「トラック運転手は“底辺職”」!? 謂れなき偏見に物申す

HARBOR BUSINESS Online / 2019年6月16日 8時32分

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ハンドルの上に足を載せて寝るのも足のうっ血を防ぐ意味もある。大切な休息の時間だ

◆「トラックドライバーにはなりたくない」?

「トラックドライバーが一般ドライバーに知っておいてほしい“トラックの裏事情”」をテーマに紹介している本シリーズ。

 前回は「トラックドライバーの身体を蝕む、過酷過ぎる『バラ積み・降ろし』の実態」を紹介したが、これにはドライバーや物流企業だけでなく、荷主側からも「ドライバーの労働環境の改善を」といった声を多くいただいた。

 一方、「トラックドライバーにだけはなりたくない」や、中には「底辺職なんだから辛くて当然」、「嫌なら辞めろ」とする業界外の方からのコメントも今まで以上に散見。

 そこで今回は、「トラックドライバーは“底辺職”なのか」を、筆者の当時の心境や、現役トラックドライバーの実情をもとに率直に述べていきたい。

◆「我慢すれば自分でもできる」は大間違い

 こうしてトラックの事情を書いていると、毎度必ず見られるのが、前出のような「トラックドライバーにはなりたくない」なる文言なのだが、どうか安心していただきたい。こうした気持ちの方々には、トラックドライバーは絶対に務まらない。

 皮肉でもなんでもない。筆者含め多くのドライバーが、3日ともたずに辞めていく人たちを今まで数えきれぬほど見てきているのだ。

「“底辺職”は我慢すれば自分でもできる」という前提で考えていたら大間違いなのである。

 そもそも“底辺職”とは何なのか。世間が共通して抱くニュアンスは、「給与が安く3K(危険・きつい・汚い)で、人間として扱われない不人気な仕事」といったところだろうが、その定義や“底辺”とする根拠は、元々かなり曖昧だ。

 それがゆえに自分の仕事だけでなく、第三者の職の過酷さを表す用語としても軽々しく使われることがあるのだが、他人の職を「底辺だ」とするのは、「職業差別」以外の何ものでもない。

 これまで本シリーズでも幾度となく紹介してきたとおり、トラックドライバーの職は過酷だ。傍から“底辺職”と思われるのも、原因の多くはこの過酷さにある。

 その図体の大きさゆえに、走っていても停まっていても邪魔扱いされ、荷主に指示されるがまま手荷役作業(手で1つひとつ荷物を積み降ろすこと)し、眠い目こすって長距離運転。これらの運行状況はデジタコ(デジタルタコグラフ)で会社に逐一管理され、荷物事故を起こせばその荷の「買取り」までさせられるケースもある。

 また、運転中は「命の危険」と隣り合わせになるだけでなく、下手をすると「加害者」にもなり兼ねず、常に緊張を強いられるため、体力だけでなく精神面からも過酷な仕事であるといえる。

◆「便利な生活」がトラックドライバーの仕事を過酷にしている

 しかし、「トラックドライバー=底辺職」というイメージの形成は、こうした業界内の労働環境だけによるものではない。中には、世間が無意識のうちにしている「トラックドライバーの軽視」や「職業差別」が彼らを“底辺”に追いやっているケースもある。

 例えば、ECサイトなどの通信販売などでよく見られる「送料無料」という言葉。

 この4文字が、上記のような労働環境で働くドライバーの努力のもとに成り立っているものだと意識する消費者は、残念ながら多くはない。

 少ないながらにも実際発生している輸送料・配送料に対して、「送料弊社負担」や「送料込み」など、他にいくらでも言い方がある中、わざわざこの「無料」という言葉が使われることに、「存在を消されたような感覚になる」と漏らすドライバーもいる。

◆世間によって植え付けられるネガティブイメージ

 また、スポーツ選手が怪我や成績不振によって戦力外になり、トラックドライバーに転身したというエピソードが時折ドキュメンタリー番組などで取り上げられ、「転落人生」などと題されることがあるが、筆者は現役ドライバーのころから「トラックドライバー」という職を「人が“転落”した先でする仕事」だとは一度も感じたことはない。

 むしろ、こうしたスポーツ選手のような体力と精神力、スキルが必要な「専門職」だと思っており、今もその考えは変わっていない。

 世間が当事者の感情を知りもせず「誰でもできる“底辺職”」というイメージを植え付けてしまうことに、大変な違和感を覚えるのだ。

 さらに、昨今物議を醸している「交通事故」による扱いにも大きな違いがある。

 交通ルールを守っていた歩行者を轢いて死亡させても逮捕されない暴走ドライバーがいるのに対し、トラックドライバーは安全運転していても、突如現れたサイクリスト(自転車乗り)や自殺者など、回避できない対象を轢くと、「交通強者」であるという理由から、高確率で実名報道・現行犯逮捕される(詳しくは、以前書いた”過失がなくても、まず逮捕。加害者になりやすいトラックの悩み”をご参照いただきたい)。

 「上級国民」という言葉を耳にするたび、トラックドライバーは、世間以上にその“違い”を考えさせられるのだ。

◆過酷ならば底辺職なのか

 このように、理不尽なことが多いトラックドライバーという仕事。表面上に見れば、どうしても「底辺職だ」とされやすく、ドライバーの中にも実際そういう思いを抱きながら働いている人もいる。

 しかし、こうした過酷な環境の中でも、自らの仕事を「底辺職」ではなくむしろ「天職」だと胸を張り、愚痴をこぼしながらも、長年生き生きと日本の道路を走り続けるトラックドライバーも数多く存在することは、是非分かっておいていただきたい。

 彼らがトラックを降りないのは、「仕方ないから」や「他に職がないから」ではなく、「トラックドライバーという職が心底好きだから」だ。彼らと話していると、「過酷ならば、低賃金ならば“底辺職”なのか」という思いが沸々とこみ上げてくるのである。

 自分が誇りをもって就いている仕事を認められなかったり、侮辱されたりされることほど、モチベーションが下がることはない。

 トラックドライバー自身にも改善すべき点は多くあるが、彼らが邪魔者扱いされながらもひたすらに走っているその先には、我々の生活があるということだけでも理解してもらえると、日本の物流はもう少し明るくなる。

<取材・文/橋本愛喜>

フリーライター。大学卒業間際に父親の経営する零細町工場へ入社。大型自動車免許を取得し、トラックで200社以上のモノづくりの現場へ足を運ぶ。日本語教育やセミナーを通じて得た60か国4,000人以上の外国人駐在員や留学生と交流をもつ。滞在していたニューヨークや韓国との文化的差異を元に執筆中。

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