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“あなたが悪い”のその先へ。受刑者の再生物語から学ぶ、自分の感情との向き合い方

Hanako.tokyo / 2023年12月2日 12時20分

“あなたが悪い”のその先へ。受刑者の再生物語から学ぶ、自分の感情との向き合い方

坂上香さん ドキュメンタリー映画監督

一橋大学客員准教授。NPO法人〈out of frame〉代表。ピッツバーグ大学社会経済開発学修士課程修了。「被害者」による死刑廃止運動、犯罪者の更生、回復共同体、修復的司法、ドラッグコート(薬物裁判所)など、暴力・犯罪に対するオルターナティブな向き合い方を映像化。これまで発表した長編映画作品は、『Lifers ライファーズ 終身刑を超えて』、『トークバック 沈黙を破る女たち』、『プリズン・サークル』。2023年10月には新著『根っからの悪人っているの?』(創元社)を発売。

松浦亮輔さん プリズンヨガサポートセンター代表

〈アムネスティ・インターナショナル〉日本事務局にて死刑制度廃止担当を務めた後、NPO法人〈監獄人権センター〉にて受刑者の人権問題に取り組む。ヨガと出合い、実践するなかで犯罪からの更生に有益であると実感し、プリズンヨガの実績のある英国にあるレスター大学犯罪学部でヨガ・瞑想が更生に与える影響を研究し修士号を取得。2019年5月にプリズンヨガサポートセンターを設立。

井上さゆりさん プリズンヨガサポートセンター副代表

社会福祉士。公認心理師。スワミ・ヴィヴェーカナンダ・ヨーガ研究財団(インド中央政府科学技術産業省公認) 認定ヨーガ・インストラクター。〈アムネスティ・インターナショナル〉日本でボランティアとして子どもの人権問題に関わる。その後、知り合いの誘いで、〈永山子ども基金〉に参加したことをきっかけに、刑罰のあり方について考えるようになる。

罪には罰を、を再考する

思い通りにならなかったり、期待外れだったり、損をしたり、傷つけられたり。

自分にとって“正解”ではないことに対して、誰しも大なり小なり、怒りや苛立ち、嫌悪を感じ、それが肥大化すると、

負の感情に飲みこまれてしまうことも。そんな時、私たちは無意識に相手を“

ダメ”、“

間違っている”、“

”とレッテルを貼りがちです。

それが、人を殺めたり、暴力をふるったり、盗んだり、欺いたりする

“犯罪”ともなればなおさら。強い嫌悪や憎悪、裁きを望むのは“

正しい人”としての“

正しい正義”。自動操縦的に、

罪には罰を求めてしまうところがあります。

ただ、

ここでひと呼吸。立ち止まって想像してみましょう。

相手の気持ち

置かれている立場を。その

背景にあるものを。すると、怒りといった強い感情に支配され、狭くなっていた視野が拓けて、

新たな気づきが見えてくる感覚がなんとなく実感として理解できるのではないでしょうか。

この想像というプロセスをもって、“

罪と罰”というおなじみのレトリックの

死角に光を当て続ける人がいます。それが受刑者の更生プログラムにフィーチャーしたドキュメンタリー作品を撮る

映画監督の坂上香さん、そして〈プリズンヨガサポートセンター〉(以下、〈PYSC〉)の

松浦亮輔さん

井上さゆりさん

左から、坂上香さん、井上さゆりさん、松浦亮輔さん。

受刑者、という身近とは言い難い存在に、

人と人として丁寧に繋がり続ける3人が目撃してきた、

対話が持つ再生力とは。罪を犯した彼らの再生は、私達に一体、何を教えてくれるのでしょうか。

左から、坂上さんの著書『プリズン・サークル』、〈PYSC〉が受刑者に提供している『ヨガ・瞑想ガイド』と一般向けパンフレット。

“感情の筋肉”を育てることで、罪と向き合う土台を作る

坂上さんが監督を務め、2019年に公開された『

プリズンサークル』では、官民協働の新しい刑務所「

島根あさひ社会復帰促進センター」を舞台にして、

受刑者同士の対話をベースに犯罪の原因を探り、更生を促す

TC(Therapeutic Community=回復共同体)というプログラムを通して、変化していく受刑者の姿が収められています。

坂上さん

そもそも、罪を犯して刑務所にいる多くの人が、そこに至るまでに、私達が想像もできないような

壮絶な被害体験をしています。虐待、いじめ、DV…。凄まじい暴力を受け、あらゆるセーフティネットから漏れてしまったその先に犯罪があった。苦労を糧に人は強くなるって、

よくある美談のようにそんな単純な話ではないんです。

自身も、子どものころ、集団リンチを経験したり、家庭では虐待と言えるレベルの過剰な躾を受けるなど、被害を経験した坂上さん。「

逃げ場はない。でも、生き延びなくてはいけない」、そんな切迫した環境の中で、いじめに加担したり、弟に暴力をふるうなど、加害側に立ってしまったこともあったという。

坂上さん




加害者であると同時に被害者でもある。だから、多くの受刑者が、『自分は被害者だ』と、自身を憐れむ“

自己憐憫”を抱いているんです。通常の刑務所では、ただ社会から隔離して、もう二度とこんなところには来たくないと思わせるために、人間としての尊厳を奪うような扱いを受ける。でも、それでは自己憐憫から抜け出すことができず、当然、

犯した罪に向き合う段階までいけないんです。

と坂上さんは、受刑者が再生する場として、

従来の刑務所の機能不全性を指摘します。自己憐憫、つまり

被害者意識が強いうちは、「自分のせいではない」と

自分を守りたいという気持ちから視野が狭くなってしまい、

自分の犯した罪と向き合うことはできません

そこで、キーワードとなるのが“

エモーショナル・リテラシー”。さまざまな感情を感じ取り、理解し、表現する能力のことで、感情に振り回されるのではなく、

感情に対応できるようになるための方法を指します。

TCで用いられるワークブックの中では、「

“感情の筋肉”を鍛えること」と表現されています。感情の筋肉を育てることで、被害者として持っている自己憐憫の感情と正面から向き合う。そうして、

感情の土台を作り、加害者として自分がやったこと、感じていることを少しずつ確かめていき、被害者の感情にも思いを馳せていくのです。

松浦さんが代表、井上さんが副代表を務める〈PYSC〉の取り組みも、まさにこの部分に重なる。〈PYSC〉では、

刑務所の中でも実践できるように配慮されたヨガや瞑想のやり方をまとめた冊子を受刑者に送り、本人の希望に合わせて、専門知識を持ったパーソナルサポーターによる

文通を行っています。

受刑者が運動の時間に取り組める内容で、イラストと共に丁寧にヨガのポーズのやり方を解説している。

ヨガはボディメイク、フィットネスといったイメージがすっかり定着していますが、本来的に重要視されているのは、

自分の内面と向き合うこと

心ではどんなことを思っていて、体では何を感じ取っているのか。思考や理性で動くことばかりを求められる私達が忘れかけている、

自分の感覚や感情を感じ取る練習といえるのです。

もともと坂上さんも参加していた国際人権団体〈アムネスティ・インターナショナル〉で共に活動していた松浦さんと井上さん。

松浦さん

「最初はむしろ、国際人権法などに、国際的に重大な人権侵害があった時にどう対処するか、という

“裁く”ことに対して関心があったんです。だけど、たまたま〈アムネスティ・インターナショナル〉で、

死刑廃止担当になったことをきっかけに、『

死刑を執行することで何が変わるのか』、『

刑罰の意味ってなんだろう』と考えるようになったんです」

一方、井上さんに大きな影響を与えたのは

元死刑囚の永山則夫さん(※)の存在。当時の感情の変化を井上さんはこう振り返ります。



※永山則夫さん:4人を殺害した罪で収監された死刑囚。虐待、貧困、児童労働、教育、愛情、人間関係の欠如といった、壮絶な少年時代を送った彼は、獄中で学び、1997年の死刑執行までの間にベストセラーとなった『無知の涙』をはじめ数々の文学作品を発表した。

井上さん

「加害者として知られているけれど、その前に

長い間、被害者だったということを知った時に、罪を犯した人に対して、ただ刑罰を与えて殺してしまう、

それだけでいいのかなという思いが強く芽生えたんですよね」



罰することでは何も変わらない。彼らに必要なのは、ストレスや不安に振り回されない安定した心。自分を愛し、他者を慈しむ穏やかな心であり、ヨガはそれらを育て、再び犯罪に関わることのない生き方を後押しすることができる。そう二人は自身の実践から感じ取り、今の活動の原動力となっていると言います。

言葉を手に入れ、暴力を手放す

方法は違えど、自分の感情との対話を大切にしているTCとヨガ。その背景を深掘りしていくと、坂上さん自身も経験したような“

暴力の連鎖”という考え方があります。

坂上さん

被害者の傷の放置が、加害者を生む。スイスの元精神分析医の

アリス・ミラーは、これを“暴力の連鎖”と呼び、

断ち切ることの重要性を訴えました。精神的、肉体的な暴力により抑圧されながら育つと、

感情が育たない。彼らは元来暴力的というわけではなく、

感情がわからず、言葉にできないから、暴力が手段としてなりかわってしまうのです。

かくゆう、アリス自身も“暴力の連鎖”に警鐘を鳴らしながら

虐待を行っていたことを、彼女の死後、息子で精神分析医のマーティンが告白してます。アリスは戦時中に過酷な目に遭い、戦後も封印し続けたんです。

救いなのは、マーティンは母親としてのアリスを糾弾しつつ、その連鎖を断ち切るためには、『

被害を受け続けることも、加害に加担することも拒み、真実を語る必要がある』という彼女の理論を支持し、実践したところ。

TCの参加者も暴力の連鎖の中で生きてきた人が多いから、

最初は自分の感情が全然わからない。でも、『これはどう思う?』『 あれはどう?』 と対話を重ね、それをまわりが受け止め、自分も自分を受け入れる。そうする中で、

感情の筋力を取り戻していくんです。

松浦さん

〈PYSC〉では、『

グッドライフモデル』という犯罪学の理論を更生のベースに据えていて、

その人が本当に歩みたかった人生を歩むための基盤づくりのサポートを目指しています。坂上さんがおっしゃったように、彼らは怒りなど強い感情を感じた時、

言葉で適切なコミュニケーションを取れないから、暴力に訴えてしまう

でも、暴力に関わらなくても、その人がこうありたいと思っていたものを形にすることができれば、

自然と犯罪から遠ざかっていきますよね。

井上さん

私自身、自分の感情を理解して、表現することがもともと得意ではありませんでした。でも、ヨガを通して内観を続けると、

体に蓄積された記憶や感情がでてきて、私の場合はそれを書き留めたり、人に聞いてもらうことで、

解放された感覚があったんです。

受刑者の方のお手紙からも、体の変化だけではなく、『

瞑想を通して、今まで目を向けてこなかったり、気づいていなかった辛い部分に気がついて涙が出てきた』など精神面での変化、

他の人との関係性が良好になったという報告をいただいています。

受け入れてもらえるという安心感が人を変えていく

他者、そして自己との対話を通して、

これまで蓋をしていた感情を少しずつ解放していく。この癒しのプロセスで欠かせないのが、

安心感。TCの中では、本人が感じていることを安心して語り合える場を「

サンクチュアリ」と呼んでいます。

坂上さんは映画の内容や舞台裏をまとめた自著、『プリズン・サークル』の中で、TCが提供する「サンクチュアリ」について、支援員の言葉を借りてこう記しています。



ーー問題には、みんなで対処し、失敗しても解決に向けて努力すれば許され、傷ついたと言う権利が認められ、それを語れば耳を傾けてもらえ、包摂される場所。



私は出所した人からいっぱい、いろんなことを教えてもらっている」と坂上さんは言います。

坂上さん

TCを体験した人からすると、この映画の評価は最低なんです。『

何も映っていないじゃん!』、『

大事なところが映っていない!』って。刑務所での撮影は本当に制約が多くて、私自身、撮影しながら精神的に追い詰められるくらい厳しかったので、

撮りたかったけれど、叶わなかったシーンがたくさんあるんです。

でも、彼らからそういう言葉がでてくるのは、

彼らにとってTCは本当に充実した場で、本人たちは『何も撮れていない』というくらい

たくさんのことを学び、獲得したということ。

互いに耳を傾け合い、安心して自分をさらけ出せるサンクチュアリは、彼らにとって、人生で初めて出合ったといっても過言ではないくらい

ありのままの自分を受け止めてくれた環境。だからこそ、

出所後も共に分かち合った仲間との絆は強い

坂上さん

すごいですよ。例えば誰かが助けてといえば、三重県から神奈川県まですぐ車を飛ばしてかけつけるし。“

ブラザーフッド”というか、そこで作られた友情や得たものは本当にすごいものなんです。

井上さん

TCのサンクチュアリとは少し違うかもしれませんが、『

ヨガをしていくと、自分の中に今まで感じたことのないような安心感を感じられるようになった』という受刑者さんからの声が届くんです。それって、いわば自分の中に小さなサンクチュアリが芽生えている証拠。そういう安心感を〈PYSC〉の活動を通して、少しずつでも広げていけたらと思っています。

坂上さん

本来は、自分と向き合うのに加えて、誰かと対話できることがベター。でも、日本の刑務所では

人が中に入って受刑者と交流することはなかなか許されない。だからこそ、冊子を送ったり、文通を通して、

自己の感情を解きほぐすセルフケアの手段として、ヨガや瞑想を提供できるのはいいですよね。

松浦さん

そうなんです。イギリスのプリズンヨガの推進団体は、刑務所内での対面指導に加え、文通による指導を30年前から行っていた実績があり、これなら日本でもできるかもと思い、現在の方法を選びました。

確かにヨガや瞑想は自分との対話なのですが、井上が先ほど触れたように、

他者との関係性にも大きな影響があることが報告されています。例えば、これまでは、喧嘩したら懲罰房に入っておしまい、ということを繰り返していたのが、ヨガや瞑想の実践により、喧嘩しそうになった時に

一度立ち止まって、ひと呼吸置いて、自分から謝り、関係性を修復することができたという事例がありました。

また、

他の受刑者さんにヨガや瞑想を教えているなんて人も。自分が変わることで自分のまわりに、自分を受け入れてくれる環境が醸成されてくる。そんなよい循環につながっていくと感じています。

〈PYSC〉のパンフレットには、活動概要や受刑者、パーソナルサポーターの声などがまとまっている。

ちょっとのリスクを背負う勇気を

壮絶な経験の中で、感情の筋力が弱りきってしまい、自己や他者との関わり方に問題を抱えていた受刑者の方々。でも、これは

決して彼らだけの物語ではありません

自分を省みた時、私たちは

本当に自分の感情を理解し、他者に伝えているでしょうか? また、

他者の感情やその背景に目を向け、きちんと対話をできているでしょうか?

罪を犯した人はもちろん、貧困をはじめ

苦しい環境に身を置いている人への自己責任論は根強く、彼らへの

風当たりの強さ

助けが届かないことが、厳しい状況から抜け出すことを困難にしてしまっている現状があります。そんな状態が強固に維持されてしまう背景には何があるのでしょうか。

坂上さん

結局、私達が

自分自身や相手の感情を疎かにしているからこそ、

想像力が育まれないんですよね。学校や会社では、規律を守り、先生や上司といった権力に従順であることを求められます。

抑圧されていて、『

沈黙が美』みたいなところがあるじゃないですか。それはいわば

文化。でも

文化は変えられますよね。私は、1990年代からこの活動を続けているけれど、大きく進歩したとは言い難い。だから、もう

あまり大きなことを期待していなくて

でも、小さなことならみんなできる。自分の

感情を観察して、自分のそばにいる人に

気を配る。そして、みんなが

ほんのちょっとのリスクを負う勇気を持つことが大切な気がしています。

みんなリスクを負うのが怖い。そりゃ、従順でいるほうが楽だし。でも、それじゃ何も変わらない。ネットにはいろんな言葉が溢れているけれど、まずは

自分が今いるリアルな世界を大切にしたいですね。

例え小さくたってリスクを負うのは誰だって怖い。でも、

自動運転になっている自分の思考のスイッチを一度オフにして、その深層にある

自分の感情と向き合ってみる。「自分は何を感じ、どうしたいのか」。「相手は何を思い、何を求めているのか」。

それを重ねた先に、

自分にとっても相手にとっても納得のできる選択があり、分断の時代とも表現される、今を生きるうえで大切な

サンクチュアリという土壌を育むことに繋がっていくのではないでしょうか。

〈プリズンヨガサポートセンター〉のHPはこちら

News!

*坂上さんの新著『根っからの悪人っているの?(創元社)』が発売中

映画『プリズン・サークル』を手がかりに、坂上さんと10 代の若者たちが「サークル(円座になって自らを語りあう対話)」を行った記録。映画に登場する元受刑者の2 人や、犯罪被害の当事者をゲストに迎え、「被害と加害のあいだ」をテーマに語りあう。

詳細はこちら!



*2023年12/2(土)〜『プリズン・サークル』をアンコール上映!

場所:シアター・イメージフォーラム
住所:〒150-0002東京都渋谷区渋谷2-10-2

HP:https://www.imageforum.co.jp/theatre/theater/

text&edit_Hinako Hase photo_Shinsaku Yasujima
参考文献:プリズン・サークル(坂上香著/岩波書店)

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