明日の転機予報/ニットデザイナー・具志堅幸太さん
Hanako.tokyo / 2023年4月23日 18時0分
仕事の転機は、努力で掴み取ることもあれば、突然おりてくることもある。チャンスをものにするには、日々どんな準備をしておけばよいのか。Hanako編集部のキャリアインタビューがリニューアル。Webチームの若手メンバーが、気になる人のキャリアの転換点を探ります!第1回目はニットデザイナーの具志堅幸太さんです。
具志堅幸太 ニットデザイナーぐしけん・こうた/ニットウェアブランド〈Kota Gushiken〉デザイナー。高校卒業後渡英。Central Saint Martins BA Fashion Design with Knitwear科卒業。Christian Wijnants, Christian Dior Couture, Proeza Schoulerのニットウェア部門、Modateca Deannaにてインターンシップ。AW19シーズンより本格的にコレクションの発表を開始。
長谷部千佳 Hanako Webアシスタント2022年11月からHanako Webチームに所属している新米アシスタント。大学卒業後は倉庫会社に就職し、個人向け保管サービスのマーケティング部に配属される。新卒2年目で文章を書くことを仕事にしたいと気づき、Hanako編集部へ。自分のやりたいことを仕事にすべく奮闘しながらも、自分の決断にいまひとつ尻込みしてしまっているところがある。
世界的ファッションの名門大学Central Saint Martins(セントラル・セント・マーチンズ)を卒業後、自身のニットウェアブランド〈Kota Gushiken〉を立ち上げ、現在さまざまなファッション誌などで取り上げられる具志堅幸太さん。具志堅さんが生み出す作品は、日々の生活や友人との会話がヒントとなり、デザインに落とし込まれています。
海外メディアからも注目を浴びる一方、製糸工場から購入者までやりとりを基本的に一人で対応するなど、あくまで目の届く範囲で仕事をする姿勢が具志堅さんの仕事の特徴です。常に結果、成長、発展が求められがちな今、足元を見据え、経済的成功のみに迎合せずどのように生きたいかを第一に考える具志堅さん。社会で求められる自分と本当の自分とのギャップで知らぬ間に疲弊してしまう私たちに、新たな視点をくれるのではないでしょうか。
みんなと同じように頑張る必要があるのか?高校中退が導いた海外大進学
ーーファッションの道に進もうと考えたのはいつ頃ですか?
高校のときです。中学受験をして私立の中高一貫の進学校に入学したのですが、入学当初から決められた道を歩むことに違和感があり、高校1、2年には精神的にも辛く、入院するほど体を壊してしまって。そのとき暇を持て余して、普段は考えない将来のことを考えてみたんです。でも、なんとなくサラリーマンになることはしっくりこない。ならば好きなことをやろうと、昔から装うことに興味があったのでファッションの道を選び、スタイリストを目指すことに決めました。
ーースタイリストから一転、デザイナーを志したきっかけはなんですか?
結局高校は2年で退学し、18歳のときには服飾専門学校の日曜限定授業を受講していました。それまでは学校の美術も絵を描くのも苦手でしたが、中里唯馬さん(※)の授業で初めて自分で手を動かして何かを作ることにどんどんハマっていって。スタイリストではなく、デザイナーに魅力を感じたのはこのときです。
海外の大学に興味を持ったのも、中里さんがベルギーの芸術大学出身だった影響だと思います。当時アルバイトで貯めたお金で、同級生の友達と2人で初めてヨーロッパに行き、ベルギーの芸大のファッションショーを見ました。絶対海外のほうがいいとビビッと感じて、進学を決心しました。
※中里唯馬…〈YUIMA NAKAZATO〉のデザイナー。ーー教育制度の違いや言語の壁など、海外の大学に高校からそのまま行くのはとても勇気が要りそうですね。
確かにあまりにもリスキーなので、親には「まずは日本の四年制大学を出てから考えたら?」と言われました。でも、今度大学を出るときも「とりあえず就職してから考えよう」というように、どんどん先送りになることが想像できてしまって…。海外に出るなら今だと思ったんです。両親を説得するため何度もプレゼンをして、結局行かせてもらえることになりました。本当に感謝しています。
ーー実際に進学してみてどうでしたか?
当初大学はベルギーに行く予定でしたが、ポートフォリオ(※)が足りなかったので、まずはイギリスのセントラル・セント・マーチンズ(以後、セントマ)の基礎コースに通うことにしました。その後は、日本人の先輩から、セントマのニット科はニットを編まなくても成立するほど、講師が学生の主体性を重んじると教わり、その自由さに惹かれ、そのまま同大学のニット科に進学。言語もわからないまま急に英語で授業を受け、今までと環境があまりに異なり、なにをやったらいいかわからず、また自分がなにをやりたいのかもわからなかったので、最初は結構きつかったです。しかし、ここでは日本にいたときに感じたことのない楽しさを確かに感じることができました。
※ポートフォリオ…自身のこれまでの作品や展覧会などの実績をまとめたもの。芸術大学の入試で提出を求められることが多い。海外就職にビザの高いハードル。どうにもできないことをポジティブに捉え直して、ブランド立ち上げに踏み切る。
ーー卒業後、日本でブランドを立ち上げていますが、進路について考えたのはいつごろですか?
大学3年次でインターンをしていたときに、卒業後もヨーロッパのブランドで数年働き、そのあと自分のブランドを立ち上げたいという考えを漠然と抱くようになりました。いざ就職先を探したとき、自分の卒業コレクションをイギリスの有力ファッションメディアに取り上げてもらった影響で、嬉しいことにいくつかの会社からオファーがきたんです。
ーーでは、ヨーロッパから日本に帰るきっかけはなんでしたか?
結局会社がビザを出せないと言い出して、オファーを頂いたのに就職先が全くなくなりました。でもその後タイミングよく、大学の先輩がやっている中国のブランドへの就職のお話を頂きました。ビザ取得完了にかかる1年間は日本で時間を潰しておいてと言われたので、ひとまず帰国しました。
ーー当初は一時帰国の予定だったと。そこからブランド立ち上げに舵を切ったのはどうしてでしょうか?
結局、先輩からビザ取得に失敗したとの連絡があり、一緒に働く話もなくなったんです。ビザが取れないせいで就職先が全然決まらない。それでいて現状アルバイトしかしていない。それならもう、自分でやってやろうって勢いで決めたのが、ブランドを始めるきっかけでした。その当時はショックでしたが、もしどこかのブランドに就職していたら、まだ自分のブランドはやっていないかもしれない。そういう意味ではご縁だなと思います。
ゼロから始めたからこそ、好きなことをして生活できる素晴らしさを噛み締められる
ーー日本の業界でコネクションがないところから始まり、現在に至るまでを振り返るとどうですか?
好きなことをして生活ができるというのは奇跡のようだと思います。僕自身に経営の知識が少ない中やっているブランドなのに、自分の考えた洋服をお客さんに着てもらえて、次のコレクションも作れる環境に居させてもらっている。ありがたいという感覚と、今後もっといいものを作り続けて楽しんでもらいたいという気持ちと、少しの不安といろんな感情があります。でもシンプルに今はとても楽しいですし、信頼できる人と関わりながらずっと楽しくありたいと思います。
手触りを失わない世界との繋がり方で、全員に着てもらえるように
SS23 'The Vibe Senses' © 2023 Kota Gushiken, All Rights Reserved
SS23 'The Vibe Senses' © 2023 Kota Gushiken, All Rights Reserved
SS23 'The Vibe Senses' © 2023 Kota Gushiken, All Rights Reserved
ーー今後目指す方向性は決まっていますか?
ブランドは大きくなりすぎないほうがいいなと思っています。今、お客さんから製糸工場、ニッターさんまで基本的には僕一人で対応しています。毎シーズンやっているので、なんとなくコミュニケーションの取り方や雰囲気が掴めてきました。目の届く範囲で仕事をする感覚がとても心地いいからこそ、ビジネスを大きくすることよりも、社会と繋がりを感じながら続けることを重視しています。
ロンドンにいたとき、色々な国、文化、考え方の人がいる中で、第二言語の英語でなんとか頑張ってみんながコミュニケーションを取ろうとする雰囲気が好きでした。作る側の人と、着てもらうお客さんやお店の方、ビジュアルの撮影チームや雑誌等のメディアの方など全体がまるっと繋がれている感覚を残したまま、今後は海外のお店とも繋がって売っていけたらいいですね。
ブランドのコンセプトは「knitwear for human beings(人間に向けたニット)」。ジェンダー、国籍、年齢、肌の色一切関係なく、いいじゃんと思ってくれた人には全員に着てもらいたいと思っています。そういう意味でもコンセプトに沿うよう日本以外でも展開していけたら面白そうです。
アトリエで見つけた具志堅さんを表すもの
2022年秋冬コレクションでは、元旦に見た富士山からもインスピレーションを受けニットを制作したそう。友人には「絵日記みたいなニットだね」と言われ、思わず納得してしまったとのこと。
「実家で同居していた祖母には、ちぎり絵や短歌の趣味がありました。祖母が亡くなる数年前に今まで詠んだ短歌をまとめて、書籍を自費出版したんですよ。それはロンドンに行く時も持っていきましたし、今でもアトリエのここになんとなくありますね。」
ニットのサンプルや糸が並ぶ部屋の中で、異質な存在感を放つピカピカのグローブ。最近、中高時代の友人に誘われて草野球を始めたのだとか。
「なんでこういう作品を作ったか絵の裏に書いてあります。考えてみれば、僕が今コレクションでステートメントを出していることと同じですね。手紙なのかインスタなのかの違いなだけで。」
photo : Gyo Terauchi interview&text : Chika Hasebe外部リンク
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