「おことば」を修正させた安倍政権<伊藤智永氏>

HARBOR BUSINESS Online / 2019年5月23日 8時31分

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AFP=時事

 いよいよ令和の新時代を迎えた。改元フィーバーに沸いた日本社会だが、その反面で、政治権力者による皇室とその伝統の無視が平然と行われた。

 

 保守系オピニオン誌『月刊日本6月号』では、『「平成の天皇」論』(講談社現代新書)を上梓した毎日新聞編集委員兼論説委員の伊藤智永氏のインタビューを掲載。いかにして、「おことば」への政権の関与があったのかを詳らかにしている。

◆安倍首相の指示で「おことば」を添削

―― 伊藤さんは著書『「平成の天皇」論』(講談社現代新書)の中で、安倍政権と皇室のあつれきを生々しく描いています。特に安倍政権が平成28年8月8日の「おことば」に手を加えていた事実は衝撃的でした。

伊藤智永氏(以下、伊藤):もともと退位の意向は2014年の秋に宮内庁から安倍政権に伝えられていましたが、黙殺されていました。そこで上皇陛下は直接国民に訴えるしかないと考え、2015年の春には「お気持ち」の原案を用意しました。これは12月の誕生日会見で切り出すつもりでしたが、再び先送りにされました。

 結局、退位の意向は2016年7月13日にNHKのスクープで明らかになりました。安倍総理はこの時初めて「お気持ち」の原稿に目を通したといいます。その後、安倍首相は衛藤晟一首相補佐官に原稿を渡し、「おことば」を添削させました。「天皇のすべての行為には内閣の助言と承認を必要とする」のだから当然だという考えなのでしょう。

 衛藤氏は日本会議の重鎮です。NHKのスクープ後、日本会議は「退位反対」で安倍首相に猛然と働きかけていました。首相が衛藤氏に原稿チェックを任せたのも、特別待遇で日本会議の意向を反映させるから「あまり騒ぐな」というガス抜きのニュアンスに近かったようです。

 それから官邸と宮内庁の間でやりとりが行われ、原案に二箇所あった欧州の王室における生前退位の事例について触れた部分は、衛藤氏が「欧州の王室に倣う必要はない」という理由で削除を求め、上皇側も受け入れたそうです。衛藤氏は皇族の負担を懸念する箇所と摂政を否定した箇所も削除を求めましたが、これは上皇陛下の強い意向で残されました。

 それでも安倍政権は摂政を置いて退位を認めない方向で、上皇側を押し返そうとしていました。しかし、8月8日に上皇陛下が「お気持ち」を発表すると、世論の圧倒的な支持に押される形で退位容認に舵を切りました。

 その後、9月23日に「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」が設置され、生前退位に向けた議論が始まりました。しかし、有識者16人中6人は日本会議の関係者であり、官邸の関係者は「この『右寄り』の人選は、総理の指名だ」と話していました。

 安倍首相は、世論の大勢に従う現実主義と「保守」のバッジは付けておきたいイメージ戦略の両睨みだったのでしょう。退位の段取りは進めながら、日本会議の主張を前面に押し出すことで退位に反対する「保守」への配慮も印象づけた。これだけ異論もある中で退位を実現できるのは「保守」の私だからですよというアピールです。

◆「朝日の書いた通りには絶対にさせない」

―― 改元日程も安倍総理が独断で決めました。

伊藤:改元(退位・即位)の日程案は、2017年1月6日に初めて安倍首相、菅官房長官、杉田和博官房副長官の間で議論され、

①2018年12月23日(天皇誕生日)

②2019年1月1日(新年)

③2019年4月1日(年度替わり)

の三案が用意されていました。

 宮内庁は「年度替わり案」を希望していましたが、安倍首相は「分かりやすい」という理由で「新年案」を推し、菅氏も賛成したことで会議はまとまりました。「元日の祭祀は簡略化すれば、即位だけ元日にすることもできる」という考えだったようです。

 しかし、新年は元日の四方拝をはじめ、宮中祭祀や皇室行事が多くあります。そのため、西村宮内庁次長は1月17日の定例記者会見で、元日の即位・改元は困難であるという認識を示しました。

 安倍総理は「天皇は祈っていればいい」という考えなのかも知れませんが、それでいて天皇の祈りについて実はほとんど知らないか、相当便宜的、事務的に考えていた。これは矛盾以外の何物でもありません。特に2019年1月7日は昭和天皇の30年式年祭にあたり、上皇陛下は自ら天皇として祭主を務めることに強くこだわっていました。そのことも知らず、知っていたとしても考慮には及ばないと軽んじていたことになります。

―― 実際に即位・改元が行われた5月1日案はどこから出てきたのですか。

伊藤:その後も官邸は「新年案」、宮内庁は「年度替わり案」で平行線を辿りましたが、安倍首相も「年度替わり案」の容認に傾いていきました。

 ところが、朝日新聞(2017年10月20日)が一面トップで「退位2019年3月末、即位・新元号4月1日」と報じると、各社も一斉にその後を追い、宮内庁の方針が既成事実化されていきました。これに怒った安倍首相は「朝日の書いた通りには絶対させない。あれは誤報にしないとね」と周囲に語り、朝日のスクープを潰しにかかりました。12月1日、安倍首相は皇室会議で一方的に「5月1日案としたい」と通告し、それが結論になりました。こうして改元は何の根拠もない5月1日に決まったのです。

―― 新元号の「令和」は、安倍首相の指示で3月に追加で提案されたものであり、最終的には安倍首相が全閣僚会議で「新元号は令和としたい」と発言して了承されたと報道されています。

伊藤:これでは「首相の元号」です。安倍首相はわざわざ記者会見を開き、働き方改革など自分の政策と結びつけて新元号を説明しました。改元手続きにあれほどこだわった日本会議が、元号を政権浮揚に使った首相のやり方をなぜ黙認するのか理解に苦しみます。

◆「首相は皇室に関心がないんです」

―― 安倍政権には畏敬の念が欠落しています。

伊藤:以前本誌でも紹介しましたが、安倍首相は2016年9月16日夕方、亀井静香衆議院議員(当時)の前で首相執務室のカーペットにひざまずいてみせながら、「こんな格好までしてね」とニヤッと笑ったといいます。また、麻生副総理は派閥議員たちを前に「退位なんてワガママだ。今の陛下は挨拶も読み間違えるし、判断力が弱ってるんじゃないか」と放言したともいいます。菅氏も「元旦案」に何の躊躇いもなく賛成していました。

 安倍首相、麻生氏、菅氏らには皇室に対する畏れがない。政権のナンバー1、2、3がそういう人物であれば、皇室に関わる物事が政権の都合で進んでいくのは当然です。

 皇室とは何か、どうあるべきかなどそもそも考えていないのでしょう。安倍政権の対応について皇室関係者が杉田官房副長官に抗議した際、杉田氏が思わず「いや、退位に反対とかいうことはありません。総理は本質的に天皇や皇室に関心がないんですから」と漏らしたので、呆れて絶句したそうです。

 しかし、対抗心だけは持っています。上皇陛下の「お気持ち」は国民から8割以上の支持を集めましたが、政府高官は「内閣支持率が負けているなあ」とぼやいていました。こういう皇室と政権を比べる勝ち負けの発想は、安倍政権の態度によく表れています。

 安倍政権は常に退位・即位の主導権を握ろうとしてきました。NHKのスクープで退位の意向が頭越しに国民に伝えられた後、官邸は「落とし前はつけてもらう」と言わんばかりに当時の宮内庁長官を更迭しました。改元の日程や新元号の制定も、安倍首相の一存で二転三転したのは前述の通りです。

 無関心ゆえの畏れを知らない対抗心――これが皇室に対する安倍政権の一貫した態度です。このような割り切った皇室観は山口(長州)出身の岸信介から安倍首相に伝わり、それが政権の体質にまで及んでいる気がします。

 しかし、政権トップの態度に「これでいいのか」という想いをいだいている政治家や官僚は少なからずいます。だからこそ、そういう話がメディアにどんどん伝えられているのが現状だと思います。

―― 皇室はどう対応しているのですか。

伊藤:私は秋篠宮殿下の発言に注目しました。秋篠宮殿下は昨年の誕生日会見で、大嘗祭は宗教色の強い皇室の行事であり、国費ではなく内廷費で賄う形で、身の丈にあった儀式で行うのが本来の姿ではないかと指摘した上で、宮内庁が聞く耳を持たなかったと述べました。これは政教分離に関する意見だと受けとめられましたが、私は皇室の政治利用が行き過ぎていないかという問題提起だったと受けとめています。

 もともと現在の大嘗祭は、明治時代に長州閥が定めた登極令にもとづくものです。即位式と大嘗祭は当時の国家主義的な雰囲気の中で、「御大典」として国威発揚のための大掛かりな装置に飾り立てられた側面があります。秋篠宮殿下の発言は大嘗祭が皇室の伝統に則らず、国家主義的に政治利用されていることに対する懸念の表明だったのではないか。

 これは十分ありえることです。皇室は長州閥が築いた明治の歴史と距離をとっているからです。安倍政権は昨年10月23日、東京・憲政記念館で明治150年を祝う中央記念式典を開催しましたが、両陛下は出席されませんでした。政府は明治150年の関連行事に予算をつけて、全国で官民合わせて4000のイベントが開催されましたが、原則として皇族の出席はありませんでした。皇室は明治150年の記念事業への協力を拒んだということです。これは上皇陛下の意向だったといいます。

◆象徴天皇制を続けるか、それともやめるか

―― 平成は終わりましたが、上皇陛下の問いかけは残されたままです。

伊藤:上皇陛下の退位表明だった「象徴のお務めについてのお言葉」とは、「平成の象徴天皇制はどうでしたか。このまま続けますか。それとも、この際やめますか」という国民への問いかけだったのではないでしょうか。象徴天皇制は何もしないで漫然と続くのではない。それは絶えざる意思と思索、そして努力によってしか続かないものです。

 残念ながら、安倍政権はこの問いかけを素通りし、極めて場当たり的、ご都合主義的に対応するだけであり、国民も決して重く受け止めているとはいえません。確かに200年ぶりの譲位によって、国民は上皇陛下に感謝しながら、新しい天皇陛下の即位を素直に祝うことができ、「こういう御代替わりがあるんだな」としみじみ感じ入りました。その一方で、改元ブームはハロウィンのようなお祭り騒ぎに終わり、世相はどこか浮薄で厳粛さからは程遠い。

 特にショックだったのは、悠仁さまの学校の机に刃物が置かれた事件です。そういう事件が起きたことにも驚きましたが、それ以上に世論の反応の薄さに衝撃をうけました。未成年かつ現行制度では将来唯一の皇位継承者の命を狙った今回の事件は、昭和天皇(当時は摂政宮)暗殺未遂事件の虎ノ門事件に匹敵すると言っても過言ではありません。戦前ならば犯人は極刑、警視総監は即刻辞任です。しかし、政治も国民もこれだけの事件を悪質ないたずらの類いかアニメのサブカル的な話題として消費し、何事もなかったかのように平気で過ごしている。

 平成の30年で皇室に対する国民の支持は広がりましたが、その一方で何か大切なものが失われつつあるような不気味さを感じます。

―― 私たちは令和の時代も、上皇陛下の問いかけに答える努力を続けていかなければならないと思います。

伊藤:改元に際して、「平成は敗北の時代だった」という平成論が流行っていますが、これは数字やデータだけに基づく表面的な評価であり、皇室が象徴する時代の思想や精神を捉えたものとは言えません。平成像は数十年のうちに大きく変わっていくはずです。

 そして上皇陛下の問いかけは10年先、20年先にも繰り返しやって来ると思います。その度に、「ああ、陛下がおっしゃったのは、こういうことだったんじゃないか」と何度も気づかされるような、それほどの豊かさと深みを持った問いかけだったと感じます。後世、私たちは「あんな立派な陛下はいらっしゃらなかった」と思い出すことになる気がしています。

(聞き手・構成 杉原悠人)

提供元/月刊日本編集部

げっかんにっぽん●「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。

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