1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. ライフ総合

思いを立体にする人たち/寿木けい 第16回 ひんぴんさんになりたくて。

Hanako.tokyo / 2023年8月12日 18時0分

思いを立体にする人たち/寿木けい 第16回 ひんぴんさんになりたくて。

本誌巻頭エッセイ、寿木けいさんの「ひんぴんさんになりたくて」。ひんぴんさんとは、「文質彬彬(ぶんしつひんぴん)」=教養や美しさなどの外側と、飾らない本質が見事に調和した、その人のありのままを指す​、​という言葉から、寿木さんが生み出した人物像。日々の生活の中で、彼女が出逢った、ひんぴんさんたちの物語。

本や雑誌を読んで、ああ、すごいなあとうれしくなって、著者やアーティストのイベントに行ってみたり、手紙やメールを書いたりすることがある。紹介されているのがお店であれば、買いに(食べに)行くことも多い。
私のこうした姿勢──時間とお金を使うこと──を評して、友人は「意志決定にいつもちゃんとした理由がある」と言うが、姉は「なんだかんだと口実を作っては遊びに行って散財している」と、どちらかというとネガティブだ。
どちらも正しく言い当てている。まず、前者のように行動してきたおかげで、その先で、人との出会いに恵まれてきたと思う。物に対してもそう。購入したのがたとえ小さな花瓶ひとつであっても、視界に清々しい風が吹くような気持ちよさが暮らしに加わる。後者は説明するまでもない。収納場所と貯蓄の確保につねに頭を悩ませている。
つい最近も、ある本を読んで興奮した私は、著者に会いに大阪へ行った。
書名は『ようびの器 ものみな美しきそのために』。書いたのは「工芸店ようび」の店主、眞木啓子さんだ。
「工芸店ようび」は、上質で役に立つ日常の器の店として、五十三年前に曾根崎で生まれた。先に挙げた本は、眞木さんの五十年以上にわたる顧客との交流、そして、器の目利き、それらと切り離せない料理のことを綴った初の著書だ。
本を読んで私が打たれるとき、そこには気前のよさというものがある。眞木さんの本も、もちろんそう。半世紀の商いの経験により得られた発見から、料理の盛り付けのコツまで、資料としてとても役に立つし、彼女が四季を大切にしてきた姿がいきいきと表現されている。
一朝一夕には到達できないその境地が、どのページからも感じられ、何を伝えようとしているのか輪郭がはっきりしている。このような本を、生涯で一冊でも表現することができたら。書き手としてこんなに素晴らしい体験はない。
お店に行けばその眞木さんに会える。器を一緒に選ぶことだってできる。急いでスケジュール帳を見て、五月のある日を選んで私は新幹線の切符を買った。
と、ここまで書いておいて心苦しいけれど、じつは眞木さんは不在で会えなかった。なぜ一本電話を入れておかなかったのか。なぜその後に京都で仕事を入れてしまったのか。それでも、私は、じっくり選んだ輪島塗の丸盆を「あるだけ全部ください」と求め、満足して大阪を離れた。寂しくはなかった。きっとまた来る。そう分かっていたからだ。
そのくらい、宝箱をひっくり返したように、どこを覗いても楽しくて仕方がない魅力的なお店だった。眞木さんが大切に守ってきた場で、丁寧に扱えば私より長生きするであろう本物の漆盆を買い、私は勝手にバトンを受け取ったような痛快な気分になっていた。

(function (cs) {/* Publisher options */var options = { clickUrl: "%%CLICK_URL_UNESC%%", gdpr: "${GDPR}", gdpr_consent: "${GDPR_CONSENT_898}", coppa: "%%TFCD%%",};/* DO NOT TOUCH ANYTHING BELOW */cs.parentNode.insertBefore(Object.assign(document.createElement("script"), { type: "application/javascript", async: 1, src: "https://tagservice.maximus.mobkoi.com/boot/b98dab67-2ba5-4c84-9895-fa151462397e/?po=" + encodeURIComponent(JSON.stringify(options)) + "&cb=" + Math.random() + "&st=" + Date.now()}), cs); })(document.currentScript);

ところ変わって東京。梅雨の合間の暑い日、「澱々(おりおり)」というバーの開店を祝うため、私は本郷の菊坂を歩いていた。
「澱々」は、アルコール以外の液体を使っておいしさの表現を追求してきたemmyさんが、満を持して開いたお店だ。私はSNSで約三年前にemmyさんを知り、その後私の個展に彼女が遊びに来てくれて、交流がはじまった。
場作りと経営というのは、頭の中にあるものを立体にしていく作業だと思っていて、それを叶える人たちを尊敬するし、憧れてしまう。だから、彼女ら彼らの人生の節目には、なるべく立ち会いたい。走りはじめた人の“気”に触れて、あやかりたいような思いもある。
この連載をスタートしたときの気持ちを思い出す。袖を振り合った人の中に見つけた、心遣いや高潔さ、まっすぐさを、すくいとって提示してみたいと思ったのだった。それが著名人でなくても。
これまで登場した人たちを鏡にして、私は自分を映してきたように思う。いろんな場面で自分がどう反応するか、確認し続けてきたのだろう。驚くとか、憧れるとか、ただうらやましがるとか圧倒されるとか、感情が動くとき、そこには必ず人との出会いがある。
今週末は、彫刻家・上田亜矢子さんの個展(※)へゆく。数か月前にギャラリーで見て衝撃を受け、思い切って買った小さな石のオブジェの、作者に初めて会えるのが楽しみだ。子供たちも連れて行こう。
自分という器を満たしてよろこばせるために、人に会うことに夢中なのだと、今、ようやく分かりはじめている。

※「evam eva yamanashi」で行われた個展。現在は終了しています。
illustration : agoera寿木けい

すずき・けい/エッセイスト、料理家。今年から山梨県在住。編集者として働きながら執筆活動をスタート。お酒にまつわる随筆とレシピを収録した最新刊『愛しい小酌』(大和書房)が発売中。

No. 1223



大阪通が教えてくれる 最新・大阪案内。/大橋和也 (なにわ男子) 2023年07月28日 発売号

古くから「天下の台所」、そして「食いだおれの街」と称されてきた大阪は、人々が豊かな食を育んできた街。令和の今、そんな大阪のフードカルチャーを目当てに、海外からもたくさんの人が訪れています。世界からも注目を集める大阪の“おいしい”魅力について、大阪通から教えてもらう今回の大阪特集。美しく澄み切った出汁の旨味、香ばしいソースの香り、食欲をそそる揚げたて焼きたての音…。エリア、ジャンル、テーマにわけて五感をフルに刺激する大阪の食の最新情報をお届け!



もっと読む

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください