トランプ政権の非人道的な政策に抗議し、プログラマーが翻した反旗

HARBOR BUSINESS Online / 2019年10月6日 8時31分

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Niek VerlaanによるPixabay

◆政治的理由で Chef 関連のプログラムが消えた

 Chef というサーバー構成管理ツールがある。Chef Software 社によって開発されており、Ruby というプログラミング言語で書かれている。

 9月の中旬に、この Chef で利用されているオープンソースのプログラムが突如ネット上から消えた。RubyGems や GitHub といった、プログラムをネット上から取り込むことができるサービスから削除されたのだ。

 その結果、それらを利用しているプログラムがビルドできなくなり、これまでのように利用できなくなった。Chef の利用者はトラブルに見舞われた(参照:tpdn blog、ZDNet Japan)。

 原因はすぐに判明した。削除した本人が明かしたのだ。その本人とは、削除されたプログラムの開発者 Seth Vargo 氏だ。Google のエンジニアである Seth Vargo 氏は、かつて Chef Software 社の従業員だった。彼は政治的な抗議のために、古巣の Chef Software 社にダメージを与えようとしたのだ。

◆ 非人道的な政府機関

 政治的な抗議とは、米国政府の移民・関税執行局(ICE; Immigration and Customs Enforcement)と Chef Software 社が契約していることに対するものだ。ICE は、移民に対して非人道的な扱いをしているということで批判の対象になっている。そこと契約するということは、そのおこないを手助けしていることになるという主張だ。

 ICE の問題は、たびたび記事になっている。BBC の2018年6月の記事に『米ファースト・レディー、親子引き離す移民政策を批判 「与野党が一致して対策を」』というものがある。成人の越境者は拘束・収容され、不法入国の疑いで刑事裁判にかけられる。しかし未成年は、収容センターに送られて親と引き離される。この親子を引き離すやり方は、人権保護団体によって強く非難されている。

 また同じ BBC の2019年06月26日の記事に『移民の子ども100人超を「ひどい」施設に送還 米国境』というものがある。子供たちが酷い状態で放置されている様子を伝える内容だ。

 記事中の、ウィラメット大学のウォーレン・ビンフォード教授の話が、現状をよく物語っているだろう。

>「数百人の子どもたちが、工場用地に最近建てられた倉庫に足止めされている。部屋は定員オーバーで(中略)しらみが湧き、インフルエンザも流行している。子どもたちは大人の監視のない場所に隔離して閉じ込められ、とても、とても不健康で、地面に敷かれたマットに寝ているだけだ」

 同じような問題提起は、ニューズウィークでもおこなわれている。2019年6月24日の記事『トランプ政権が生んだ、命も危ない児童移民収容所』、2019年6月26日の記事『非人道レベルに達した米移民危機、国境当局で辞任相次ぐ』は、この問題が子供たちに深刻な被害を与えていることを伝えている。

◆「抗議」としてのプログラム削除

 こうしたアメリカでの背景を受けて、Seth Vargo 氏は自身のプログラムの削除という抗議行動をおこなった。そして Chef Software 社が契約を見直すことを要求した。広く使われているプログラムの作者が、自身のコードを削除することで、社会的な影響を行使しようとしたわけだ。

 以下、その要求内容を、簡単に日本語訳する。

>2019年9月17日に、Chef がアメリカ合衆国移民・関税執行局(ICE)と契約を結んだことが分かった。ICE は、非人道的な扱い、基本的な人権の拒否、そして、子供たちを檻に入れることを決定したことで、よく知られている。

>このことへの対応として、私は Chef のエコシステムから、自身のコードを削除した。私には、自身のプログラムが悪事に使われることを防ぐ、道徳的そして倫理的な義務がある。

>何ができる?

>あなたは Chef に連絡して、この契約を承認しないと伝えることができる。あなたが Chef の顧客なら、営業担当に話すことができる。

>くそったれが!

>あなたの仕事を中断させたことをお詫びします。Chef が契約をキャンセルしたなら、私は喜んでプログラムを元に戻すつもりです。

 Chef Software 社は、消されたプログラムは、Seth Vargo 氏が雇用された時に作成されたものだから、所有権は Chef Software社にあると主張した。その主張は通り、RubyGems のコードは復活した(RubyGems Blog、RUBY CENTRAL, INC.)。そして、経緯を時系列で説明した。

◆抗議は最終的にどうなったのか

 抗議は失敗に終わったかに見えた。Seth Vargo 氏が削除したコードは復元され、Chef Software 社の製品や顧客のトラブルは解消された。

 CEOは、当初契約の見直しは否定していたが、数日後に方針の変更を発表した(参照:Chef Blog、TechCrunch Japan)。その発表では、契約が切れたあとその契約を更新しないこと、また、家族の分離と拘禁の問題に対処している慈善団体に、ICE などから得られる2019年の収益を寄付することが書かれていた。

 今回の件は、Chef Software 社にも制御不能な部分があった。契約を決めた2014年から2015年の頃には、未成年の引き離しや拘禁といった問題はまだ発生していなかった。この問題が発生してからは、社内でも非難の声が持ち上がっていた。最終的に外部からの刺激で決断したわけだが、その圧力は内側からもあったのだろう。

 政治的な抗議を、一人のプログラマーがおこない、実際に社会を動かしてしまう。珍しい現象だが、今後情報社会が進んでいくと、似たようなことがたびたび発生するかもしれない。そうした一例として、今回の件は記憶しておいた方がよい事件だと思った。

<文/柳井政和>

【柳井政和】

やない まさかず。クロノス・クラウン合同会社の代表社員。ゲームやアプリの開発、プログラミング系技術書や記事、マンガの執筆をおこなう。2001年オンラインソフト大賞に入賞した『めもりーくりーなー』は、累計500万ダウンロード以上。2016年、第23回松本清張賞応募作『バックドア』が最終候補となり、改題した『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』にて文藝春秋から小説家デビュー。近著は新潮社『レトロゲームファクトリー』。

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