日本も他人事ではない。世界最大の民主主義イベントで繰り広げられた壮絶なネット世論操作

HARBOR BUSINESS Online / 2019年5月30日 8時31分

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photo by Marco Verch (CC BY 2.0)

◆有権者9億人、候補者8千人以上の選挙

 世界最大の民主主義イベントであるインドの総選挙が行われた。まずはその規模を確認してみよう。有権者9億人以上、政党の数2,293、候補の数8千人以上、投票所の数100万以上だ。

 投票は4月11日から5月19日にかけて順次行われ、開票が23日に行われた。勝利したのはモディ首相が率いる与党インド人民党(BJP)だった。選挙前にはさまざまな情報と憶測が行き交ったが、与党が過半数を握る歴史的勝利で幕を閉じた。

 インドの選挙はその規模だけでなく、ネット世論操作の熾烈さでも知られている。インドでネット世論操作が大々的に行われるようになったのは2014年の選挙からだと言われている。この時、各党が書き込み要員=トロールを雇って世論操作を行った。世論操作に参加したメンバーのひとりが後に『I am a Troll: Inside the Secret World of the BJP’s Digital Army』(Swati Chatuvedi、2016年、12月1日)という本を刊行し、その実態を暴露した。その中に政権党は敵対する政党だけでなくジャーナリストや著名人までも攻撃対象にしていたと書いてある。

 インドではネット世論操作はビジネスとして確立しており、フェイクニュースを流布させる際には多数のトロール要員を準備するだけでなく、短期間に多数の投稿を可能にするためのテンプレートがグーグルドキュメントによって作られて提供されていたという。(参照:『The growing tide of fake news in India』Aljazeera、2018年12月11日)

◆与党がシェアしたコンテンツの25%がジャンク

 多くの国がそうであるようにインドでもSNSが盛んである。特によく利用されているのはWhatsAppで2億人を超える利用者がいる(2003年200万人だった利用者が2016年には1.6億人に急増し、2017年時点ではWhatsApp世界最大のマーケットとなった)。

 フェイスブックとWhatsAppでのネット世論操作を調査したレポート(参照:『News and Information over Facebook and WhatsApp during the Indian Election Campaign』2019年5月13日)によると、インドではSNSが政治ニュースや情報の主な情報源になっており、インド人民党からシェアされたコンテンツの25%以上、インド国民会議(INC)からのシェアの20%がジャンクニュースだった。

 それ以外の政党発信の情報のジャンクニュースの比率はごくわずかだった。多くは対立を激化するような陰謀論や過激な論調のものだった。画像も利用されており、外部のサイトにリンクしているものもあった。全体として、多数のフェイクニュースや極論にあふれており、ネット世論操作の状況は過去最悪としている(2016年のアメリカ大統領選を除く)。

◆大規模かつ組織的なネット世論操作が当たり前なインド

 The Atlantic誌によると、インドのネット世論操作はすでに組織としても確立されている。与党であるインド人民党はWhatsApp をプロパガンダ拡散ツールとして活用しており、インド人民党の情報技術部長Amit Malviyaが管理する「BJP Cyber Army 400+」などのグループがある。

 インド人民党の選挙戦略の中心はヒンズー教とイスラム教の対立を煽ることである。有権者の80%がヒンズー教徒である以上、そこを強固な基盤とするためにはこの対立図式が有効なのだ。他の政党が類似の戦略をとってもインド人民党の巨大なSNSの力にはかなわない。

 インド人民党のネット上の選挙キャンペーンには120万人のボランティアが参加する。ウッタル・プラデーシュ州に拠点がある同党のIT部門は、組織は6つの階層に分けられ、首都から地方都市までをカバーしている。最終層では投票者に直接働きかける。

 また同党はNaMoというネット世論操作専用のアプリを開発しており、少なくとも2つの州ではプリインストールされた安価なアンドロイド端末が配布されている。記事によれば1000万人以上がインストールしているという。

◆Facebookは不審なインドのアカウントを削除で対応

 こうした状況に対し、フェイスブック社は組織的かつ不審な活動を行っていたインドのアカウントやページを削除した(参照:『Removing Coordinated Inauthentic Behavior and Spam From India and Pakistan』facebook Newsroom、2019年4月1日)。

 具体的には野党インド国民会議の「IT Cell」に関係する687のフェイスブックページとアカウントを削除、インドのIT企業Silver Touchに関係している15のフェイスブックページとグループとアカウントを削除、321のフェイスブックページとアカウントを規約違反で削除した。これだけ読むと与党であるインド人民党は削除対象になっていないように見えるが、後述するように実はそうではない。

◆壊れつつある民主主義

 ネット世論操作の調査活動で知られるデジタル・フォレンジックラボはフェイスブック社の削除を受けて、その内容を分析したレポートを公開した(参照:『#ElectionWatch: Inauthentic Activity in India』デジタル・フォレンジックラボ、2019年4月1日)。インド人民党の支援者とインド国民会議の支援者のいずれもが相手を攻撃するためにネット世論操作を行っており、さらに相手がネット世論操作を仕掛けてくることをあらかじめ予想し、それ以上に効果ある攻撃を行おうする危険な傾向があった。

 フェイスブック社が削除したフェイスブックページとインスタグラムには「The India Eye」のページがあった。これはインドのIT企業Silver Touch Technologiesの作ったもので、同社はナレンドラ・モディ首相の公式ページも作成している。

「The India Eye」はナレンドラ・モディ支持のナショナリストの集まりであり、100万以上のフォロワーを持つ(なお、前述のThe Atlantic誌では200万人以上)。昨年インドのファクトチェック組織AltNewsがSilver Touch社との関係を指摘している。Silver Touch社は否定したが、今回フェイスブック社によって再度関係が指摘されたことになる。

 フェイスブック社はインド国民会議のIT Cellのページを削除したが、詳細は書かなかった。デジタル・フォレンジックラボによればこのIT Cellはインドのグジャラート州を拠点する組織で自分たちに関する説明をページに記載していた。

 インド人民党とインド国民会議のネット世論操作は異なるアプローチをとっているが、いずれにしても民主主義的な議論を歪めるものであるとデジタル・フォレンジックラボは警告している。

◆インドの選挙におけるWhatsAppの猛威

 インドの選挙におけるWhatsAppの猛威を分析したカナダのCBCは「WhatsApp選挙」と表現し、ネット世論操作が民主主義を毀損しているというインドのメディアThe Quintの編集者の声を紹介している(参照:『’The battle is still on’: Fake news rages in India’s WhatsApp elections』CBC、2019年5月17日)。

 戦いはWhatsAppやフェイスブックだけに留まらない。モディ首相を批判する記事をTIME誌に書いた記者のWikipediaのページに「インド国民会議の広報担当」という文言が書き加えられた(もちろんデマ)。それを誤りであるとファクトチェック組織AltNewsが指摘すると、今度はAltNewsのWikipediaのページにもデマが書き込まれ、デマを書き込む者とそれを修正するAltNewsの間で「編集戦争」が勃発した。選挙に伴ってWikipediaに問題のある書き込みが行われるのは珍しくなく、Wikipediaもまた政治闘争の場に変わっている(参照:『Indian election battles are being fought on Wikipedia, too』QUARTZ、2019年5月16日)。

 もちろんツイッターなど他のSNSも利用されおり、ネット上のあらゆるツールがネット世論操作の道具となっている。

 以前、寄稿した『極論主義とネット世論操作が選挙のたびに民主主義を壊す。このままでは5年以内に世界の民主主義は危機を迎える』で書いた懸念がどんどん現実のものになっている。直近の欧州議会選挙を始め、さまざまな選挙で予想された傾向の結果が出ている。

 我々は現在の民主主義を守ることよりも、新しい時代を考えることに注力すべきなのかもしれない。監視資本主義とエセ民主主義がディストピアに見えるのは古い価値観に囚われているからで、新しい価値観を受け入れれば輝かしい未来に見えるはずだ、などとは決して思わないが、新しい社会システムを考えるべき時に来ているのは確かだろう。

◆シリーズ連載「ネット世論操作と民主主義」

<取材・文/一田和樹 photo by Marco Verch (CC BY 2.0)>

いちだかずき●IT企業経営者を経て、綿密な調査とITの知識をベースに、現実に起こりうるサイバー空間での情報戦を描く小説やノンフィクションの執筆活動を行う作家に。近著『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器 日本でも見られるネット世論操作はすでに「産業化」している――』(角川新書)では、いまや「ハイブリッド戦」という新しい戦争の主武器にもなり得るフェイクニュースの実態を綿密な調査を元に明らかにしている

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