妻を虐待しまくるモラ夫は精神疾患ではなく、むしろ”正常”という闇<モラ夫バスターな日々14>

HARBOR BUSINESS Online / 2019年6月2日 8時33分

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「なぜ出て行ったのか、全く腑に落ちません」

 離婚調停で、40代の男性が言った。

 妻によると、夫は、毎日、「バカ」「お前は病気だ」と妻を罵ったという。罵られ続けて、妻は、うつ状態になり、役所に相談、就学前の幼児2名とともに公的シェルターに保護された。にもかかわらず、夫は、「多少厳しい言葉で叱ることはあったが、夫婦仲はよかった」「勝手に出て行ったことは水に流すから帰って来い」と述べた。

 幼児2名とともに着の身着のまま、殆ど所持金なしでシェルターに逃げ込んでも、「勝手に出て行った」と認識する。 

 毎日罵ったことを「多少、厳しい言葉で叱ったことはある」と振り返る。そして、「勝手に出て行ったことは水に流す」とあくまで上から目線で、反省の態度は全くみられない。このような認知の歪みは、この男性に限ったことではない。私は、離婚弁護士として、日々、このような日本の男性たちをみている。

 なぜ、このように認知が歪むのか。それは、自らの言動は社会的に許されているものと考えているからに他ならない。

 

◆モラ夫になるか否かは、個人の選択である

 前回紹介したとおり、日本社会は、モラ文化を支える戸籍制度、夫婦同姓強制主義を温存し、その結果、明治民法下の社会的文化的規範群(モラ文化)を今日に引き継いでしまった。

 家庭においても、支配者である父、その従属者である母が、家庭におけるモラ文化を実践している。日本の男性たちは、社会や家庭でモラ文化を吸収し、これを行動規範、評価規範として、内面化し人格の基礎としてゆくのである。

 そして、内面化した規範は、無意識のうちに、その者の行動を支配する。

 因みに、モラ文化がモラ夫を育て許容するとしても、個々の男性は免責されない。同じモラ文化の下に育っても、モラ夫にならない健全男子もいる。モラ夫になるのは、個々人の選択の結果でもある。

◆生活費は折半させるのに家事はしないアラサー世代のモラ夫

 学校で「男女平等」を習っても、モラ文化が根強い日本で育てば、その「男女平等」とは、モラ文化により修正された平等として内面化する。

 例えば、30代、40代では、生活費の分担を折半にする夫婦が増えている。夫と妻に収入格差があっても、折半にするのである。その結果、夫は、男女の収入格差を謳歌し、妻は、経済的に抑圧されることになる。しかも、生活費折半でも、家事は、妻に押し付ける事例が殆どである。

 ところで、20代、30代の意識調査(2016年)によると、夫婦間の家事分担につき、未婚男性の51.5%は平等にするべき、37.0%は妻が多く負担するべきと回答している。(参照;内閣府「結婚・家族形成に関する意識調査報告書」)

 少なくとも、若い男性の半数は、建前としては、家事分担を平等にするべきだと回答しているので、僅かながらの希望もある。しかし、この平等意識は、あくまで建前である。

 現実には、共働きの夫婦であっても、夫が家事を行う割合は、2016年で23.3%に過ぎない。しかも、夫の家事従事時間数は、妻の約6分の1程度であり、実際の家事分担はおよそ平等からは程遠い。(参照:男性の家事、育児関与時間に関する内閣府男女参加局の報告)

 つまり、家事分担の平等は、単なる建前であり、依然として、性別役割分担(妻への家事の押付け)が男性たちの本音なのである。

◆モラ夫は精神疾患ではなく、むしろ“正常”

 そして、その根強いモラ文化により、自らを家長と信じるモラ夫は、妻を支配する。その支配は、大概、残虐である。前述した事例のように、妻をうつ症状に追い込む程、毎日、妻をディスり、いじめ続けて、「仲が良かった」などと平然と言うのである。

 本来、愛し、助け合うべき存在である夫から日常的な加害を受け続けると、妻は、精神的に追い詰められ、場合により心身症になる。被害妻からみると、ここまで残虐で、加害を続けるモラ夫に精神的/人格的異常があると思いたくなるのは、人情だろう。

 しかし、妻に加害する男性の更生支援の専門家であるランディ・バンクロフトによると、精神その他の異常、障害がみつかる割合は、加害男性と一般男性とで違いはないという(ランディ・バンクロフト「DV・虐待加害者の実態を知る」明石書店)。

◆自らを支配者と規定したとき、人はどこまでも残虐になれる

 ところで、妻を言葉や態度でイジメ続ける加害男性の多くは、妻に直接の暴力を振るわない。すなわち、社会的に許されている(と彼が考える)範囲内でのイジメにとどめるのである。これは、モラ夫の「正常性」を示す証拠であり、かう、モラ夫の原因が社会的文化的規範にあることを示している。

 自らが支配者であると信じるとき、人は残虐になれる。おそらく、ヒトの性(さが)だろう。それは歴史が証明していることであり、日常、私たちが体験していることでもある。疑う向きは、横暴な上司、毒親、モラ夫に対して、ため口を聞いて逆らってみればよい。おそらく、彼らの残虐さを実感できるのではないか。

 すなわち、モラ夫の多くは、残虐であっても、「正常な」男性たちであり、決して精神的/人格的異常なわけではない。正常な男性がモラ夫になる、ここに、この問題の根深さがある。

 時代の変革期においては、社会的文化的規範群は葛藤に晒される。夫婦同姓強制主義は、法廷闘争等で揺さぶられてきた。Me too運動で、セクハラやセクハラ文化に対する問題提起がなされている。同性婚など、結婚の在り方も問われている。私も、モラ文化を葛藤のなかに放り込みたいと願っている。

 葛藤の結果、社会的文化的規範が変化し、日本社会が前進する。そう信じたい。

【大貫憲介】

弁護士、東京第二弁護士会所属。92年、さつき法律事務所を設立。離婚、相続、ハーグ条約、入管/ビザ、外国人案件等などを主に扱う。著書に『入管実務マニュアル』(現代人文社)、『国際結婚マニュアルQ&A』(海風書房)、『アフガニスタンから来たモハメッド君のおはなし~モハメッド君を助けよう~』(つげ書房)。ツイッター(@SatsukiLaw)にてモラ夫の実態を公開中

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