キャッシュレスポイント事業終了という名の「ダメ押し増税」。いま日本経済に本当に必要なのは「希望と期待」

HARBOR BUSINESS Online / 2020年7月17日 8時32分

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事業終了を告知するキャッシュレス・ポイント還元事業サイト

◆ひっそり「完全に消費税10%」になっていた

 とうとう本当に“リアルに消費税が10%に引き上げられた”。

 何をいまさら言ってるんだ、と思うかもしれないがこういうことだ。令和元年10月に始まった消費税10%増税に伴って導入された軽減措置、キャッシュレス決済をした人への税の還元政策が6月末に終了したのである(通常の軽減税率は引き続きある)。例えば、大手コンビニでクレジットカードやQRコード決済をした人に消費税の一部を返すといった制度だ。大手コンビニでは2%の還元率で、それまで8%の税金を払っていた弁当は、税率はそのままで2%の還元があったので、私たちの消費税の負担は去年の10月から8%が6%になっていた。消費税は減税されていたのだ。そう言う抜け道が無くなってしまった。そして、消費税は7月1日から名実ともに10%に増税されたのだ。

 新型コロナウィルスが私たちの健康と日常、そして世界経済を襲う前に、日本経済はこの「消費税増税」で瀕死の状態になっていた。増税しても納税者に向けての公共サービスが目に見えて良くなるわけではない。それは、今まで積み上げてきた総額1000兆円以上の日本のツケを払わなくてはならないし、増税は、少なくともこれ以上の借金を増やさない様にする(プライマリーバランスを実現するための)ための第1歩でもあったからだ。いま日本の国家予算は借金で成立している。もはやその金額は考えたくもないほどに膨れている。

 1000兆円を超える国の借金(債務)に押しつぶされそうな私たちの生活。景気の失速とともに閉塞感が強まる日本。そんな鬱屈とした空気の中で、野党の一部から消費税の減税やそもそも消費税をなくしてしまえという過激な政策が上がり、一部で熱狂的な支持を集めている。私もこのコロナ禍による経済のダメージから回復するために消費税の減税をすることには条件付きで賛成だ。この連載でも何回も述べてきた。しかし、消費税減税を実現するために現代貨幣理論・MMTを根拠とすることには危惧している。前回に引き続き、MMT論者の言うところの経済学の「科学革命」・MMTについて考えてみたいと思う。

◆反消費税論者の拠り所「MMT」って?

 MMT(現代貨幣理論=Modern Money Theory)とは、これまで常に問題視された財政赤字や国や地方の債務の問題について考慮する必要がほとんどないというものだ。どんどんカネを使っていいと言う。なぜなら、国債の元本も利子も、貨幣を刷ることによって、いくらでも、確実に返済できるからだという。まるで魔法のような論法だ。ただし、この魔法は政府が自国通貨建てで支出している限りは政府支出を制約しない、インフレ率が一定のレベルになるまでは、という条件はつく。つまり、これが安全装置だというわけだ。上手くいかなくなったら中止すればいいというわけだ。

 カネはもっと使っていい。ただし、インフレが過熱したら財政を抑え増税もして金融政策で引き締めをするように経済を減速させればいい。これに反緊縮派やリベラル派の一部が飛びついた。これは、国はいくらでも金を刷ることができるのだから、そもそも税金なんて取る必要なんかないのではないか?と言う考えに飛躍する。消費税などゼロで大丈夫だというわけだ。本当だろうか?

◆どん詰まりになっているアベノミクス

 ここで話を少し変える。MMTが注目された背景を少し丁寧に振り返ってみたい。今の経済政策、金融政策がどんずまりになっていることを振り返りたい。はっきり言うとアベノミクスの失敗だ。

 アベノミクスで7年前に採用された大胆な金融政策、それは、マイナス金利、未曾有の異次元の金融緩和にまで強められ、その結果、市中に無尽蔵にカネを送り出すことになった。しかし、今のこの金融政策をいくらやっても、もはや経済やいつまでも続く不景気の潮目を変えるほどの効き目がないことは誰の目にも明らかだ。アベノミクスは失敗しているのだ。しかし、効果はなくても、やめることはできない。なぜなら他に手立てがないのだ。やめることは日銀が政策的に何もできませんと宣言するようなものだ。中央銀行が白旗宣言などしたら、野蛮な国際金融市場の参加者からどんな攻撃を受けるかもわからない。だから、必死にやり続けるしかないのだ。

 こうして、日銀からはき出された未曾有のマネーは消費者や事業者の元に行くよりも、大部分が金融市場に吸い上げられマネーゲームに利用され続けてきた。投資や消費ではなく投機の燃料にされるのだ。もちろん株価が上がることは公的年金の財政や民間の生命保険の運用などでプラスになる側面はある。しかし、全体としては貧富の格差を広げたし、普通に働いて生活している人たちからみると、景気は一向に良くならないのに株価だけが上がっていくという異和感を生み出した。日銀が期待した緩やかな物価上昇も起こらなかった。

 日銀総裁・黒田流の金融緩和と景気や物価は、少なくても今の状況下では相関していないのだ。金融緩和の恩恵は主に金融業界においてのみ効果が出ていると言える。今の新型コロナウィルス、過去100年間に無かった景気後退、倒産と失業の危機において、各国の中央銀行や政府はマネーサブライを極大化させ、異次元の金融緩和も引き続き行っている。その結果として3月中旬から経済の実態とかけ離れて、株価だけが不気味に上昇するという異様な事態が世界的に起こっているのはご存知の通りだ。

◆100兆円を超える額の予算を組む安倍政権とMMT派の言い分

 また、安倍政権では、すでに毎年100兆円を超える額の予算を組んでいる。新聞で国家予算の記事を初めて読んだ若い頃の40兆円なんて数字が懐かしくなる。

 MMTの書物を読むと、日本のこの財政規模こそ、MMT論者がその論の正しさの証だと受け取っている表現が散見する。つまり、日本は事実上、MMTを導入した国だと言いたいのだと思う。日本はGDPの2倍規模にまで政府債務(国の借金)を増やしてもビクともしないではないかというのだ。

 確かに日本の債務比率は先進国の中でも突出した水準である。もちろん財務省も安倍政権もMMT理論に基づいて財政拡大を図ってきたわけではない。しかし、過激な反緊縮論者は、「1000兆円を超える政府債務を抱えても日本が危機を迎えたことはなかったのだからMMTは正しい。臆せず、もっと国債を発行し、金を刷って財政出動しても大丈夫だ。さらに徹底しろ」と言うわけだ。

 景気が良くならないのは、まだ財政出動が足りないからか。インフレが起きていないのだから、MMT論に従って、財政規模を200兆、300兆と拡大しろとでも言うのだろうか? もしも、それを行なったらどうなるのだろうか?(ちなみに、アベノミクス以降に加速した前代未聞の国債発行はすでに市中消化の限界を超えてしまってる。国債は最終的に日銀の手元に戻っているのだ。今の日銀は健全な金融政策を行っていた過去の日銀幹部からすると信じられないことばかりだ。大量の国債に株式も保有している。中央銀行の健全なバランスシートとして果たして許されることか?本来は。この日銀の健全性も話題にしたいところなのだが、ここでは話を進めるために、この短い指摘、つまりアベノミクス以降の黒田日銀総裁時代からの日銀、そのバランスシートは大きな問題を抱えてしまったと言う指摘だけにしておく)。

◆アベノミクスもMMTも肝心なことが抜けている

 思い出してほしい。新型コロナウィルスの経済政策として打ち出された一人10万円の特別定額給付金や、毎年の夏と冬のボーナスシーズンには、よくこんなアンケートがよくされる。

 “あなたは、この夏のボーナスを(特別定額給付金を)、いったい何に使いますか?”と言う質問だ。そして、過半数は貯蓄に回すという答える。生活に困窮し日々の生活に余裕がなく必要最低限のお金にも困ってる人は、新たな収入は生活費に回すだろう。しかし、それ以外の層では、多くのカネは貯蓄するのだ。カネは使われることなく、銀行などの金融機関に戻っていくのだ。それらのカネは企業に貸し出されるわけでもなく今は金融市場に向かってしまう。日本の個人消費は冷えたままだ。

 では、国が無尽蔵に公共投資などの財政出動を続ければいいのだろうか? 本当に必要なものだけでなく、車のあまり走らない道路を作り、使われない公共ホールを建て、民間がすでに何十年も経った古い本社ビルを活用しているときに、役所だけは新築していけばいいのだろうか? もちろん、そのような支出であっても少なくとも建設業者は潤い、そこで働く従業員には給与も払われる。資材や運搬など関係会社にも恩恵は巡っていく。しかし、その効果は限定的だ。

 そして、それが長年続く今の日本のこの構造的な不況を反転、閉塞感を打ち破り、消費者や企業がお金を使うようになり、景気の好循環が生まれるとも思えない。私に言わせれば、アベノミクスの金融政策も、もちろんMMTも何か肝心なことが抜けていると思うのだ。

 景気回復のために必要なことは、この先行き景気は良くなっていくだろうという気持ちと期待が必要なのだ。企業も消費者も日本経済の先行きは明るい。そう思える。思うだけでなく、だからカネを使い始める。それが無い限り、今の未曾有の金融緩和政策と同じように、たとえMMTによる莫大な財政出動をしたとしても、カラカラの砂漠に巻かれた水のようにあっという間に吸い込まれ蒸発してしまうと思うのだ。今の経済政策、金融政策では広範な企業のマインドを変え国民が消費を力強く動かす気持ちになれない。経済に対する期待がないからだ。なぜ、私が期待にこだわるか?

◆日本経済に必要なのは将来不安の払拭

 日本国民や企業にカネが無いわけではないからだ。毎日の生活に追われカツカツのところで暮らしている消費者や、月末に運転資金を常に心配している企業には確かにカネはないかもしれない。しかし、偏在はしているが、日本には企業にも国民にも莫大な金が眠ってる。企業の内部留保金は今や500兆円、国民の金融資産は1900兆円もある。定期預金や現金などの残高だけで1000兆円以上にもなるのだ。これらが、その一部でも使われ始めれば景気は一気に好転する。しかし、どちらの資金も頑なに動かない。むしろ、年々積み上がっていく。まるで氷河期や淀んだ沼のようだ。使わず貯める。その理由は、企業は不景気がいつ来てもいいようにと内部留保を貯めこみ、個人は将来が不安だから使わずに貯蓄するとなる。もう一度言いたい。日本経済に必要なのは、希望と期待だ。将来に対する不安の払拭=安心なのだ。

 しかし、その不安の払拭を待っているだけでは仕方ない。少なくとも日本政府がすべき経済政策はある。それはほとんどの野党がすでに主張している。まずは富の再分配、偏在を正すことだ。生活や教育費に困っている層や、もう少し収入があれば生活の質をすぐにでも良くしたいと切望している階層、中流や所得が少なく困っている層にカネをもっと確実に流す政策が必要だ。

 それは、地味な政策ではあるが、確実に個人消費を増やし経済が回っていく。そして、21世紀の日本をリードするような産業育成を地道に行うことも必要だ。その芽は日本にはある。しかし、政府のしていることは真逆だ。たとえば、世界の生命科学をリードする、ノーベル賞を受賞した京都大学のips細胞の山中伸弥教授とその研究所への公的助成は絞ったりするのだ。そんなことをしてはいけない。3つ目に、AI時代にも負けない次世代の日本国民を世に送り出すことも必要不可欠のはずだ。そのためには時間もカネもかかるかもしれないが、近代日本がカネのない時から地道に行ってきた教育に対する継続的な公的支出を行うことだ。しかし、この7年の日本の教育予算は先進国で突出して貧相になってしまった。

 申し訳ない。現代貨幣理論、MMTの話から逸れてしまった。次回はその考察を続け結論まで到達したい。ここまで読んでくださってありがとう。

<文/佐藤治彦>

【佐藤治彦】

さとうはるひこ●経済評論家、ジャーナリスト。1961年、東京都生まれ。慶應義塾大学商学部卒業、東京大学社会情報研究所教育部修了。JPモルガン、チェースマンハッタン銀行ではデリバティブを担当。その後、企業コンサルタント、放送作家などを経て現職。著書に『年収300万~700万円 普通の人がケチらず貯まるお金の話』(扶桑社新書)、『年収300万~700万円 普通の人が老後まで安心して暮らすためのお金の話』 (扶桑社文庫・扶桑社新書)、『しあわせとお金の距離について』(晶文社)、『お金が増える不思議なお金の話ーケチらないで暮らすと、なぜか豊かになる20のこと』(方丈社)、『日経新聞を「早読み」する技術』 (PHPビジネス新書)、『使い捨て店長』(洋泉社新書)

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