中国による「台湾」編集攻撃騒動にみる、「Wikipediaの情報バイアス」

HARBOR BUSINESS Online / 2019年10月26日 15時31分

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Gerd Altmann via Pixabay

◆ウィキペディアで中国が編集攻撃を強化

 10月の上旬に「中国と台湾が Wikipedia の編集で衝突」というニュースが飛び込んできた。9月の初旬の頃、Google や Siri に「台湾とは?」と尋ねると、「中華人民共和国の省」と答えていたというものだ。

 理由は Wikipedia にある。そこにある情報が、Google や Siri の回答のソースになっているからだ。つまり、Wikipedia の情報を書き換えれば、世の中の情報を大きく変えることができる。そしてその目的で、リソースを割いている国もある。国内の情報をコントロールして、世界の情報もコントロールしようと考えている国。中華人民共和国だ。

 中国は、世界の「誤解」を解くために、国外の情報を書き換えている。台湾は、政治的に中国の攻撃対象になっている。誰でも書き換えることが可能な Wikipedia は、そうした情報戦争の舞台になった。Wikipedia の台湾に関する記事は、1日のあいだに何度も書き換えと修正が繰り返された(参照:Wikipedia)。

◆編集合戦の舞台としてのウィキペディア

 こうした Wikipedia で書き換えが繰り返される状態を、編集合戦と呼ぶ。Wikipedia には「編集回数の多いページの一覧」がある。各月で、どの記事の書き換えが多かったかをランキング表示している。

 このページには、記事ではない執筆者向けのページも含まれている。そのため、それらを除外して、2019年9月の日本語記事ランキングを抜き出してみよう。【】内の数字は、その月の編集回数と、総編集回数だ。

1. ゲゲゲの鬼太郎の登場キャラクター【423/2275】

2. 亜洲大学【361/451】台湾の私立大学

3. 令和元年台風第15号【361/361】

4. 志麻【296/380)日本の男性歌い手、声優、ゲーム実況

5. 蛟龍 (潜水艦)【275/614】五人乗りの特殊潜航艇

6. あなたの番です【274/1806】テレビドラマ

7. 大江健三郎【273/1350】

8. 2019年のテレビ (日本)【228/1857】

9. 仮面ライダーゼロワン【214/319】

10. なつぞら【196/1174】NHK連続テレビ小説

 基本的に、現在進行形の娯楽の記事が、多く更新される傾向がある。2位に入っている「亜洲大学」だが、冒頭の中国の影響かと思い変更履歴を確かめてみた。しかし、数日間にわたり一人の人が延々と編集していただけだったので、編集合戦が起きているわけではなかった。

 この「編集回数の多いページの一覧」にある記事を上から見ていき、編集合戦になっているものを探してみた。サイエントロジーの記事が該当していた。『「サイエントロジー」の変更履歴 – Wikipedia』を見ると、議論の様子が見てとれる。

> 2019年10月20日 (日) 14:24‎ 「サイエントロジー」を保護しました: 編集合戦 (2019年11月3日 (日) 14:24(UTC)で自動的に解除



> 2019年10月20日 (日) 13:44‎ 差し戻し。教団にとって不都合な事実だろうが意図的に隠さないこと。



> 2019年10月20日 (日) 01:49‎ 嫌がらせを意図した虚偽と歪曲。また主張の欄に不適切な内容の削除

 先の中国の例でも分かるように、政治や宗教関係の記事は、編集合戦が生じやすい(参照:IRORIO)。また「地球温暖化」「酸性雨」「進化論」のように主義主張がからむ記事も同様だ(参照:ギズモード・ジャパン)。

 編集合戦ではないが、長い議論がおこなわれたことでメディアで話題になった項目もある。それは「Human」(人間)だ。人間を表す写真を、どの民族にするかで、延々と5年にわたって議論が続いた。そして、タイの男女の写真になった(参照:WIRED.jp)。

◆ウィキペディア自体の編集バイアス

 Wikipedia は、誰でも参加できる開かれた場だ。しかし、その編集には大きなバイアスがあることも指摘されている。そのひとつはジェンダーバイアスだ。Wikipedia 自身に『ウィキペディアにおけるジェンダーバイアス』というページがあるほどだ。

 このページによると、Wikipedia の編集者の84%から91%が男性だそうだ。当然、それだけ男性が多いと内容に偏りが生じる(参照:NEUT Magazine)。

 去年の記事だが、『ウィキペディアが、実は「男の世界」だって知っていましたか』という記事では、女性にとってはとても関心が高いファッションの項目が削除依頼になってしまうという話があった。また、女性科学者についての記事が、削除依頼にかけられるという問題も指摘されている。

 そうした問題への取り組みもなされている。Wikipedia に載っていない重要な科学者を探し出すツールの開発や利用だ(参照:WIRED.jp)。Wikipedia では、そうしたツールをもとに、まだ項目のない科学者――当然女性科学者も多い――を追加している。

 編集合戦だけでなく、どの項目が作られるかというところにも、文化や立場の違いによる軋轢が生じている。

◆ボットも暗躍する情報戦争

 さて、編集合戦に話を戻そう。Wikipedia の編集合戦は、人間だけがおこなっているわけではない。ボット(インターネット上で自動で処理をおこなうロボットプログラム)も参加している。

 ある内容を書き込むボットがいるかと思えば、その書き込みを元に戻すボットもいる。中には、それらが互いに書き込みとアンドゥーを繰り返しているケースもある。情報戦争の分野では、すでにロボットが戦場で戦いを繰り広げているのだ(参照:TechCrunch Japan 、 MIT Tech Review)。

 インターネット上の情報は、絶えず様々な立場の人間や、その人間が設置したロボットによって書き換えられている。検索して出てきた情報をそのまま鵜呑みにすると、間違った方向に誘導される危険がある。また、自分が過去に得た知識も、間違っている可能性があると思っていた方がよいだろう。

<文/柳井政和>

【柳井政和】

やない まさかず。クロノス・クラウン合同会社の代表社員。ゲームやアプリの開発、プログラミング系技術書や記事、マンガの執筆をおこなう。2001年オンラインソフト大賞に入賞した『めもりーくりーなー』は、累計500万ダウンロード以上。2016年、第23回松本清張賞応募作『バックドア』が最終候補となり、改題した『裏切りのプログラム ハッカー探偵 鹿敷堂桂馬』にて文藝春秋から小説家デビュー。近著は新潮社『レトロゲームファクトリー』。

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