マックやスタバも運用開始したデジタル人民元は基軸通貨ドルを脅かすダークホースになり得るか?

HARBOR BUSINESS Online / 2020年7月13日 8時31分

写真

 世界中がコロナ報道一色になるなか、中国でひっそりとデジタル人民元の実証実験が始まった。情報が少なく、謎のベールに包まれているが、中国の狙いはいったいどこにあるのか。

◆マックやスタバも参加!テスト運用をすでに開始

 ついにデジタル人民元が動きだした。中国政府は4月から深圳、雄安新区、成都、蘇州の4都市で実証実験を開始したのだ。

まず公務員の交通費手当の半額をデジタル人民元で支給。雄安新区では19の小売店・飲食店が参加しているが、スターバックスやマクドナルドも含まれている。

 デジタル人民元はブロックチェーン(分散型台帳)技術を利用した暗号資産で、イメージ的にはビットコインに近い。違いは政府の“お墨付き”があること。中国人民銀行(中央銀行)が発行する世界初のデジタル通貨なのだ。

「SNSでは5月以降、中国4大銀行が開発を進めるアプリの画像が広まった。ウォレット画面には現金同様、毛沢東の肖像画が描かれた紙幣が各々の銀行のロゴカラーに合わせて表示されています」(上海在住の駐在員)

 デジタル人民元は中央銀行が直接市場に流通させるのではなく、商業銀行を通じて流通させる「2層方式」を採用。つまり、通常の現金と同じだ。中国では、日本でもよく知られる「アリペイ(支付宝)」や「ウィーチャットペイ(微信支付)」のスマホ決済がすでに広く普及しているが、それらとの大きな違いは「オフラインでも使用できる」ことだ。銀行口座に預けてある資産をアプリ上でデジタル人民元に変換しておけば、ネット回線に繋がっていない状態でも、端末同士で送金ができるという。

 まさに紙幣・硬貨(法定通貨)の代替であり、アプリは財布のような存在だが、さらに少額決済であれば銀行口座との紐づけや実名登録をしなくても利用でき、現金のように匿名性も保たれると現段階で公表されている。ただ、マネーロンダリングや汚職など犯罪目的の利用を防ぐため、一定額以上の決済には実名登録が必須だ。

◆中国の「悲願」だった人民元の国際化

 中国にとって人民元の国際化は悲願だ。ドルやユーロのような基軸通貨になることを目指しており、デジタル人民元はその足がかりとなる。中国メディアには「米ドルを駆逐」「米ドルの地位を揺さぶる」など勇ましい言葉が躍る。しかし、実態はどうか。中国のイノベーション事情に詳しい匠新CEOの田中年一氏は、ほかの狙いもあると指摘する。

「中国ではアリペイやウィーチャットペイの影響があまりに大きく、政府は民間企業が金融の機能を握ってしまうことにリスクを感じていた。それに対応するため、政府主導のデジタル通貨を流通させたいという思惑もあるのです」

 スマホ決済に限らず、中国政府はコントロールの及ばない資金の流れに神経を尖らせてきた。ビットコインなどの暗号資産も同様だ。

「’13年末にはすでに中国人民銀行が国内金融機関に対し、ビットコインの取り扱い禁止を命じました。中国がデジタル通貨の研究を始めたのは翌年のことで、ビットコインの存在が開発の引き金になった」(大手紙中国駐在記者)

 デジタル人民元は、米フェイスブックが計画中のデジタル通貨「リブラ」に対抗するためとの見方もあるが、中国は’16年にデジタル貨幣研究所を設立して以来、周到に準備を進めてきた。米デジタル商工会議所によると、中国はデジタル人民元に関して85の特許を取得しているが、そのほとんどはリブラ計画の発表前に取得されているという。中国は「いつでも実証実験を開始できる状態にあった」(同)というのだ。

◆農村から包囲する!? 毛沢東戦略で普及

 実用化への具体的なロードマップは公表されていないが、中国は’22年の北京冬季五輪の会場内での運用を計画中だ。一大イベントを経て、デジタル人民元はあっという間に中国全土、そして世界に広まっていくのだろうか。

「すぐには普及しないでしょう。既存の2つのスマホ決済は、単なる決済サービスではなく、公共料金の支払いから健康管理、少額融資、金融商品など幅広いサービスを扱い、さらにサードパーティを通じて豊富なサービスを利用することができます。そのエコシステムの利便性があまりに高いので、多くの中国人はデジタル人民元を使う必要性を感じない」(田中氏)

 業界内では、アリペイもデジタル人民元の発行を許可されるかもしれないとの憶測があるが、それでもユーザーがわざわざデジタル人民元を使用するメリットは今のところない。それではいったい、誰がデジタル人民元を使うようになるのだろうか。

「デジタル人民元の発行は、農村部の銀行口座やスマホを持っていない層にキャッシュレスを広げる狙いもあります」(同)

 中国・デジタル貨幣研究所所長の穆長春氏の発言によれば、スマホを持ってない人は、ICカードなどを通じて利用できるようになる。かつて共産党を勝利に導いた毛沢東の「農村から都市を包囲する」戦略なのだろうか。

 一方で注目したいのは、外国人の利用だ。現在、中国内に人民元の口座を持たない外国人がスマホ決済を利用するハードルはかなり高い。しかし、都市部では「現金のみで滞在するのはもはや不可能に近い」(前出の駐在員)のだ。

「デジタル人民元は、アプリ上でも金融機関でも両替が可能となるうえ、将来的にはATMを通じての利用も想定されており、外国人にとって利便性がはるかに高い。デジタル人民元の海外進出は、まず中国を訪れる旅行者や出張者の間で広まっていくかもしれません」(前出の記者)

 デジタル人民元が世界で覇権を握る日は来るのだろうか。

◆デジタル人民元が海外で普及する理由

 デジタル人民元が世界を席巻し、日本でも“第2の通貨”として浸透するのか。経済学者の野口悠紀雄氏はこう語る。

「日本では、5500億円が投じられたキャッシュレス還元事業が6月で終了したばかりですが、広く浸透したとは言い難い。問題は店舗側が負担する手数料の高さです。現在、クレジットカードや電子マネーの支払いの際に店舗側が負担する手数料は2~5%。利益が平均3%である日本の小売業に歓迎されるわけがない。対して、中国が国を挙げて推進するデジタル人民元の手数料はおそらく無料になると思われる。そうすれば、広く普及するだろう。中国の銀行に預金を保有していなくても利用できるようになれば、中国国外での利用も広まる。とくに海外送金には便利だろう」

 さらに野口氏は中国が推進する「一帯一路」での運用も指摘。参加国(署名した国は124か国)にデジタル人民元で借款したり、取引をすれば、海外での普及も進むだろう。このように積極的に国外に進出する政策は、中国の歴代帝国が行っていなかったことで、一帯一路やデジタル人民元は、中国の長い歴史の中で異質だ。

 また、コロナショックも普及のチャンスになりそうだ。

「今後、多くの後進国や新興国で、通貨の信任が揺らぐことが予想されます。これまで、ベネズエラやアフリカ諸国など自国通貨が不安定な国においては、米ドルやユーロで貯蓄する人が多かった。しかし、利便性や安全性の面で既存通貨に勝るならば、デジタル人民元が積極的に利用されるでしょう」

 デジタル人民元の世界的普及は、中国側にとっても大いなる野望だ。

「デジタル人民元の利用者の行動は、管理者である中国政府がすべて把握できる。世界の人々が、どこで何を買ったか、マネーの流れがつぶさに見えるのです。また、自国民に対しては、中国が懸念している資本流出や脱税行為も監視できる。これは基軸通貨である米ドルでもできなかったことです」

 デジタル人民元の世界的拡散はもはや止められないようだ。

【野口悠紀雄氏】

経済学者。大蔵省入省後、イエール大学で経済学博士号。東大教授、スタンフォード大客員教授などを経て、現在は早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問、一橋大名誉教授。サイト:野口悠紀雄Online

<取材・文/大橋史彦 奥窪優木 図版/佐藤遥子>

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング