「地下鉄サリン事件から24年の集い」で語られた警察とメディアの問題

HARBOR BUSINESS Online / 2019年3月21日 8時31分

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◆地下鉄サリン事件から24年――

 1995年にオウム真理教による地下鉄サリン事件が発生した3月20日を前に、「地下鉄サリン事件から24年の集い」が16日、東京・お茶の水にある連合会館で開催され、189人が参加した(主催者発表)。主催はオウム真理教犯罪被害者支援機構、地下鉄サリン事件被害者の会、オウム真理教被害対策弁護団。昨年7月の教祖・麻原彰晃こと松本智津夫と12人の死刑が執行されたことを受け、オウム真理教犯罪被害者支援機構の中村裕二弁護士による講演「オウムの暴走を許したのは誰か!」や、一連のオウム事件の被害者遺族による対談「被害者の権利獲得から死刑まで」が行われた。

◆オウムを暴走させた4つの壁

 講演「オウムの暴走を許したのは誰か!」で中村弁護士は、「オウムの暴走を許した警察・検察の壁」として、「宗教団体の壁」「管轄の壁」「化学捜査の壁」「組織の壁」の4つを挙げた。

 中村弁護士によると、91年に「坂本弁護士と家族を救う全国弁護士の会」関係者が当時の國松孝次・警察庁啓示局長と面談。その際、國松局長は「相手が特殊な団体なので慎重に捜査を進めている」と語ったという。また93年に都内で2度起こった「亀戸異臭事件」は、実際には炭疽菌によるテロ未遂だったが、警視庁は捜査しなかった。94年にはサリンプラントがあった上九一色村の「第7サティアン」で薬品が漏れる異臭事件が起こったが、長野県警もこれを捜査しなかった。これらの点を中村弁護士は、「信教の自由」という論理の前に萎縮する「宗教の壁」があったのではないかと語った。

「しかし(信教の自由は憲法で保障されているが)宗教法人法第86条には、『この法律のいかなる規定も、宗教団体が公共の福祉に反した行為をした場合において他の法令の規定が適用されることを妨げるものと解釈してはならない』と書いてある」(中村弁護士)

 また1994年の宮崎県資産家拉致事件では、拉致現場は宮崎県、監禁現場であり被害者が保護されたのが東京都内であったことから、宮崎県警と警視庁との間で管轄のなすり合いが起こっていたという。「管轄の壁」だ。

 1994年に起こった松本サリン事件では、当初、オウムとは全く無関係の地元住人だった河野義行氏が警察とメディアによって犯人視された。

「私の同僚の弁護士で化学に詳しい弁護士が河野さんの弁護人になりました。そのときに河野さんの自宅から押収された押収品リストを見て『化学式が間違っている。基本的な化学式がわかっていない』(と言っていた)。そういう捜査官が捜査をしていた。こんなものでサリンができるわけがない」

 化学についての知見を持たないまま警察が捜査を進めてしまった「科学捜査の壁」だ。同時に、「(河野さんより)もっとほかの方面を操作しないとだめなのではないか」と考える捜査員もいたが、トップの指示には逆らえない「組織の壁」でもある。

 1989年11月4日に発生した坂本堤弁護士一家殺害事件発生時、神奈川県警は坂本弁護士の自宅に落ちていたプルシャ(オウム真理教のバッジ)を重要視せず、「借金を抱えて逃げた」「仕事の報酬を持ち逃げした」などとする事実無根の噂をメディアに流したと言われている点などについて、初動から「オウム以外を潰す捜査手法だった」と指摘した。

 坂本事件発生の翌年、犯行に関わったもののオウムから逃亡した岡崎一明(宮前一明、昨年死刑執行)が警察などに当てて坂本弁護士一家の遺体を埋めた場所の詳細な地図を郵送。しかし神奈川県警は「いたずら」と判断し、捜査を行わなかった。

 様々な壁に阻まれ初動捜査を誤ったり行わなかったりする警察の方針が、組織内で修正されないという「組織の壁」だ。

◆メディアの問題

 中村弁護士は警察のこうした問題点を指摘すると同時に、メディアのあり方にも疑問を投げかけた。

 ひとつは、「TBSビデオ問題」だ。

 1989年、オウム真理教で出家した子供を取り戻したいという親からの相談を受けたことがきっかけで、坂本弁護士はオウム真理教の違法性などを追求する活動を開始した。その中で、TBSが坂本弁護士にインタビューを行った。ところが、放送前にオウム側がビデオを見せるようTBSに要求。TBSはインタビュー映像をオウム幹部だった早川紀代秀(坂本弁護士一家殺害事件の実行犯のひとりで、昨年7月に死刑執行)らに見せてしまう。その上、TBSはビデオを放送せず、オウムに見せてしまったことを坂本弁護士に伏せていた。

「もし、(1989年)10月27日に予定通り坂本さんのインタビュー映像を流していてくれていれば、もしかしたら11月14日の坂本さん襲撃はなかったかもしれない」(中村弁護士)

 この問題は地下鉄サリン事件後に発覚し、国会でも取り上げられる騒ぎになった。

 中村弁護士はTBSビデオ問題以外も含めて、メディアもまた「宗教の壁」を乗り越えられなかったのではないかと指摘。「宗教弾圧だ」と抗議されるかもしれないという可能性を前にして、メディアは萎縮していなかっただろうか、という問いかけだ。

 また、メディアまでもが松本サリン事件で河野義行氏を犯人扱いしていた点について、「警察のリークをそのまま右から左へ報道していなかったでしょうか。自分で押収品目録を取材で手に入れて、サリンが作れるかどうか確認したメディアがどれくらいいたのでしょうか」と語った。中村弁護士は「化学兵器の壁」としてこの点を挙げたが、むしろ「記者クラブを通じての発表もの報道の壁」かもしれない。

「また、潜入取材の罠にかかっていませんか。これは『独占取材権をあげるよ』と麻原に言われて、『これは視聴率が稼げる。だから麻原と取り引きしよう。そして麻原にも警察情報を提供しよう』。そんなことがなかったのかどうか」(中村弁護士)

◆オウムを持ち上げた宗教学者

 オウムを好意的に評して宣伝に加担した宗教学者の問題にも言及した。

「麻原やオウム真理教を面白おかしく取り上げていた場面については、皆さんご承知だと思います。いまでもYouTube等を見れば、そういった場面が出てきます。たとえば、宗教学者や知識人の問題点。麻原を支持した宗教学者が複数いましたが、また知識人もいました。これもYouTubeで『オウム真理教 有名人』と検索するとすぐに映像が出てきます」(中村弁護士)

 もちろん、こうした宗教学者・知識人たちの責任は重大だが、そもそも、彼らの言説を世間に流したのもまたメディアだ。

 当時オウムを好意的に評したり擁護したりした宗教研究者は山折哲雄氏、中沢新一氏、島田裕巳氏などだが、現在では顔ぶれが変わっている。中村弁護士は言及しなかったが、オウム真理教の後継団体の一つである「ひかりの輪」(代表=上祐史浩氏)を好意的に評価する論文などを発表している鎌田東二氏や、団体規制法に基づく観察処分を外すための報告書に意見書を寄せるなどしている大田俊寛氏。そしてひかりの輪に事実上「勧誘」の場を提供しているトークライブハウス「ロフトプラスワン」や、そこで上祐氏と共演するサブカル人も複数いる。

 中村弁護士の講演はオウムをめぐる歴史を示したものだが、それは単なる昔話ではなく、いままた繰り返されている歴史であることを忘れてはならないのではないだろうか。

◆「風化という意味がわからない」

 後半の「被害者の権利獲得から死刑まで」は、地下鉄サリン事件で夫をなくした高橋シズヱ氏と、同じく1995年に起こった目黒公証人役場事務長逮捕監禁致死事件の被害者遺族・假谷実氏との対談だ。司会はオウム真理教被害対策弁護団の伊藤芳朗弁護士。

 この対談については、ジャーナリストの江川紹子氏が詳しく伝えている(参照:江川紹子氏のYahoo個人)。

 高橋氏は地下鉄サリン事件被害者の会の代表として、假谷氏は「全国犯罪被害者の会(あすの会)」設立メンバーとして、被害者への補償や裁判での被害者参加制度等の実現に取り組んできた。

「まさに検察官の対応が全然違った。我々被害者が権利を勝ち得たことによって、いまの状況が実現したのかと思います」(假谷氏)

「犯罪被害者等基本法というのは、被害者の要望からできたんですよね。私たちがいろんなこと言っていって、それの要望を1つひとつ検討してもらって、そこから刑事裁判であるとか国民の理解を得るとか、それによっていろんな項目が成り立っていった。まさに私たちの要望そのものを聞いてもらえた」(高橋氏)

「まさに被害者の声が届いた。我々だけではなくもっと多くの日本全国の被害者の声が届けられたのかなと」(假谷氏)

◆配布資料から伝わる「重み」

 今回の集会には、大学生の姿が多く見られた。ジャーナリズムやドキュメンタリーに関心を持つ学生たちだ。

「学生さんたちに一言言いたいと思うのは、今の制度がこうだからといってそれに順応するのではなくて、今の感覚で『これはおかしいんじゃないか』と思うことがあったときには、それを口に出して対策を考えてみる、というのも大事なんじゃないかなと思います」(高橋氏)

 来場者に配布された資料を見ると、2人の言葉は、いっそう重みを増す。全32ページ。そのうち、「被害者の会・24年間のできごと」というタイトルの年表が9ページにもわたって掲載されている。被害者の権利実現までの、ひとつひとつの行動を積み重ねた記録だ。

 被害者や遺族たちは「おかしいと思うことがあったら口に出す」だけではなく、実現するまで口に出し続けてきた。そして、それはまだ終わっていない。

「当事者ですから、風化ということの意味がわからない。死刑はすごく大きな出来事で、オウム事件では最終的な出来事になるのかもしれないですが、私たちからすれば最終的なものではない。被害者にしてみれば、(事件は)現在進行形というのがいまだに続いているわけです。(平成)20年にアンケート調査を専門家にやってもらいましたけど、特にPTSDの(被害者)遺族の罹患率がものすごく高かったという結果が出ました。私もしょっちゅう笑ってますけど、だからよくなったと思われるかもしれるかもしれないですけど、そうではないというのがあって、風化という言葉にはものすごく違和感があります」(高橋氏)

 風化などしていない。それは決して被害者や遺族の「感情」ではなく、歴然たる事実だ。

 配布資料の年表には、死刑が執行された昨年7月以降も記者会見、シンポジウム、関係方面との意見交換会、賠償をめぐるアレフとの訴訟、観察処分をめぐるひかりの輪と国の訴訟など、関連の活動や出来事が山のように記載されている。風化を感じさせる気配などない。

 来年も3月14日、今年と同じく連合会館で同様の集会が開かれる。

<取材・文・写真/藤倉善郎(やや日刊カルト新聞総裁)・Twitter ID:@daily_cult3 取材協力/鈴木エイト Twitter ID:@cult_and_fraud>

ふじくらよしろう●1974年、東京生まれ。北海道大学文学部中退。在学中から「北海道大学新聞会」で自己啓発セミナーを取材し、中退後、東京でフリーライターとしてカルト問題のほか、チベット問題やチェルノブイリ・福島第一両原発事故の現場を取材。ライター活動と並行して2009年からニュースサイト「やや日刊カルト新聞」(記者9名)を開設し、主筆として活動。著書に『「カルト宗教」取材したらこうだった』(宝島社新書)

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