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最果タヒ「燃えよ35歳」 | 連載【Age,35】 #4

Hanako.tokyo / 2024年1月23日 19時31分

最果タヒ「燃えよ35歳」 | 連載【Age,35】 #4

文・最果タヒ

さいはて・たひ/詩人。1986年生まれ。2007年、第一詩集『グッドモーニング』を刊行。同作で中原中也賞を受賞。詩集に『夜空はいつでも最高密度の青色だ』『恋人たちはせ一ので光る』など。著作には『恋できみが死なない理由』をはじめとするエッセイ集、絵本『ここは』、共訳を手掛けた『わたしの全てのわたしたち』などもある。

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 今になってやっとわかった、と思うことは、誠実さも正直さも、私にとっては「本気であること」でしか導き出せず、ほかにはもうやりようがない、ということ。100%の誠実さや100%の正直さを、素手で取り出して他者に見せることが私にはできず、全力で、本気で走り抜けたそこに副産物としてある誠実さや正直さしか、私には差し出せない。もうそれが、よくわかった。本気で何かを愛する、本気で何かを叶える、本気で何かを試みる。それしかないし、それしかないと思い知ってきたから、今は本気であることでしか全てに向き合えない。本気でなければ仕事を誇ることもできない、自分を誇ることもできない、誰かを愛することもできない、もしかしたら他にも愛すべき部分は自分にあるのかもしれないが、自分にきっと本当はまったく自信がなくて、できてないことや愚かな部分をよく知っていて、だからいつも着火着火着火と、自分という燃料に火をつけてその火の明るさだけを信じている。本気である以外に、自分を信じる方法を知らない。
 
 昔は本気であることだけじゃなにも足りない気がしていた。自分にはどんなに足掻いても手に入れられないものがあって、負けが決まっていることがたくさんあって、それなのに自分は自分の未来を見つめていて、挫けていなくて、それがとても恥ずかしかった。自分のことを理屈なくどこかで好きで、いろんな理想を見てしまった。どんなことでも、「なりたい姿」がまずあって、それに向かって頑張りはするけど、同時進行で目指すものが多すぎて、どれもなんだか中途半端で、がんばることじゃどうにもならないと思うしかないことがたくさんあった。常に現実の自分のちっぽけさに傷ついていた。
 でも今は、理想というよりまっすぐに遠くにある日の出のような、地平線の光を見ている。そこに辿り着くか、ではなくて、そこへ向かうことだけが、そこに向かってどれだけ全力で走り出せるかだけが全てになっている。理想が一個になった、そしてそれに手が届くかではなくて、そこに向かうことが生きることだと思えるようになっている。自分の速度で燃えだす星のように、「私は今生きているか」が全てだ。
 
 それは自分の心が強くなったとか、考え方が大きく変わったとか、そういうことではなくて、私にとって人生が、昔よりずっと「仕事」と一致しているから、それだけなのだと思う。学生時代の私は、そして、ものを書き始めた頃の私は、私がなんなのかわからなかった。生きることがなんなのかわからなかった。模索をして、もがいて、いろんなことが新しくて、何にでも手を伸ばせる気がしたし、実際その自由が私にはたっぷりあった。でも、どこに向かっているのかは知らなかったのだ。それはそれで楽しい時間だったはずだけど、でもどこに向かうかわからなければ、自分のできないことばかりが無数に気になり、なにもかもを完璧にしようとして、最高速度は出ないのだろう。今は、仕事をしていて、ずっとしていて、ずっとずっとずっと書いていて、そうなると自分が今本気かどうかがわかるようになる。本気でないものは、何度見てもピンとこなくて、作者として永遠に納得できない原稿になることも10年を超えた作家生活で知っている。だから、本気になるしかないし、自分にはそれしか方法がないともう思い知ってしまった。生きる時間は書く時間だ。だから、そこで本気でいるしかないとわかった、自分はそれくらい鈍臭くて不器用だって。そして、そこでなら本気になれるともわかった、本気なら貫けるし誠実さもそこにならあるし、全てにおいて勝手に真っ直ぐになっていく。私は自分の不器用さが嫌いだけど、でもその不器用さだけは信じている。いつも本気であることだけを、ずっと信じている。

 35歳になったあとに私にあるのは仕事と人生の完全な一致で、それは私の場合で、多分人生に一番密着してるものは何かって話なのだと思う。仕事でなくてもいいのだろう。ここまできて、細かいことは置いておいて、とにかく自分は真っ直ぐにあれに向かって走ればいい、とわかることって、人生において幸せなことだと思う。それは昔なら、どんなに冷静でもどんなに出逢いに恵まれても、できなかったことのようにも思う。この今の私の情熱は、35年(ていうか私は37年ですけど)生きてきた私が、この手でかなり生々しく、ひきちぎるように掴み取ってきた情熱だなって思うんです。
 



『落雷はすべてキス』最果タヒ/著
全44編を収録した最新詩集。webマガジン「yom yom」掲載詩をはじめ、昨年、全国の丸善ジュンク堂書店を巡回した「最果タヒ書店」で発表された作品なども。1月31日発売予定。¥1,430(税込)(新潮社)

illustration_Ryo Ishibashi edit_Ryota Mukai

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