トランスジェンダーのリアルを知る。 自分の性と向き合う葛藤を鮮明に描いた映画「Girl/ガール」

HARBOR BUSINESS Online / 2019年8月24日 15時31分

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公式サイトより

Contents1 バレリーナを目指すトランスジェンダーの少女・ララの物語2 男性器をテープで貼り付け、隠すという「日常」3 性転換治療のリアル4 愛する家族でも、救うことのできない部分がある5 「女の子になりたいだけなんだ」6 LGBTを理解しようとするのではなく、ひとりの人間として捉える

◆バレリーナを目指すトランスジェンダーの少女・ララの物語

 7月5日より公開されたベルギー映画「Girl/ガール」が反響を呼んでいる。トランスジェンダーである少女・ララが自身の性と向き合いながらもバレリーナになるという夢を追いかける日々を描いた作品である。

 トランスジェンダーの持つ苦しみを精神面・身体面それぞれにおいて丁寧かつ詳細に描写したこの作品は、衝撃と共に、観る者に圧倒的な後味を残す。昨年度アカデミー賞で、外国語映画賞を獲得した作品だ。

 LGBTという言葉が当たり前に聞こえるようになった今、LGBTを理解しよう、知っていこうという社会の風向きを感じることは多い。しかし一方で、LGBTの人たちをマイノリティと捉え、「向こう側の人間」のような感覚を持っている人も多いのではないだろうか。または、無意識的ではあっても、上から目線な姿勢で「理解しよう」と思ってしまっている人もいるのではないだろうか。私は、この映画を観て、LGBTについて「理解」しようとしていたことに恥ずかしさを覚えた。

◆男性器をテープで貼り付け、隠すという「日常」

 主人公であるララは15歳。性自認は女性であるが、身体は男性という、トランスジェンダーだ。バレリーナになるという夢を叶えるため、「女性」としてバレエスクールに通い厳しいレッスンを重ねるが、その日々は、精神的にも肉体的にも追い詰められるものだった。

 ララは、レオタードを着用した時に目立たないように、毎日男性器をテープで貼り、抑えつける。厳しいレッスン中にも水分を摂ろうとしない。股間に貼り付けたテープの取り外しは容易ではなく、すぐにトイレに行くことは難しいためだ。

 また、滝のように汗をかいていても、女子生徒と一緒にシャワーを浴びることはしない。思春期の女子生徒は「なぜ一緒にシャワーを浴びないの?」と無邪気に声を掛ける。毎日ひっそりと股間にテープを貼って剥がすララの苦しみと、テープのせいで真っ赤になり炎症を起こしてしまった男性器の存在なんて、予想がつくはずもないのだ。

◆性転換治療のリアル

 性自認と同じように、身体も女性になりたい、と強く願うララは、女性になるための治療を受けている。まだ15歳という年齢ゆえに、男性としての第二次性徴が見られることから、まずは投薬による二次性徴抑制治療を受ける。そして、2年後に性転換手術を受けることを決意し、ホルモン治療を開始する。

 映画では、性転換手術の説明も詳細になされる。「男性器を女性器に変える」という、大手術だ。「LGBT」や「トランスジェンダー」という一言では到底理解できるはずもない厳しさが、そこには描かれている。

◆愛する家族でも、救うことのできない部分がある

 この映画の見所は、ララと周囲との関わり、だと思う。ララには父親と幼い弟がいる。父親は映画の冒頭から、「君は今も女性だ」という言葉を繰り返しララに伝える。それでもララは「女の子になりたいだけなんだ」と涙を流す。父親はララの一番の理解者であり、ララと共に苦しみを背負う覚悟と優しさを持った、素晴らしい父親に思えた。しかし、どんなに寄り添っていたとしても、家族でもどうにもできないこともあることを、この映画は炙り出す。

 ララが通う病院の医師や、カウンセラーも、ララをあたたかく見守り、寄り添おうとする。無理をしてはいけない、と常にララの心をほぐそうとする。バレエスクールでも、バレリーナ、つまり女性として、バレエを踊っている。しかし、人がどれだけ「ララは女性だ」と認めてくれたとしても、自分が自分自身を女性だと認めることができなければ、その苦しみは消えることはないのだ。

◆「女の子になりたいだけなんだ」

 ララは、本当に口数の少ない少女だ。足を血だらけにしながら踊る、鬼気迫るバレエレッスンのシーンは、彼女がバレリーナという夢に対して異常なまでの執着を持っていることを物語るが、実は彼女が自分の口から「どうしてもバレリーナになりたい」と語るシーンは、出てこない。

 そんな寡黙な彼女が、「誰かの模範になりたいわけじゃない」「女の子になりたいだけなんだ」と涙を流すシーンは、ララが何よりも望むことは、「身も心も女性である」ということなんだと思い知らされる。身体さえ女性であれば、というララの声が、聞こえるようだった。

 ララは、自分の身体についている男性器が嫌で嫌で仕方がなかった。そんなコンプレックスを持ちながらも、厳しいバレエレッスンをこなし、病院に通い、愛する家族と食事をする。そんなララの日常をみていると、ひとりの人間としての強さや生き様を見せつけられる感覚がした。「どうしたらララのような人を救えるのだろうか」と考える自分を、おこがましく思った。

◆LGBTを理解しようとするのではなく、ひとりの人間として捉える

 身も心も女性であること。それは、私にとってはあまりにも当たり前のことだ。もし自分の身体に男性器がついていたとしたら、と想像しようとしたとしても、うまく想像できない。LGBTやトランスジェンダーを理解する、なんて、そんな簡単なことじゃないと思う。でも、誰にも言えない悩みを持つことは、皆同じであり、それはひとりの人間として当然のことだ。その思いを知ること、向き合う事だけでも、十分なのかもしれない、と思った。

 幸いにも、当事者と接することがなくとも、こうした映画を通じて、LGBTのリアルを知ることは出来る。この映画「Girl/ガール」には、モデルとする実在の人物がいる。取材を重ね、約9年の歳月をかけて完成させた作品だそうだ。そして、ララを演じた俳優は、シスジェンダー(トランスジェンダーではなく、性自認も身体的性別も同一であること)である男性のバレエダンサーだ。ララというひとりの人間に着目し鮮明に描いてくれたことに敬意を表し、トランスジェンダーのリアルを知ってほしいと思う。最後のララの選択を、見届けてほしい。

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