1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

経済思想家・斎藤幸平さんインタビュー「SDGsをブームではなく、豊かな社会へと移行するチャンスにする」

Hanako.tokyo / 2022年8月7日 12時0分

経済思想家・斎藤幸平さんインタビュー「SDGsをブームではなく、豊かな社会へと移行するチャンスにする」

近年、SDGsという言葉や活動がより身近になってきた。しかし地球温暖化はまだまだ加速中というニュースも耳にする。私たちの日々の小さな努力は本当に効果を上げられるのか、ほかにできることはないのか。そんな疑問を、著書『人ひと新しん世せいの「資本論」』で“資本主義からの脱却”という論を説き話題となった経済思想家・斎藤幸平さんにぶつけてみた。SDGsを一過性のものにせず、次世代に負の遺産を受け継がせないために、今何ができるのか。5つのテーマに分けて考えていきたい。

1.今こそ、個々の取り組みから、社会のルールや仕組みを大変革する段階へ。

プラスチックごみを減らすなど、SDGs達成のために私たちは努力を重ねているけれど、現実はシビアだと斎藤さん。「パンデミックや戦争、気候変動による異常気象で、この先世界的な食糧危機が起こり、飢餓や貧困の問題がさらに深刻化すると予想されています。つまり、2030年までのSDGsの達成は絶望的な状況になっているのです。パンデミックや戦争は不測の事態だからしょうがないでしょうか。そんなことはありません。科学者たちは、危機が放置されればリスクが高まることを警告していました。それを無視した結果が今回の事態であり、今後気候危機が深まれば、貧困や暴力の連鎖はますます広がっていきます」最近はメディアで連日SDGsが取り上げられ、企業も積極的に取り組みを行っているように見えるが…。

「『人新世の「資本論」』で私は『SDGsは大衆のアヘンだ』と書きましたが、これは、私たちがやっているSDGsのための小さな努力は、地球の環境改善に役立っていると思い込まされているだけなのではないか、ということです。例えば、マイバッグやマイボトルを持つだけでは気候変動は止まりません。お洒落なバッグやボトルを余計に買っていれば、本末転倒です。あるいは、電気自動車に乗っているから環境に配慮している、と安心してはいけないのです。我々にはもっと大きなやるべきこと、この後に話しますが、“社会システムの大変革”というタスクがあるのに、自分は良い消費をしている、と責任逃れ、いわば免罪符を買っているにすぎません。つまり私たちは資本主義による地球破壊にやましさを感じていて、それを和らげるために、資本主義が差し出すさまざまな商品やサービスをせっせと消費して、問題の根本的解決を遠ざけている。それは現実を直視しないようにするための麻薬なわけです」

エコ商品という謳い文句にひかれてまだ量が残っている生活用品を買い替えたり、家庭にあるものは引き取ってリサイクルしますから、と言われてまだ現役の家電を買い替えてしまっては意味がない。企業はその性格上、ときにSDGsを謳いつつも消費やサービスを提供してくる。これは利益を最優先する資本主義社会ではなくなることはない、ということを知っておくだけでも意味がある。実際、「こうした努力だけで本当に持続可能な世界が実現できるのだろうか」と不安に思う人も多いのではないだろうか。

「個人が少しエコに配慮したところで、この社会がものを過剰に作り続ける限り、本質は変わらない。例えば途上国の土地を奪って、先進国の人々が食べる牛の飼料やアボカドを作っている。そして、ファストフードが安いハンバーガーやサラダを提供している。この仕組みをドラスティックに変えない限り、生活の中での節制や努力だけではSDGsの目標達成は遠いでしょう。企業から個人まで、SDGsとされる取り組みについて、私たちは常に検証し、本質を見抜こうとする態度を持っておくべきです」

大量生産・大量消費といわれているファッション業界でも、セールをせずに売り切る、仕入れを減らすなど、今までとは違う取り組みをする流れもなくはない。けれど、業界全体でもう一段階ギアを上げて、本質的なところまで踏み込めるかというところに来ている。「あるコンビニ・チェーンでは、2050年までに、事業全体で使う電力を自然エネルギーに置き換えると発表していますが、その前にそもそも店の数が多すぎる、という議論をすべき。というのも、1990年ぐらいまでの日本のチェーン店の規模数であれば、そのまま自然エネルギーに変えるモデルも成立しましたが、その後の30年間で店舗数は爆発的に増え、気候危機はさらに進んでしまった。

つまり30年前なら緩やかに転換できたのに、今の状況ではかなり大きな変革をせざるを得なくなっているんです。この供給や規模の過剰問題は他の業界や社会全体にも共通することです。今は地球の緊急事態。個々の取り組みも続ける必要はありますが、SDGsを絵に描いた餅にしないためには、もっと大胆に社会の変化を開始すべき段階に来ています」

2.コロナ禍は、私たちが本気になれば大胆な変化を起こせると証明した。

今年、関西から東京在住に。「家財道具すべてが入る家がなかなか見つからず…東京は高すぎです!(笑)」

この緊急事態をどう乗り切るのか。斎藤さんは、そのヒントがこのコロナ禍での私たちの振る舞いにあると語る。「コロナ禍で緊急事態宣言が発令されたことは記憶に新しいでしょう。その際、デパートやショッピングモールの営業を自粛、または時間を短縮させ、飲食店にはアルコールの提供を中止させました。入国制限やロックダウンに近いこともやったわけです。これは経済を回すという資本主義の論理とは全く相容れないこと。私たちの命を守るために、一時的に資本主義が『死んだ』のです。もちろん失業したり収入が激減したりして苦しんだ人たちはたくさんいます。対策の有効性についての検討も不可欠です。しかし他方で、今までの生活にいかに無駄や過剰な消費があったかもはっきりと浮かび上がりました」

例えば外出自粛やリモートワークになったら、付き合いの飲み会に行かなくてもよくなった、満員電車のストレスがなくなった、家族と過ごす方が楽しい、趣味の時間が増えた、ゆっくり眠れる、翌日は二日酔いにならず快適に働ける、など、ポジティブな面も見えてきた。

「重要なのは私たちが本気を出せば、一晩にして振る舞いを劇的に変えられると証明できたことです。これだけの適応力があれば、気候変動や貧困、格差の解消といったSDGsの課題にも我々は一致団結して行動できる可能性もある。気候変動はコロナ禍以上の危機であり、同様のスケール感やスピード感で今すぐ動き出さねばなりません」

新しい空港の開港や道路の拡張、巨大建築物の建設も避けた方がいい、という研究者もいる。残念ながら、そのくらい大きなことをやるべき段階に来ているのだが、コロナ禍では厳しい制限を乗り越えたのだから、という実績ができた。

「例えば健康のためにタバコを規制したように、明らかに環境に影響のあるものを禁止することはできるはずです。短距離の国内線の飛行機や、チェーンストアのように規制をかける、などの大胆な対応を検討する必要があります。本当に気候危機を止めたいのであれば」制限や規制は個人と社会の自由と相反するケースもあるが、しっかりプランニングし民主的に決定すれば、より豊かな社会へと変われるのではないだろうか。

「緊急事態宣言なんてやらない方がいいに決まっています。でも一つのレッスンとして、変えられないと思っていたことが、実はそうではないとわかりましたし、政府も私たちも本気になれば大きな変化を起こせると証明できた。であれば、このSDGsも世界全体、国全体の取り組みとして実行できるはずなんです。そうしなければ、犠牲になるのは、いつも社会的弱者です」

3.格差是正と価値観の転換を共に行い、持続可能で平等な社会を目指す。

SDGsには、貧困をなくす、飢餓をゼロに、すべての人に健康と福祉を、など17の目標がある。斎藤さんは気候変動対策の目標を達成するには、人や国の不平等をなくすこと、ジェンダー平等、平和と公正をすべての人に、などの「公平性や平等」の実現とセットで行動に移すべきだ、と唱えている。「オーガニックなものやフェアトレードのもの、電気自動車、再生可能エネルギー100%、これらは全部それなりに高額です。それを買ったり使ったりできるのは、ある程度お金に余裕のある人たち。そもそもできない人も大勢いて、皆もやろうよとは言いにくい。

そう考えると、これまでのSDGsやエシカルみたいなものは、ブームとして消費されているのに加えて、余裕のある人たちのライフスタイルの一部になってしまっている感も否めない。それらは結局、生きていくことで精一杯の層の『余裕があって、意識が高くていいですね』という反感を買い、社会に不毛な対立や分断を生んでしまう。全員が等しくSDGsを踏まえた生活をするには、格差をなくして、持続可能な食べ物や電力などのプランを、誰もが普通に選べるような社会にしていかなければならない。私が持続可能性と平等はセットで考えようとずっと言ってきたのは、片方だけにコミットしてもSDGsの課題は解決できないからです」

裕福な人々の過剰消費が気候変動と結びついている、と科学者たちは警鐘を鳴らしている。世界の富裕層の10%が、その生活様式によって、地球上で排出される二酸化炭素の半分を出しているという。特にトップの1%は、飛行機や大型車で移動し、世界中のホテルに滞在していて、環境負荷も膨大だ。このわずか1%の人々が、所得額が下から50%の人々の排出する二酸化炭素の倍以上を出している。反対に下から50%の人々は全体の7%しか排出していないにもかかわらず、富裕層よりも先に、家を失うなどの気候危機や飢餓に晒さらされてしまう。

「この問題を解決するには、まず超富裕層のライフスタイルを変えさせなければなりません。それには最高年収を決めるという方法もあります。どれだけ働いても年収は上限3000万円、最低年収は400万円にして、そのレンジにすべての人々が収まるような社会にする。広がる格差社会に歯止めをかけていくのが、脱成長の発想です」

そうした場合、たくさん稼ぐ人は海外へ移住してしまうのではないか、という意見もあるけれど、移住していただいて結構と斎藤さん。残った人たちで持続可能で平等な社会を作っていけばいいではないか、と。

「もちろん、最終的には途上国支援のためにも、国際的な再分配の仕組みを作る必要があります。一方で、仮に格差が縮まったとしても、それだけでは環境負荷は減らないどころか、新たに余計な消費が生まれ、負荷が増えてしまうかもしれない。だから格差の是正とともに、毎日の暮らしで何を重視するか、自分の幸せは何なのか、という価値観の転換を併せて行うことで、初めて持続可能で平等な社会になるのです」

価値観の転換。それには今、私たちが営んでいる生活を大きく変化させなくてはならない。まるで天動説を地動説に切り替えるほどのコペルニクス的転換が必要だ。それは、買いたいものを我慢し、不自由さに耐え、楽しいことを諦めなければならないのでは、と不安にかられる。本当にそんなことができるのだろうか。

「今ある欲望を変えずに我慢するだけだと辛いですよね。だからむしろ新しい欲求を作っていく。もっと環境にやさしい欲求があり得るんです。例えばスポーツや読書、ガーデニング。また、店でお酒を飲むのは20時までにして、あとの時間は家で家族や恋人と過ごすという欲望に切り替えていけばいいわけです。そうなれば、コンビニも24時間営業する必要はないので、早く閉店するとか定休日を作るなどメリハリをつける。電車も終電時間を早める。日曜日はすべての店が閉まるとか。そういう制約をかけることで、店が閉まっているなら外食はやめて隣人とバーベキューでもしようか、という別の発想が生まれます。私たちの欲望は、広告やマーケティングによって煽あおられています。そのモードに入り込んでしまうといつまでたっても抜け出せない。広告を適度な量にすれば、別の欲望を持つ余地が生まれる。人間は広告やSNSから解放されて、暇になれば、もっとクリエイティブにもなれるはずですよ」

広告に煽られてものが欲しくなると、もっと働かなくてはならない。すると多くの労働で電気などのエネルギーを使い、たくさんのものが生まれてしまう。それをさらに消費しなくてはならないので広告を打つと欲望が増えるという悪循環。一日中メールの返信に追われて時間の自由がなく、SNSによって隙間時間すら奪われている私たち。絶えず労働し、絶えず消費させられている生活を、どこかでスローダウンする必要がある。

「それにはまず労働時間を減らしたい。例えば週休3日制にして、残りの4日間は1〜2時間長く仕事をする。すると週40時間を維持できて、賃金もそれほど変わりません。実際にアイスランドでは生産性が落ちなかったという社会実験の結果も出ています。1日8時間・週40 時間労働制が導入されたのは、アメリカでは1919年で、日本は1947年。約100年も経っているのに変わっていないのは奇妙ですよね。

これほど技術が発達しているなら、どこかで思い切って労働時間を減らす方向に舵を切るべきです。そうすることで時間に余裕が生まれ、落ち着いて考えることができて、初めて生活の転換も可能になります。SDGsについて調べて熟考することや、具体的なアクションを起こす、政治に転換を求める運動や、声を上げることができるようになる。そのためにもまず自由な時間が必要です」

5.次世代に何が残せるか。むしろ若い人から大人たちが学んでいくべき。

一人でできることに限界を感じたときに助けになるのは、他者とともにアクションを起こしていくこと。そういう他者とのつながりから、斎藤さんがフォーカスするマルクスの“コモン”の実現(水や電力、住居、医療、教育などを公共財として自分たちで民主主義的に管理することを目指す)への道が始まる。「自分だけライフスタイルを変えて満足するのではなく、同じような問題意識を持った人や家族など周囲の人々を巻き込んで、まずは自分の住んでいる地域のあり方を変えていくことから始める。他者とのつながりに目を向けて、地域でどんな人が苦しんでいるのかなど想像力を広げてみるのが、こうした社会問題を考える上での第一歩になると思います」

ドラスティックな変革をしようとすると、今の生活を変えたくない層との摩擦が起きるかもしれない。地動説を唱えて排斥されたガリレオ・ガリレイのように。そういう意味で本気のSDGsはなかなかに過激な思想であり、個人や企業に制限やストレスをかける部分もある。でもそこに向き合わないともう間に合わないというのも事実だ。

「真のSDGsは、従来の方法で成功してきた世代の人たちからは出てこない。自分たちの既得権益を手放したくないからです。だからこそ、今までのシステムで矛盾を押し付けられてきた人の視点が重要です。その意味で重要なのが、SDGsの目標5のジェンダー平等です。男性と比較して、多くの女性が経済状況にかかわらず、環境問題に強い関心を持っています。そこに、新しい社会が目指すべき価値観のヒントがあるのではないでしょうか。逆に、そのような感性や意見を周辺化し続けた結果が、現代日本社会の隘あい路ろなのです」

アメリカのZ世代はほかの大人たちと違った価値観を持っている。ものを共有し、横のつながりを持って気候変動や差別、ジェンダー問題にも積極的に関わっている。またスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリたちの世代がもっと大人になれば、社会の価値観はかなり変わるはず。

「アメリカでは、Z世代を中心に、すでに資本主義より社会主義の方に将来性がある、と左傾化しています。いわゆる“ジェネレーションレフト”の若者たちがいて、これから生まれてくる世代の間では、そのような価値観がもっと広がる可能性が十分にあります。そうなれば、大量生産や長時間労働によって、儲けのために自分たちの生活や地球環境を犠牲にする資本主義から脱却できる未来は、あと30年くらいで出てくるのかもしれません。もちろん、これは未来の世代に託そうという話ではありません。私たち大人がこの後始末をしっかりしないといけないし、地球環境をより持続可能な状況で将来の世代にバトンタッチしないといけないということです。だから、むしろ今、若い世代から私たちが学んで、新しい社会に移行し始めるのが大切ではないでしょうか」

Navigator…斎藤幸平(さいとう・こうへい)

1987年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。専門は経済思想、社会思想。2021年に著書『人新世の「資本論」』で新書大賞を受賞。

(Hanako1210号掲載/photo : Wataru Kakuta text : Akane Watanuki)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください