名作フレンチシネマ「ぼくの伯父さん」を今、改めて観たい理由。
Hanako.tokyo / 2023年1月30日 14時31分
下町のオンボロアパルトマンに暮らし、仕事も家庭もなく、ドジばかりだがいつも飄々とどこ吹く風。そんな愛すべきユロ伯父さんと甥っ子である少年ジェラールの交流を描いたフランス映画「ぼくの伯父さん」。1958年の公開以降、多くの映画作家たちに影響を与えた本作。昨年話題を集めたウェス・アンダーソン監督の「フレンチ・ディスパッチ」は冒頭で本作へのオマージュをとてもわかりやすく愛嬌たっぷりに捧げている。
ここ日本でも、監督で主演も務めたジャック・タチの映画祭を開催すれば大きな反響があると言う。長年の時を経て愛される「ぼくの伯父さん」。その魅力を改めて確認すべく、この映画のノベライズ邦訳を手がけた小柳帝さんに話を聞いた。
フランス流のエスプリを知る入門編として最適の1本。
「『ぼくの伯父さん』は日本で初公開された50年代末当時もヒットしているんです。その後も、リバイバル上映や過去作のパッケージ化がされてフランス映画が好きな人にとっては世代を問わずに認知されているとてもベーシックな作品です。21世紀に入ってからは、改めて注目されることが少なくなっていたかもしれません。しかし、ここ数年でも2014年に行われたジャック・タチ映画祭が大盛況を収めました。完全デジタルリマスターで日本初上映を行ったら予想を上回る集客があったんです。今の時代、配信で気軽に観ることもできますが、完璧主義者である監督のこだわりが画面の隅々や音響にまで詰まった作品はスクリーンで観てこそ意味がある、と多くのファンが気づいてくれたのでしょう。タチの集大成的作品である『プレイタイム』は、『2001年宇宙の旅』のように70mmフィルムで撮影されているんですが、これは通常のフィルム映画の35mmなので倍です。今で言えばIMAXクラスの情報量を詰め込もうとしたんです。大画面で見て画面のあちらこちらでおかしな出来事が起こっていることをタチは見せたかったのでしょうね。そんなこだわりは『ぼくの伯父さん』からももちろん感じられる。ユロ伯父さんのユーモアは、フランス流のエスプリを知る入門編としては最適です。タチ作品を未見なのだとしたら、まずはこの作品から楽しんでみてほしいですね」
「ぼくの伯父さん」より© 1958 / Les Films de Mon Oncle – Specta Films C.E.P.E.C.
映画を読み解くための“考察”がすすむ、ノベライズの存在。
バスター・キートンらのアメリカの無声喜劇映画を愛し、またパントマイマー出身のタチ監督は台詞を多用せず、動きや表情でユーモアを生み出す。そのサイレント映画のような作りは今の観客には読み解きが難しい場面もあるかもしれない。そんな時に教科書のように手元におきたいのが、小柳さんが翻訳を手がけた映画のノベライズ「ぼくの伯父さん」(アノニマ・スタジオ刊)だ。
小柳帝さんが翻訳を手がけた「ぼくの伯父さん」(アノニマ・スタジオ刊)
「映画『ぼくの伯父さん』は説明的な台詞がまったくない、とても寡黙な映画です。それがいいという人も多いと思うのですが、この小説版は、ただ映画をノベライズしただけでなく、あまり饒舌ではないこの映画を読み解くためのヒントが詰まった考察本と見ることもできるような気がするんです。それは、執筆を手がけたジャン=クロード・カリエールの才能の賜物だと思います。このノベライズを書いたときは無名の作家でしたが、彼はその後、脚本家として『昼顔』のルイス・ブニュエルと仕事をするなど才能を開花させていきます。映画では、いわゆる「神の視点」でストーリーが語られますが、ノベライズでは大人になった少年ジェラールが回想をする視点で物語が展開されます。かつて風変わりな伯父さんが大好きだったジェラールが懐かしい少年時代を振り返ることで、“あの伯父さん、やっぱりちょっと変だったな”と、大人の視点で伯父さんという奇異な存在の感触や近代化に向かう時代背景、伯父さんとジェラールの両親の関係をよりわかりやすく読者に伝えてくれます。ジェラールが伯父さんという存在を通し、自身の父との距離を縮める映画のラストシーンは小説版を読んでから映画を観ると、その機微がじっくりと伝わって新しい感動を得ることができるのではないかと思います。ぜひ、映画と小説を行き来しながらユロ伯父さんとは何者か?を考えてみてほしいです」
「ぼくの伯父さん」より。映画でも笑いを誘う名シーン。
前作から27年たって、出版に踏み切った動機とは?
そもそも小柳さんがこの小説と出会ったのは偶然だったと言う。90年代のはじめころ、パリ・ヴァンヴの蚤の市でガレージセールのように売られていた「ぼくの伯父さん」の前作「ぼくの伯父さんの休暇」のノベライズの古本。そこに「ぼくの伯父さん」の小説本も近く発売になる、と書かれていたそう。しかし、その小説本を探して手に入れるのはそれから10年以上たってからのことだったそう。
「『ぼくの伯父さんの休暇』の日本語版は95年に出しました。それから27年たってやっと『ぼくの伯父さん』を上梓することができました。きっかけを与えてくれたのはこの本の挿絵を描いているピエール・エテックスの存在。彼の監督作品が再評価されたことで、止まりかけていた話を進めることができたんです」
小柳さんが苦心して手に入れた原書の「mon oncle」。
誰もが知る“伯父さん”を描いたピエール・エテックスという人物。
「ぼくの伯父さん」といえば、作品より有名かもしれないのがポスタービジュアルにもなっているイラストレーションだ。赤い背景の前に立つ、伯父さんと少年のシルエット。手書き文字で“mon oncle”と書かれたこのポスターはおしゃれなインテリアアイテムとして今も人気が高い。どこかで見かけたことが一度はあるのでは? このイラストを描いたのが「ぼくの伯父さん」の製作現場にいたピエール・エテックス、その人だ。
「エテックスは多彩な人で、絵も描けば、俳優もするし映画監督もしています。タチはパントマイマー出身ですが、エテックスはすぐれた道化師としても知られ、フェリーニの映画『道化師』にも出演しているほど。タチが『ぼくの伯父さん』を撮影していたころ、彼に弟子入りをしていて映画の助監督をしていました。エテックスの描いた絵をタチが気に入り、アイコニックなパイプをくわえた伯父さんのイラストが本作のキービジュアルになったのです。小説版では、テキストを手がけたカリエールとタッグを組んで絵とテキストで『ぼくの伯父さん』の映画の世界を読み解いていきます。挿絵と言いましたが、実はエテックスのイラストの方が先にあったそうです。カリエールは、それに合わせてテキストを書いたそう。ウェス・アンダーソン監督も自身の作品で引用をした伯父さんが複雑なアパルトマンの階段を上がっていく愉快なシーン。小説では、分解写真のようなエテックスのカットとカリエールのテキストが小気味よく展開します。ふたりの丁々発止の共同作業です。テンポよく映画のシーンをみせてくれていると思います」
伯父さんの住む、迷宮のようなアパルトマン。登ったり降りたりを繰り返す。
このノベライズの作業で意気投合したエテックスとカリエールはその後、映画監督と脚本家として何作も映画作品を手がけることになる。その作品を観ることができる「ピエール・エテックス レトロスペクティブ」が現在、シアターイメージフォーラムで開催中だ。こちらも好評を受け公開期間が延期され、東京以外でも大阪、京都、名古屋などでの公開も決まっている。
「エテックスの映画作品は、権利の問題で長年劇場上映ができない状態でしたが、2007年にカンヌ国際映画祭のクラシック部門で最高傑作と言われる『ヨーヨー』の修復版が上映され、状況ががらりとかわりました。上映権を取り戻すための署名活動が行われ、ジャン=リュック・ゴダールやレオス・カラックス、ミシェル・ゴンドリーなど錚々たる映画人も名を連ねた結果、5万人を超える署名が集まり、2010年にすべての作品の権利がエテックスに戻りました。日本でも2015年の東京フィルメックス映画祭で日本未公開だった『ヨーヨー』と『大恋愛』が上映され、大きな反響を得ました。そして今回のレトロスペクティブの開催にもつながりました」
『ヨーヨー』 YOYO (c) 1965 - CAPAC
『大恋愛』 LE GRAND AMOUR (c) 1968 - CAPAC
「今回のノベライズも、この機会にタチとエテックスのかかわりについて知ってもらいたいと出版に動けたんです。タチもエテックスも自ら演じるし、映画も撮る。フランスのアーティストたちはとにかくマルチでなんでも自分でこなしてしまう。それがすごくフランス的だと思います。溢れる才能に惹かれますし、いろいろなことをやりつつも一本筋が通っていて、そこからぶれない強烈な個性を感じます。さきほども言いましたが、ふだんからフランスの“エスプリ”を語るのに言葉にするのが難しいと思うことがありますが『ぼくの伯父さん』をはじめタチやエテックスの作品は、洗練されていて、笑えて、エレガント、そして毒っ気もたっぷりある。フランスのエスプリがすべて入っていると思います。その魅力に、この機会にぜひ触れてみてほしいですね」
INFORMATION
「ぼくの伯父さん」
ジャック・タチ/監督・脚本・主演
U-NEXTで配信中
https://video.unext.jp/title/SID0059513
ノベライズ「ぼくの伯父さん」
ジャン=クロード・カリエール/作
ピエール・エテックス/絵
小柳帝/訳
アノニマ・スタジオ刊 1,870円
https://www.anonima-studio.com/
「ピエール・エテックス レトロスペクティブ」
エテックス監督作品の長編4作品(『恋する男』『ヨーヨー』『健康でさえあれば』『大恋愛』)と短編3作品(『破局』『幸福な結婚記念日』『絶好調』)を上映。シアター・イメージフォーラムほか全国にて順次公開中。
配給/ザジフィルムズ
http://www.zaziefilms.com/etaix/
こやなぎ・みかど/ライター、編集者、翻訳者。映画・音楽・デザインなどをテーマに執筆活動を行う。主な編著書に「ROVA のフレンチカルチャー A to Z」、「小柳帝のバビロンノート 映画についての覚書」、翻訳書に「ぼくの伯父さんの休暇」「サヴィニャックポスター A-Z」など。フランス語教室「ROVA」を主宰し、2023年に24周年を迎える。
text : Kana Umehara外部リンク
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