映画『東京裁判』のデジタルリマスター版が公開。いま私たちが見るべき理由

HARBOR BUSINESS Online / 2019年8月8日 15時31分

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(C)講談社2018

Contents1 『東京裁判』のデジタルリマスター版が公開2 公開当時はビデオも普及していなかった3 本作では歴史の「全体」を提示している4 「東京裁判を世界情勢と歴史の流れの中に位置づける」5 「答え」は観客に委ねられている6 膨大な情報にアクセスできるようになった現代

◆『東京裁判』のデジタルリマスター版が公開

 デジタルリマスター版『東京裁判』が、8月3日に渋谷ユーロスペースほか全国で公開された。本作は『人間の條件』『切腹』など、骨太な社会派作品で知られる故・小林正樹監督が5年間の歳月をかけた作品で、アメリカ国防省が所蔵していた膨大な裁判記録のフィルムをもとに、4時間37分のドキュメンタリーとして完成させた。

 裁判の他、関連する国内外の社会情勢を映し出した様々なニュース映像も組み合わせ、「戦前戦後」をも概観した時代証言の映像資料になった。公開当時はブルーリボン賞最優秀作品賞、ベルリン国際映画祭での国際評論家連盟賞など、国内外でさまざまな賞を受賞した。

◆公開当時はビデオも普及していなかった

 『東京裁判』が初めて公開されたのは、戦後40年を前にした、1983年6月4日である。少し脇道にそれるようだが、この年は日本の映画批評・研究の文脈においては、分水嶺と言える年であった。蓮實重彦の『監督 小津安二郎』(筑摩書房)が発刊されたのである。

 この本はタイトルの通り、日本映画の巨匠・小津安二郎についての探究が主軸となっているが、同時に、蓮實の確立した「主題論的批評」を駆使して書かれた、最初の本格的な作家論であった。

 「主題論的批評」とはなにか。平たく言えば、画面に映るものだけを考察の対象とみなし、画面の細部へと、徹底的に目を凝らして発見を得る批評だ。いまの映画批評の「王道」は概ねこれを受け継ぐものではあるが、しかし当時、このように映画を見ることは非常に困難であった。

 というのも、当時はビデオもまだ十分に普及しておらず、映画館での上映が終わった作品を見るためには、名画座や二番館での再上映を待つか、テレビ放映を待つかしか選択肢はなかったからだ。今のように、DVDやYoutubeで気になった部分を静止させ、その細部を確認するような芸当は当然できなかった。

 だからこそ、一つひとつのシーンやモチーフに着目し、かつとことんまで掘り下げる蓮實の視点は画期的で、後年の映画批評・研究に大きな影響を与えることとなったのである。

 ここでこうした、「東京裁判」とは無縁に思える映画批評の蘊蓄を入れたのには、しかし、それなりの理由がある。本作が最初に公開された1980年代初頭はまず、見たいと思う映像に簡単にアクセスできる時代ではなかったため、「画」としての東京裁判、つまりイメージが十分に伝わっていなかった点を考慮する必要があるためだ。長年小林作品に携わり、本作では監督補佐・脚本で参加した小笠原清氏は、次のように語る。

「映画の制作の作業はまさに、発見の連続でした。まず、裁判の法廷の実態を我々も初めて見たし、関連する歴史フィルムをつなげることでどのような現実があったか、どのような過程をたどったのか、はじめてわかったことが大きかった。また、東條英機など一部の人はニュース映像で見ることはあっても、当時の軍人や政治家が裁判で生々しく動く姿や、その肉声を聞く機会はきわめて限られていました。それだけに驚きがあったんです」

◆本作では歴史の「全体」を提示している

 裁判の漠然とした概要――たとえば裁判の期間とか死刑判決や受刑者の量刑、主な判事や検事、弁護人の名前など、そうしたデータ自体は当時の人々、また後年その情報を受けついだ人々にも共有されていたものの、東京裁判の成立の経緯からその過程についての脈絡、その細部について、一部の識者、研究者を除きはっきりと理解している人はほとんどいなかったという。

「公開による「東京裁判」が開かれるまでは、日本は自身の戦争の実態や近現代史については“無知の時代”でした。政府や軍部による情報や言論の統制もそうですが、当時の日本人、一般の国民には社会科学する素養も発想もほとんど備わってはいなかったんです。また、戦後も「東京裁判」や戦争の過程についても、必要にして適切な教育や情報提供はなされておらず、学校での近現代史も期末におざなりでしか触れられない。言論界では東京裁判のことが話題になると、右よりの政治家や言論人の牽制の声が強く、知識人たちが自由に発言できる雰囲気ではありませんでした」(小笠原氏)

 それだけに戦後すぐに行われた「東京裁判」のことのみならず、日本が太平洋戦争に踏み切るまでの過程や当時の世界の状況、また朝鮮戦争やベトナム戦争に至るまでの歴史の流れを描いて、いわば「全体」を見せようとする本作は、多くの観客に衝撃をもたらした。小笠原氏の共編著になる『映画監督 小林正樹』(岩波書店)においては、当時の三木武夫前首相や後の中曽根康弘首相など、名だたる政治家たちも試写でこれを見て、感慨を持ったらしいことが記される。

「試写会来場者の中には、旧軍人の方もたくさんいました。試写が終わるとそのひとりがスタッフのもとに来て、“私はあの戦争では海軍士官として一生懸命闘っていましたけど、あの時の世界はこのようになっていたのですね、よくわかりました。ありがとうございました”と。これが当時の日本人の、平均的な実感ではなかったかと思います」(小笠原氏)

◆「東京裁判を世界情勢と歴史の流れの中に位置づける」

「全体」像も見せるということは、監督である小林の意思でもあった。小林は公開時のパンフレットにおいて、「制作の過程で『東京裁判』は世界の情勢と歴史の流れの中に位置づけて見直すという考えが次第に定着してきた。(中略)歴史の教訓として、更に日本と世界を見直す広い視野への展開につながれば私たちスタッフの願いは果されたことになる」と語っている。

 たとえば、終戦時の玉音放送をすべて収録したことにも、小林のそのような姿勢が読み取れるだろう。今日では「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び~」という“サワリ”の部分しか取り上げられない中で、リマスター版ではクリアな音声で、昭和天皇の玉音放送のすべてを採録している。当初プロデューサー側は営業的な立場から、作品を2時間半程度と想定しており、玉音放送の全文紹介には難色を示したという。しかし小林監督らにとっては、当時国民の全てがろくに聞き取れなかった終戦のメッセージは、記録に正しくとどめておくべきものと考え、玉音放送を全て流すことはむしろ必然であったのだ。

◆「答え」は観客に委ねられている

 本作は「全体」を見せつつも、そのいっぽうで何らかの「回答」を出そうとはしていない。たとえば、死刑判決を受けた7人の被告の中で唯一の文官(政治家・外交官)であり、「協和外交」主導者でもあった元首相・広田弘毅の処刑は妥当なものだったのか。アメリカ人の弁護士・ブレークニーによる原爆投下を指摘する発言が、公式記録から削除されたことに正義はあるのか。さらには、国家の最高位にあった昭和天皇・裕仁に戦争責任はあるのか――。問題を広く提示しつつも、本作には明快なアンサーは存在しない。

「大事なのは、東條をはじめ “戦犯”とされた被告たちが何を語り、どう振る舞うのかを観客が見定め、それぞれにどう受け止めるかということです。個々に向き合わないと、本当の思索にはならない。映画が評価を出すのではなく、告発された当時の日本、また現実をきちんと見てもらい、自分で考えてもらうことが本作の基本的な立場でした」(小笠原氏)

◆膨大な情報にアクセスできるようになった現代

 私たちの生きる現代が、東京裁判が行われた当時とも、さらに遡って戦時中の情報が極端に閉鎖された時代と異なっている点は、大きくは、膨大な情報に簡単にアクセスのできる点だろう。先述の「日常」としての映像の普及はもちろんのこと、その気になれば知られざる秘境の情報も、電子顕微鏡でしか見えないミクロな世界の情報も、私たちは容易に得ることができる。

 しかし、私たちはその恩恵を、良い形で享受できているだろうか。多大な情報が逆に人間の選択肢を狭めることはかねてより言及されているが、今の日本人がわかりやすいもの、声の大きなものだけに飛びつき、そのひとつひとつを吟味して検証するような姿勢が欠如しつつあることは、恐らく、この記事に興味を持って目を通すような方であれば、実感として納得できるのではないかと思う。そしてその先には、何が待ち受けているのだろうか?もちろん、すぐに結論が下せるわけもないが、恐らくはわかりやすさや短期的な利益のみに端を発した、「ポピュリズム」への耽溺にほかならないのではないか。それは昭和初期から太平洋戦争までの歴史の歩みを見ても、教訓として痛感することができる。

「なぜ、今東京裁判なのか」――。小笠原氏は、この問いは本作の公開時から繰り返されてきたと語った。その理由を述べるとすれば、恐らく、戦争の記憶を継承するということももちろんだが、「主体的にさまざまな情報に触れる」ことの重要性を、あらためて実感できることにもあるのではないだろうか。歴史を知ること、戦争を知ることと同時に、「全体を見ず、なんとなくで判断する」ことへの警鐘を鳴らす作品として、『東京裁判』は私たちにとって、現在進行形の作品でありつづけるはずだ。

【若林良】

1990年生まれ。映画批評/ライター。ドキュメンタリーマガジン「neoneo」編集委員。「DANRO」「週刊現代」「週刊朝日」「ヱクリヲ」「STUDIO VOICE」などに執筆。批評やクリエイターへのインタビューを中心に行うかたわら、東京ドキュメンタリー映画祭の運営にも参画する。

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