ノンアル派も飲み屋に行きたい! 横浜・野毛、はしご”食べ” 前編 | 児玉雨子のKANAGAWA探訪#5
Hanako.tokyo / 2023年12月26日 19時30分
詳細の数字はデータや記事によって異なるが、日本に住んでいる約4割ものひとがあまり酒に強くなく、さらに約2割がまったく酒の飲めないいわゆる下戸である、というコラム記事に酒造メーカーのサイトやマスメディアで耳目に触れることがある。約4割という数字は「マイノリティ」と言うにはちょっと多い気もする。記事によっては「約半数」と表現されているものもあった。
おそらく、私は約2割に入る下戸である。このエッセイ初回のようにすごく体調のいいときにビアカクテルを一杯飲むくらいはあるものの、何も割っていない生ビール一杯で頭痛になるほど弱いので、基本はソフトドリンク党だ。
しかしせつないことに、私は飲み屋に出てくるような塩分高めの食べ物が大好きなのだ。ネットでちょっとおいしそうなお店を見つけても「酒飲まない人お断り」とあると(ほんとうにある)、飲まないんじゃなくて飲めないんだ! これは下戸差別だ! 特定の属性の入店を断るのは大問題なんだから、下戸排除もおかしいだろう! とひとりで憤激している。
何をおおげさなと思うかもしれないが、下戸はマイクロ・アグレッションを受けやすい。この国の4割近い人間が酒に弱いはずなのに、大人になると「遊び」が「飲み」になり、お店に行くとソフトドリンクメニューが酒より選択肢が少なくなるのだ。さすがにこのご時世に一気飲み強要などはないと願っているが、それでも酒が飲めない奴は出世しないだ、おもしろくないだ、腹割って話せない信用ならん人間、という言説は意外と今も根強く残っている。泥酔した他人の介抱をしたり、車が必須のエリアなら運転係も任されたりして、下戸はひとの世話役になりやすいのにそんな言われようはないだろう。
そんな下戸にとってはむずかしい忘・新年会シーズンが、いよいよ始まろうとする十二月の最初の週であった。「飲み屋に食べに行く」というアクションを、神奈川随一の歓楽街・野毛でしてみたらどうだろうかと思いついた。学生の頃は焼き肉や韓国料理目当てで行くことはあったが、ちゃんとした居酒屋に下戸突撃したことはなかったような気がする。このことを話したら「では本当に忘年会もしましょうか!」と編集者ふたりが着いてきてくれることなった。(ちなみに編集者は飲んだ)
野毛は碁盤の目の作りになっており、縦横にさまざまなお店が立ち並ぶ。
桜木町駅の南改札のBOOK EXPRESS CIALの前で編集者のひとりと待ち合わせる。もうひとりはあとで現地集合ということなので、右手側にある「野毛ちかみち」という地下道へ階段を下る。ちなみに、反対側の出口は2023年開通したロープウェイやみなとみらいの景色が広がり、ホリデーシーズンも相まって空気まできらめいている。みなとみらいはどんどん新しい建物が建って華やかになってゆくが、ほとんど昔から変わらない野毛ちかみちのコントラストがおもしろい。しかしその哀愁を愛する地元民が多く行き交いつづけているからか、古いけれど決して寂れてはいないのだ。冬のみなとみらいはきらめき、野毛には熱気があるという違いだろうか。
JR桜木町駅の南改札の西口を出るとすぐの野毛ちかみち。味わい深いイラスト。
あまりにも路地らしい路地
本通りにある「野毛食道楽」。この中に六店舗が入っている。
私はいつも野毛ちかみちを通って一蘭のある野毛小路の前に出ているが、編集者とせっかくだからメインストリートの音楽通りへ出てみましょうか、ということになる。けれど、編集者も学生時代は横浜で過ごしており土地勘があるので、気づけば磁石に引っ張られるように路地に入って仲通りを歩いていた。
名店はいっぱいあるのだが、まず私が飲めないひとにも飲みたいひとにも私がおすすめしたい場所がある。本通り沿いにある「野毛食道楽」というビルで、戦後の闇市時代をテーマに、飲みだけではなく食べ物にこだわりのある店が多いのだ。はしご酒ならぬはしご飯が気軽にできる。今回は二階にある「鮮魚と鰻 清流満月」に来た。
鮮魚と鰻 清流満月
横浜市中区野毛町2-78 野毛食堂楽 2F
*JR京浜東北・根岸線、横浜市営地下鉄 桜木町駅から徒歩5分
*京急本線 日ノ出町駅から徒歩5分
「食道楽」の二階にある。
品数の多いお通し。まっすぐ撮れなかった……。
ヤリイカの刺身は歯応えがあり、濃厚。
買い替えたばかりのiPhone15の出番。
いつもわからないんですけど、なめろうって海苔に巻くのが正解ですかね?
カウンター席に通され、お店の名前通りに鮮魚と鰻のあてをいくつか頼んでみる。ここはお酒のメニューも豊富なのだが、なんとメニューにソフトドリンクのメニューがない。いきなり野毛の洗礼を受けるが、私も負けじと「ソフトドリンクって何かありますか?」と店員さんに訊く。店員さんは嫌な顔ひとつせずウーロン茶があります、と返してくれて、私はそれを注文する。編集者は明朝に出す原稿を一個残しているので、小ビールに。いきなりアルコールの少ないスタートだ。
豪華なお通し、旬のいかの刺身や鰺のなめろうをつついていると、もうひとり編集者がやってくる。十二月最初の週末、そしてこの日は日曜日だったからか、野毛は比較的落ち着いていたが、それでもお店は半分くらいお客さんがいてみんなよく食べるので、店主は踊るように魚介類をつぎつぎ捌いていた。鰻の葱まみれ、白焼き、蒲焼きを注文し、一時間ほど最近観ておもしろかったYouTubeの話などをして、飲み屋のアテというにはかなりしっかりした量の肉厚うなぎを食べて、店を後にした。
手前が白焼きハーフサイズ、奥が蒲焼きハーフサイズ。かぼすの皮がおしゃれで絞るのが惜しい。
これも白いご飯の上に乗せて食べたい……。心を鬼にしてかぼすを絞る。
季節もののだし巻き。取り皿が華やか!
お料理だけじゃなく、うつわも素敵でした!
さて、野毛といえば? というといろいろ思いつくのだが、私が大好きなのはもつ料理。大通りを歩いていると「もつしげ」が目に入ったので、店員さんに声をかけるとすぐにテーブル席に座れた。
神奈川県内を中心に展開し東京都内にも二店舗あるチェーン店だが、ここ野毛が発祥だそうだ。飾らないリーズナブルな店だが、ここの三大名物の「塩もつ煮込み」「とんちゃん串」「つくね」は絶対に外せない。ドリンクには大ジョッキもある……というのは飲み屋ではままあるけれど、ここはソフトドリンクも大ジョッキで選べる。意外とソフドリにこういうサービスがつかないというのは、下戸同志には伝わるあるあるではないか?
もつしげ 野毛小路・はなれ店
野毛小路:神奈川県横浜市中区野毛1-41-3 31ビル1F
野毛はなれ:神奈川県横浜市中区野毛2-71-2 セレッソビル1F
*JR京浜東北・根岸線、横浜市営地下鉄 桜木町駅から徒歩3分
*京急本線 日ノ出町駅から徒歩3分
修学旅行感。こちらは野毛小路店で、今回はこの向かいにあるはなれ店に通された。
手前左のカルピスが通常サイズで、右のカルピスサワー(編集者)、奥の烏龍茶(私)が大ジョッキサイズ。
名物その1、塩もつ煮込み。
名物その2、とんちゃん焼き。かなり大ぶり!
名物その3、つくね。下にはパリパリに冷えたピーマンが敷かれている。これがいちばん好きだった……。
柔らかい塩もつ煮込みやつくねを食べながら、編集者と今年の時事やエンタメネタ、好きだった映画などを話した。その流れで、男性タレント(しかも容姿のととのったひと)がたまにやる「ぼく、女性ウケいいけれど意外と男子校ノリもいけるんですよ」といったふうに、女性ファンが引かない程度の下ネタを話して「雄っぽさ」を出す戦略がいやだ、みたいな話になる。というか私がそれを編集者に熱弁していた。
私は特定の男性タレントそのものに大好きとか大嫌いとか、何か特別な感情を抱くことはあんまりないのだが、うっすらと「どうしてこんなにつまんない話なのにウケてるみたいになってんの?」という嫉妬心のようなものは抱いてきた。女性タレントならどんなにヤマもオチのない話もずっと聞いていられるので、私は男性嫌悪のきらいがあるのかな、とおもってきた。自分のことだから完全に否定するのはむずかしいけれど、編集者と話しながら、自分は男性が嫌いというより、彼らに黄色い歓声を上げる女性たちにどうしても振り向いてほしい、という「ヲタクヲタ」の気質があるんだろうな、となんとなく感じていた。男性タレントの恋愛ゴシップにまったく動揺しないのに、「くんがかっこいい上におもしろい」と言われると、そのってやつに妙に張り合おうとしてしまうのだ。なんだよ、このひとは確かにイケメンかもしれないけど、
私のほうが絶対おもしれーし……。
といったふうに、しらふのまま恨み節をこぼし続ける。編集者はやさしいので、笑って「そういう心理もあるかもしれませんね」と言ってくれるけれど、所詮ただ面倒な感情を抱いている人間がくだを巻いているだけだ。よく「酒のせいで言い過ぎた」みたいな失敗談があるが、酒なんてきっかけにすぎなくて、ひとは二時間以上おしゃべりをするとこれぐらいどうでもいい話をして相手を困らせてしまうようだ。
あれ? 冒頭に「下戸は他人の世話役になりやすい」なんて書いたのは一体誰だろうか。
iPhone15を使いこなそうとしている。
桜木町駅から音楽通りへゆく交差点。このぴおシティ、いつ来てもクリアランスセールしてない? という話で編集者と盛り上がる。
編集者ふたりが翌日締切や用事があり、私もひとつやり残した仕事があったので、22時くらいに解散することに。どこもおいしい上にボリュームがあるので、二軒でなんだかけっこう満足してしまった。飲み会で食べていると「よく食べますね」と言われやすいのだが、飲まない人間はその分食べているだけで、別に大食いというわけではない。むしろ飲むひとこそ、ジョッキ何杯だの、ワイン何本開けただの、じっと座ったまま何リットルも飲みつづけられるほうが、よほど不思議な体をしているとおもう。
帰り道の移動が腹ごなしになって、自宅が見えてくるころには小腹が空いてきてしまう。夜空に浮かぶ弦月を見上げていると、野毛にある名店のひとつ「洋食キムラ」のハンバーグステーキに添えられている生卵を思い浮かべる。次は絶対に行こうと決意し直すが、そのときは今年だろうか、来年になるのだろうか。年末が始まったなぁとしみじみしながら、静かに冷えた夜を歩く。
(後編は2024年1月25日公開予定です)
児玉雨子 作詞家、小説家。アイドルグループやTVアニメなどに作詞提供。第169回芥川賞候補にノミネートされた『##NAME##』(河出書房新社)、近世文芸読書エッセイ『江戸POP道中膝栗毛』(集英社)が発売中
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