スペインでも大きな話題。久保建英レアル入団をスペイン紙はどう報じた?

HARBOR BUSINESS Online / 2019年6月18日 15時30分

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久保移籍を報じるReal Madrid公式サイト

◆スペイン史上嘗てない注目度の久保建英のレアル入団

 6月14日、スペインそして世界サッカー界の名門レアル・マドリードの広報が久保建英と正式契約を結んだことを発表した。そして、1期目は同チームの2部カスティーリャ(Castilla)チームでプレーすることを明らかにした。この広報の中で久保のことを「世界のサッカーでもっと有望な若い選手のひとり」と報じ、「素晴らしい技能をもった攻撃力あるミッドフィルダー、非常に器用で、ゲームの洞察力あり、相手をかわす高い能力、そして得点力あり」と指摘している。(参照:「Real Madrid」)

 そして同日、スペインの各スポーツ紙そして一般紙も一斉にそれを報じた。日本のサッカー選手がこれほどまでに強い関心をもってスペインのメディアで取り上げられたことは嘗てない。

◆バルサの育成にいた久保はなぜレアルに?

 久保は少年期、バルセロナの選手養成所ラ・マシア(La Masia)で3シーズンプレーした。その時から将来の逸材であることを証明していた。その久保がなぜバルセロナではなくレアルマドリードと契約したのか。それをスポーツ紙『SPORT』と一般紙『El País』が6月14日付にて以下のように明らかにしている。

 バルセロナが久保に提示した1年目は2部でプレーするということに久保は了解していたという。ところが、2年目からは久保は1部リーグでプレーすることを要望した。それに対してバルセロナはそれを契約事項に加えることを否定したという。否定した理由は最近契約した選手が2年目に伸びていないという苦い経験をしたからだという。

 一方のレアル・マドリードは1年目は2部のカスティーリャ(Castilla)でプレーする。2年目に1部リーグでプレーするか、籍を置いたまま1部リーグの他のチームでプレーすることを約束した。

 久保は手取り年俸を100万ユーロ(1億3000万円)を要望。バルセロナは25万ユーロ(3250万円)を提示。2部チームに属している間はそれ以上の額は支払えないとした。

 一方のレアル・マドリードは総額(税込)200万ユーロ(2億6000万円)を提示した。

 この2点にバルセロナとレアル・マドリードとの間に大きな開きがあったということである。その結果、久保は敢えてバルセロナを蹴って、レアル・マドリードと契約。5年契約で年俸120万ユーロ(1億5600万円)で合意した。(参照:「Marca」)

◆育成からバルサにそのまま上がれなかった背景

 先述したように、久保は10歳の時からバルセロナの選手養成所ラ・マシア(La Masia)に所属して3年間プレーした。メッシもラ・マシアに12歳の時から所属していた。ところが、FIFA(国際サッカー連盟)はその後国際間の18歳未満の選手の移籍契約を禁止することを決めた。それに久保は引っ掛かりバルセロナでプレーできなくなり帰国を余儀なくさせられた。

 久保の逸材ぶりを示すものとしてバルセロナの少年部「アレビンC」でプレーした2012-2013年シーズンに30試合に出場してなんと74得点を記録しているのである。その1年後の2014-2015年シーズン中に上述したFIFAからの違反通知がバルセロナのフロントに届いたのである。それで久保は仕方なく帰国したというわけである。(参照:「ABC」)

 2001年6月4日生まれの久保は今月18歳になって、どのチームとでも契約は自由に行える年齢となった。しかし、久保は少年期にバルセロナでプレーしたということで、誰もがバルセロナと再契約するものと思われていた。しかし、彼と契約を望んでいたチームとしてレアル・マドリード、パリ・サンジェルマン、マンチェスター・シティー、リバプールなどが名乗りを挙げていた。(参照:「El Confidencial」)

◆1年前から獲得に乗り出していたレアル

 レアル・マドリードは1年前から久保の獲得に乗り出したという。その陣頭指揮をとったのはフロレンティーノ・ペレス会長の全幅の信頼を得ているジュニ・カラファッである。彼はスペイン生まれであるが、ブラジルで育った経験があることからブラジルから逸材選手を見出すことがレアル・マドリードと契約した最初の仕事であったという。それ以後、レアル・マドリードがスカウトする全ての選手の選別を任されるようになった。そのカラファッが久保と契約を結ぶのに障害になると見たのはバルセロナであったという。その為、本人と会っての意見の交換やレアル・マドリードからの彼の獲得に乗り出すことについての発言にも細心の注意を払ったという。

 レアル・マドリードが久保と契約したことを前にバルセロナは沈黙を守っているという。今回の出来事にバルセロナの方で欠けていたのはカルレス・レシャークのような人物がいなかったということである。レシャークはクライフ監督がバルセロナの黄金時代を築いたときの助監督であった。彼は多くの首脳陣がメッシーと契約するのは時期尚早と言っていた時にそれを無視して、ポンペイア・テニス・クラブでメッシーの父親と息子のメッシーにそのクラブのバルの紙のナップキンにメッシーと契約することを書いて署名したのであった。当時の彼はテニクカル・ディレクターだった。

 その署名をしたのは2000年12月14日、メッシーがまだ12歳の時であった。あの時契約していなければメッシー親子は一旦アルゼンチンに戻り、ヨーロッパの別のクラブと契約していたことは確実だと言われている。レシャークが敢えて自分の責任において契約することを決めたのは当時まだ12歳であったが、稀に見る逸材だと判断したという。メッシーの身長が143㎝と余りにも低いので、成長ホルモン剤を毎月注射する費用の一部600ユーロ(78000円)をバルセロナが負担するというエピソードもあった。現在のメッシーは身長169㎝。

 レシャークのような人物がいれば久保を説得できるような提案をバルセロナの規定を無視してでも行っていたかもしれない。(参照:「SPORT」、「Mundo Deportivo」)

◆久保はレアルで活躍できるか?

 久保がプレーすることになっているカスティーリャの新監督ラウル・ゴンサレスはスペインの至宝とも呼ばれ1994年から2010年までレアル・マドリードでプレーして228得点を挙げた選手である。彼の背番号「7」はクリスチアーノ・ロナウドがレアル・マドリードに移籍したシーズンはラウルの最後のシーズンでロナウドは背番号「9」でプレーした。ラウルはジダン監督と同じように性格は温厚で人間味が豊かな人物であるから久保が普段の能力を発揮すれば2年目の1部への昇格もより説得力をもつはずである。

 安心できない要素もある。2015年にレアル・マドリードが期待して契約した当時16歳のフォワードマルティーン・ウーデーゴールのように籍を置いたまま他のチームでプレーしているが未だに戻れる様子はないという場合もある。一方、昨年ブラジルから18歳で入団したヴィニシウスは今シーズ途中から1部リーグでプレーするようになっている。

 最近のレアル・マドリードはバルセロナのように小さい頃から選手を育てて行くようになっている。以前はそうではなかった。既に他チームでプレーしている能力ある選手を獲得するのに契約金が非常に高額になっているからである。

「日本のメッシ」とスペインで呼ばれている久保に寄せているレアル・マドリードの期待は非常に高い。

<文/白石和幸>

しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営から現在は貿易コンサルタントに転身

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