わたしたちの無加工な「独立」の話#3インティマシー・コーディネーター浅田智穂さん
Hanako.tokyo / 2023年10月10日 16時0分
どのように働くかを考えるとき、選択肢の一つとなるフリーランスや起業などの「独立」という働き方。では、実際に独立して働いている人たちは、どのようにその働き方を選び、「働くこと」に向き合っているのでしょうか。さまざまな状況のなかで「独立」という働き方を〈現時点で〉選んでいる人のそれぞれの歩みについてお話を伺っていきます。
今回お話を聞いたのは、インティマシー・コーディネーターの浅田智穂さん。性的なシーンやヌードを伴う撮影などにおいて、俳優と制作側の間に立ち、安心な撮影環境づくりをサポートするインティマシー・コーディネーターのお仕事と、そこに欠かせない、「同意」を大切にする考え方についてお話しいただきました。
1998年、ノースカロライナ州立芸術大学卒業。2003年、東京国際映画祭にて審査員付き通訳として参加したことがきっかけとなり、日本のエンターテイメント業界と深くかかわるように。以降、日米合作映画や、海外ミュージカルなどの通訳、翻訳を担当。2020年、IPAにてインティマシー・コーディネーター養成プログラムを修了。Netflix作品『彼女』において、日本初のインティマシー・コーディネーターとして作品に参加。インティマシー・コーディネーターの導入でも話題になったNHKドラマ10『大奥』に引き続き、現在放送中の『大奥』Season2の撮影にも参加。
舞台、映像の通訳の仕事を経て、44歳からはじめたインティマシーコーディネーター
─インティマシー・コーディネーターになる前は、通訳のお仕事をされていたそうですね。
浅田:小学生の頃から海外で勉強したくて、アメリカの高校と大学に進学して、大学では舞台芸術の勉強をしていました。卒業後、日本で舞台照明の仕事をしていたのですが、海外の賞を取ったあるダンスカンパニーがお披露目公演に行くタイミングで、照明兼通訳で一緒にヨーロッパに行かないかと知人から誘われて。
初めて仕事として通訳をしたんです。舞台の知識と共に、日本人でありつつアメリカで勉強してきた自分のアイデンティティを活かせることに魅力を感じて、エンターテイメントに関わる通訳を仕事にしていきたいと思いました。でも、何のコネもなかったのでそんなに簡単に仕事があるわけもなく。
浅田智穂さん
─どうやって仕事を見つけていったんですか?
浅田:ちょうど東京ディズニーシーが建設中で、通訳をたくさん募集していたんです。そこで1年くらい通訳をやって、その後サッカーの日韓ワールドカップや、東京国際映画祭の通訳の仕事をいただいたことをきっかけに、だんだんご縁が繋がっていきました。ただ、それから結婚して、妊娠したんですけど、妊娠を伝えたら、一気に仕事を断られたんです。
─そうなんですね……。
浅田:確かに通訳はその場にいなければできない仕事なので、体調が悪くなって急に休むわけにもいかないです。でもフリーランスだからといって、妊娠したら仕事がなくなるのはおかしいし、悔しくて、出産後は仕事に戻りたくてしょうがなかったんです。フリーランスだと保育園に入れるのも難しくて、無理してベビーシッターさんに預けつつ、子どもが10ヶ月のときに復帰しました。
─その費用もご自身の負担ですよね。
浅田:はい。なので当時は、「ちょっとだけお金がもらえる趣味」みたいな状態で。そして、子どもが少し大きくなったので、本腰を入れて働こうと思ったらコロナ禍が始まって、通訳の仕事がゼロになりました。ちょうどその頃に、Netflixに勤めている知人から『彼女』という作品に、インティマシー・コーディネーターを導入したいけれど興味があるかと連絡をいただいたんです。まさか44歳から新しいことをやるとは考えてもみなかったですし、重要な職業だけど、映像業界を知っている分、どれだけ大変か想像がついたので、即答はできませんでした。
─それでもやってみようと思ったのはなぜですか?
浅田:それまでも映像業界の労働環境が良くないとは思いつつ、行動するのはなかなか難しくて。でもこの仕事に就けば、少なくとも、インティマシーシーンに関わる人たちの状況は何か変えられるかもしれない。だとしたら、なんて素敵なことだろうと思ったんです。
─もともと映像業界の労働環境への課題意識をお持ちだったんですね。
浅田:やりがい搾取的なことなどを自分もこれまでに経験していたけれど、そういうものだと思ってしまっていた部分があって。でも、インティマシー・コーディネーターのトレーニングを受けるなかで、明確な同意のもとに物事を進めることがどれほど大事かを知ることができ、それによって、日本の映像業界がいかに労働契約などが曖昧なまま働いているかを感じました。
インティマシー・コーディネーターがすべてを変えられるわけではないですが、この仕事が普及するに従って、きちんと話をして、納得したうえで進めることは、インティマシーシーンのみならず、自分たちの働き方などにおいても大切だという考え方が、関わってくださるみなさんに少しずつ波及しているように私は感じています。
「私が自信を持って安心安全な環境を守れる現場じゃないと、意味がない」
─制作側と演じる方の意思が異なった場合に、浅田さんが心掛けていることはありますか?
浅田:制作側から俳優を説得してほしいと言われることもあるのですが、説得はパワーバランスによる強要になってしまうので、私は絶対にしません。仮に俳優がやりたくないことをすると、作品にも表れると思うので、説得しても良い作品に繋がらないと理解してもらえるようにします。受け入れようとしない方もいるので、今は3つのガイドライン(※)を守っていただくことを約束できる方と仕事をするようにしています。まず私が自信を持って安心安全な環境を守れる現場じゃないと、意味がないと思うんです。
─ガイドラインのお話をされていましたが、仕組みや制度は、自分が当事者であるときに第三者になってくれる存在ですね。
浅田:そういう意味で、インティマシー・コーディネーターが働きやすい環境や体制についても考えていかないと、職業として続いていかないと思っています。ギャランティーについても、映像業界の賃金の状況が今すぐ変わることはおそらく難しいです。でも、私のように資格を持った新しい職業の料金は、今後同じ職業に就く人にも影響してしまうので、そこは気をつけるようにしています。
ただ、百戦錬磨のプロデューサーとかいるんですよね(笑)。フリーランスは本来の職能以外に、ギャランティーの条件交渉なども業務の一つになっていますけど、自分が大変だった面があるからこそ、今後仕事をしていく人たちがそうしたことに時間を割かなくていいような環境もつくれたらと思っています。
※
1.インティマシーシーンは内容の事前説明を行い、俳優部の同意を得る。強制や強要をしない。
2.前貼りなどを使い、性器を露出させない。
3.インティマシーシーンは最少人数のスタッフで撮影するクローズドセット体制で行う。
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