コロナで始まった欧州での職人生活。リノベーションや文化財の修繕で感じたこと

HARBOR BUSINESS Online / 2020年9月17日 15時32分

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 世界的なコロナウイルス感染拡大の影響で、旅行先のヨーロッパから帰国できなくなってしまった筆者。現在は遠隔で仕事をしながら、移住も視野に入れつつ、ポーランドで居候生活を続けている。

◆古くても不動産価値は上昇

 居候生活を始めた顛末や、その後の生活については、以前も当サイトで紹介しているので、詳細は割愛させていただこう。早い話が、コロナの影響で期せずしてヨーロッパで暮らしているのだが、リモートだけでは収入に限りがあるため、並行して日雇いの肉体労働を始めることになったのだ。

 その肉体労働というのは住宅のリノベーションと文化財の修復。地震や台風のないヨーロッパでは、旧市街や普通の街並みを歩いていても、築100年などの建物は珍しくない。

 年数が経過するにつれて価値が下がっていく日本とは対照的に、繰り返しリノベーション(リフォーム)を行っていくことで、快適な住宅環境を維持し、不動産価値を上げていくのが一般的だ。

 筆者が滞在しているポーランドでは、住宅は大きく「ドム」(戸建)、「ブロック」(団地のような集合住宅)、「カミェニツァ」(石造りのマンション)の3つにわけられる。それぞれ長短があるのだが、今回はリノベーションを手伝うことになったカミェニツァについて説明したい。

◆築数百年の石と煉瓦造りの建物

 カミェニツァは多くのものが戦前に建てられており、なかには中世まで歴史が遡るものもある。日本とは逆に、建物は古いほうが街の中心地に近いことが多く、天井が高くて広々としていることが多い。

 また、石と煉瓦で作られているため防音性は抜群。熱を通しにくいので、夏は涼しく、冬は暖かさを保ってくれるのだ。

 デメリットとしては、水回りのトラブルや、エレベーターのないものが多いこと。古いだけに修繕費など、維持にお金がかかることなどが挙げられる。かつては栄えていたが、今は利便性こそ高いものの、老朽化が進んでスラムのような状態になっているところもある。これらは後述する文化財の修復と同じく、自治体によって修復や修繕の程度によるので、ケース・バイ・ケースだ。

◆数トンにのぼる廃棄物

 さて、筆者がリノベーションを手伝うことになったのは、築90年ほどの物件の最上階(6階)。なんと幸運なことにカミェニツァなのにも関わらず、エレベーターがついている! 聞くところによると、街で二番目にエレベーターが導入された建物で、何度も修繕が行われているため、重い資材を運ぶ大きな助けになっている。

 しかし、このリノベーション、軽い気持ちで働き始めたが、「リフォーム」という生ぬるいものではない。作業をすればするほど作業が増えていく、蟻地獄のようなものなのだ。

 壁のペンキをコテで剥がせば、その下には石膏。石膏を金槌で壊せば、今度は煉瓦。床のパネルを剥がせば、木製の板。木製の板を剥がせば、砂と梁……と、次々に難敵が現れる。

 前述のように最上階にあるため、木材などは釘を抜いてできるだけ再利用するが、それでも廃棄物は数トンにのぼる。エレベーターに収まるものはまだマシだが、そうでないものは階段で運ばなければならない。新たに使う資材も同じで、朝から住人が仕事から帰る夕方まで、ひたすら工具を振るい続け、資材と廃棄物を運び続けることに……。

◆住み続けることの代償

 カミェニツァ最大の「地雷」である水回りはさらに悲惨だ。パネル、板の下には階下への水漏れを防ぐためにコンクリートが流し込まれていた。さらにそのコンクリートには鉄製の網が溶け込んでいるため、鑿と金槌、ペンチを駆使して作業を進めていく。

 当然、これらは再利用できないため、さらにゴミが増えていく。汗だくで床のコンクリートを打ち続ける姿は、さながら『ショーシャンクの空に』か『大脱走』である。

 ようやく床がなくなったと思えば、今度は梁が腐食していることが判明。これは丸ごと取り替えるのは不可能なので、新鮮な木材とコンクリートで補強することになった。

 「リフォームを繰り返して、歴史的な建物を長く使い続ける」というと聞こえはいいが、その手間は生半可なものではない。しかも、業者に頼むこともできるが、多くのポーランド人は経費を節約するため、こういった作業を自らこなしてしまうのだから、頭が下がる。単にケチなのか、働き者なのか……。

 しかし、しっかりとリノベーションができれば、住宅価値が大きく跳ね上がることになる。自分で暮らすにせよ、売却するにせよ、貸し出すにせよ、苦労して投資しただけのリターンは返ってくるのだ。

◆まさに「アート」な文化財の修繕

 一方、文化財の修繕だが、こちらはテナントが入っていたり、住民が普通に暮らし続けていることも多い。自治体などの補助金が注ぎ込まれるため、美大などを卒業し、修復士を生業にする人は少なくない。こちらも住宅の種類としてはカミェニツァが多く、そのほかには教会なども修繕対象としてはポピュラーだ。

 文化財の修繕で重要なのは、やはり窓や扉、天井などの飾りつけ。運び出せるものは修繕士の工房に移され、数百年前と同じ状態になるよう、ミリ単位の繊細な修繕作業が行われる。

 壁や窓などに造られたレリーフなど、運び出すのが難しいものは、現場に足場を組んで修繕。欠けた部分にコンクリートなどの資材を塗りつけては、コテや鑿などで形を整えていく。さらにヤスリなどで元あった部分と断面が生じないようならし、ハケで欠けたコンクリ片や埃をはらう。絵画などの修繕と同じように、細心の注意をはらいながら作業を進めていくのだ。

◆文化や職人がないがしろにされる日本

 素人の筆者は運ぶ、壊す、塗るといった単純な作業をこなすことが多いが、身を以て歴史の「重さ」を感じている。

 多くの歴史的建築物があることからもわかるとおり、日本でもリノベーションや修繕作業を繰り返すことで、長きに渡って住宅を維持することは可能だろう。しかし、国や自治体、大家や住人の財力、建物を文化として捉える意識、そして何より現場で働く作業員や職人たちへの敬意や報酬には、欧州と比べて大きな隔たりがあるのではないだろうか。

 新国立競技場ひとつとって見ても、アイコニックな建物は取り壊され、まるで違った姿で生まれ変わり、仕事は次々に下請けに任され、実際に現場で働く作業員は過酷な環境に置かれている。

 日本には優れた建築技術があり、筆者が現場で作業をしていても、これまで日本人の自分ですら聞いたことのなかったような建造物が非常に高い評価を得ている。では、なぜそういった建物は老朽化するとともに取り壊され、職人たちは薄給で酷使されなければいけないのか。遠い異国の地で、我々が日頃「当たり前」だと思っていることについて考えさせられた。

<取材・文/林 泰人>

【林泰人】

ライター・編集者。日本人の父、ポーランド人の母を持つ。日本語、英語、ポーランド語のトライリンガルで西武ライオンズファン

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