使う。情報を有効に使うには、ある程度の実体験や、どのようにものを見るかという主軸が必要。情報だけで知った気にならず、そこから広がった体験を大事にしてほしい。今は仕事や生活で成長し続けることが求められますが、それは好きな人がやればいい。本流にのらなくても支流で生きていると、同じように支流でカヤックを漕いでいる人に出会って楽になる。あるいは、身近な人の余計な助言や批判で落ち込む前に、遠くにいる賢人や生き方の幅広い人の言葉を聞いてみる。そういう出会いのためにデジタルを活用すればいいと思うんです。(尹さん)
頭脳よりも指先や手足など、『体を動かすこと』を意識してみる。
今の自由競争社会では頭脳労働を重視しすぎて、体を動かして労働する人や手の技術を持った職人が軽んじられています。例えばレオナルド・ダ・ヴィンチは芸術や建築の天才といわれていますが、彼本来の素晴らしさは頭で考えるだけではなく、工作機械などの物を体を動かして作り、実験して発見につなげていったところにありました。またアーツ&クラフツ運動で有名なウィリアム・モリスや民藝運動の柳宗悦(やなぎむねよし)は、繊細な手仕事で日常の芸術を作り上げていった職人的な人々です。17世紀のイギリスの哲学者であるジョン・ロックは、人が経験し〝知覚〞したさまざまなことは身体自体に刻まれて(impressed)いく、と唱えています。体の記憶には耐久性がある。そもそも頭脳労働も、体の臓器(脳)があって初めて成立すること。肥大しすぎた頭脳偏重傾向から少し離れて、身体的な経験や記憶を信頼することに目を向けたいですね。(小川さん)
空気を読み共感するのではなく、意見を交わす『真の対話』を。
これからの若い世代に伝えたいのは、日本語でしっかりした対話ができるようになってほしいということ。僕らの世代は対話の作法を身につけていません。ディスカッションも不得手。そこには2つの局面があって、まず反対意見を言われたときに攻撃されたと受け取ってしまうこと。意見の否定が人格の否定だと勘違いすると対話ができない。そして対話によって生じる緊張を避けるために空気を読んで、相手の意見に適当に相槌を打つだけで自分の考えを言わない。本来対話は対立関係から始まるものなのに。僕たちが対話する際は圧倒的に共感意識が支配していますが、共感は理解とは異なるもの。その意見を理解しているからこそ否定できるんです。日本人には過剰なほどの共感性がありますが、皆まで言わなくても察知するのは気遣いとは言えない。うわべではなく、真の考えがお互いの中で明らかになってから、ようやく本当の気遣いが生まれると思います。(尹さん)
Commentators
18世紀医学史・文学研究者
小川公代(おがわ・きみよ)/1972年、和歌山県生まれ。ケンブリッジ大学卒業。グラスゴー大学博士号取得。上智大学外国語学部英語学科教授。著書に『ケアの倫理とエンパワメント』など。
インタビュアー、ライター
尹 雄大(ゆん・うんで)/1970年、神戸市生まれ。多数の取材経験と武術の体験を元に身体論を展開。近著に『つながり過ぎないでいい―非定型発達の生存戦略』、『親指が行方不明』がある。
Photo
八木 咲(やぎ・さき)/埼玉県出身。写真家。日本大学芸術学部写真学科卒。暮らしの中に溶け込む光を記憶し続けている。
(Hanako1210号掲載/text : Akane Watanuki)
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