都内スラム街“山谷”住人の悲痛な叫び! 「テレビが見えねぇ」「人魂がいる」 “幽霊騒動”の実態に迫った30日

ハピズム / 2013年6月14日 21時0分

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――時にスラムと呼ばれ、かつて肉体労働者の街であった東京・山谷。今そこで、奇怪な事件が起きている。それが、“平賀源内”幽霊騒動だ。今回は、山谷住民を脅かすこの問題について、写真家が30日間取材した。

 【取材した写真家が捉えた山谷の現状写真14枚はコチラ】→http://happism.cyzowoman.com/2013/06/post_2552.html

■“世紀のキワモノ”平賀源内とは?

 平賀源内(1728~1780)といえば、本草学者、蘭学者、画家、作家、発明家、コピーライター……、あらゆる分野で偉業を残した日本のレ オナルド・ダ・ビンチと称される天才だ。とりわけ、静電気発生装置“エレキテル”や、売れ行き不振から江戸の鰻屋に頼まれ、「土用の丑の日 は、鰻を食べると元気になる」とコキャッチコピーを作ったことから「土用の丑の日」を定着させたことは有名だ。

 しかし、早すぎた天才は段々と世間からキワモノ扱いされるようになり、酒の席でついに殺人事件を起こし獄中に放り込まれることになる。投獄から1カ月ほどした安永8年(1779年)12月18日に破傷風により獄死、享年52歳であった。

 平賀源内のキワモノぷりを、彼の著書「放屁論」からの引用にて紹介しよう。

<引用>
 放屁はまず「音に三等あり。ブツと鳴るもの上品にしてその形円(まろ)く、ブウと鳴るもの中品にしてその形いびつなり、スーとすかすも の下品に て細長い」と屁の形態を論じた後、当時江戸に実在した屁の曲芸師(三味線の伴奏や鶏の鳴き声を奏でた)を引き合いに「古今東西、このようなこ とを思いつ き、工夫した人は誰もいない」と称賛。さらに半ば自嘲気味に「わしは大勢の人間の知らざることを工夫し、エレキテルを初め、今まで日本にない 多くの産物を 発明した。これを見て人は私を山師と言った。つらつら思うに、骨を折って苦労して非難され、酒を買って好意を尽くして損をする。…いっそエレ キテルをへレキテルと名を変え、自らも放屁男の弟子になろう」と語っている。
<引用終>

■平賀源内は「死んでいない説」

 しかし、平賀源内はただの天才ではなかったのだ。真の才能はここから始まったと言っても過言ではない。源内の遺体は、当時交流のあった 杉田玄白特別の計らいによって獄中から遺体を現在の台東区にあった総泉寺に運ばれ葬られた。

 しかし、平賀源内の死後、当時大名であった老中田沼意次の手記に源内が現役で活躍している様子がたびたび登場することから、生前発明した不老不死の妙薬によって生き返ったという説もある。

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