「買い手の表情」で出方を変えれば商品は高く売れる!? 微表情分析で有利に進める交渉術

HARBOR BUSINESS Online / 2020年10月29日 15時32分

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◆表情を読める売り手は高く売ることができる

 こんにちは。微表情研究家の清水建二です。本連載の第7回で、表情を正確に読む能力が高い売り手ほど、模擬交渉実験において商品を高く売ることが出来る、という研究結果とともに、表情分析・観察のスキルを用いて交渉を首尾よく行う方法を紹介しました。

 紹介した研究結果は、実験のために用意された模擬交渉をもとにしたものですが、現実のビジネス交渉にも十分通じると考えられます。ビジネス交渉において商品について多くの情報を持っているのは、通常、売り手です。売り手は、買い手の気持ち―表情変化に合わせて商品の情報を出し入れし、商品価格を変動させられる側にいることが多いからです。

 筆者の清水は、第7回の連載時から数え、3年以上の間、NPO法人日本交渉協会の特別顧問として、交渉理論と表情分析・観察とを融合させたスキルを構築すべく、現実及び実験における交渉場面で様々に試行錯誤してきました。そこで本日は、こうした過程を経てアップデートされた交渉を主体的に進めるための表情分析・観察スキルを紹介したいと思います。交渉理論と感情理論の理と相手の気持ちを考える情とを融合させたスキルです。

◆交渉理論から交渉の枠組みを考える

 交渉の基礎理論に、バトナ(BATNA:Best Alternative To Negotiated Agreement)とゾーパ(ZOPA:Zone Of Possible Agreement)というものがあります。バトナとは、代替案の中でも最も満足度が高い選択のことを言います。ゾーパとは、交渉者同士の留保点の間、つまり、交渉の合意範囲のことを言います。具体的な例で説明します。

 ある売買交渉で売り手は次のように考えているとします。

 「α社が取り扱うある商品の最低卸売り可能価格は、2,600円です。商談時には、卸売り価格を単価3,000円から始めるようにしています。大量購入や継続取引などの条件次第で最大2,600円まで値下げしています。しかし、買い手が、初期設定価格の3,000円で納得していれば、単価3,000円で卸しています」

 一方、買い手は次のように考えています。

 「ある商品をα社から購入したいと考えています。単価2,800円以下ならば、購入するつもりです。同様の商品を扱うβ社とは、商談済みで、単価2,800円で購入できることがわかっています。なるべく安く購入できないかと思案中です」

 このとき、売り手のバトナは、2,600円です。売値が2,600円より下回ったら、売りません。損をするからです。一方、買い手のバトナは、2,800円です。買値が2,800円より高くなったら、買いません。損をするからです。代わりにβ社から買います。

 ゾーパは、2,600円から2,800円の幅になります。

◆売り手と買い手のバトナとゾーパ

 自分のバトナがハッキリしていれば、交渉を打ち切れるタイミングがわかり、また、相手のバトナがわかれば、適切な交渉を設計できるということを交渉学で学びます。

 ここで売り手の立場になってみて下さい。買い手のバトナがわからない状態で、たまたま「価格は2,800円です。」と言えば、交渉はスムーズにスタートしますが、「価格は3,000円です。」と言い、この価格を維持するならば、交渉は決裂してしまうでしょう。

 どのように買い手のバトナを得ることが出来るでしょうか?

 買い手に「予算はいくらですか?」と聞き、正直に答えてくれれば、解決です。あるいは、自社が扱う同様の商品を扱う会社、ここではβ会社の卸値価格を何らかの方法で取得すれば、買い手のバトナがわかります。

 しかし、買い手がバトナを正直に答えてくれているとは限りません。また、買い手はβ社から見積を得ているとは限りませんし、見積を得ていたとしてもβ社に価格以外にどんな付加価値を見出しているかわかりません。

◆買い手の表情―感情に合わせて売値を変動させる

 ここに表情分析・観察が役立ちます。リアルタイムで買い手のバトナを推測し、ゾーパにあるであろう価格を提示したり、買い手にとっての付加価値を考えることが出来るのです。

 ケースを通じて考えてみましょう。

 あなたはある商品の売買交渉に望む売り手です。売り手のバトナは、2,600円です。しかし、買い手のバトナはわかりません。相場感から2,600円~3,000円の範囲で変動していると予想しています。そこで売り手のあなたは、利潤を最大にするため、「価格は3,000円です。」と買い手に伝えました。

 この価格提示に、買い手が、AあるいはBの微表情―0.5秒以下の瞬間的な表情―反応をしたとき、それぞれどのようなアプローチをしますか?

 Aは、眉が引き上げられ、目が見開き、上唇が引き上がる表情をしています。これは驚きと嫌悪の混合表情です。驚きは、予想外の事態に遭遇したときに生じ、嫌悪は、不快を感じたときに生じます。買い手は、3,000円を予想外かつ不快な価格と感じており、買い手のバトナは3,000円よりかかなり下にあるのではないかと推測できます。交渉を進めるには、値引きアプローチです。

 例えば、「あくまでも定価ですので、もちろん、値引きさせて頂きます。2,800円でいかがでしょうか?購入量によってはさらに値引きさせて頂けます。」と言い、2,800円でも買い手のバトナに届かないときの予防策として、購入量による値引きもあり得るということを付け加えておきます。

 Bの場合だったらいかがでしょうか。Bは、口角と頬が引き上げられ、唇に力が入れられています。これは幸福を抑制した表情です。幸福は、現状が快適なとき、続いて欲しいときに生じます。抑制は、自分が価格に満足していることを隠し、値引き交渉に持って行くために生じたのだと推測します。買い手は、3,000円を適正価格だと感じており、買い手のバトナは3,000円以上だと推測できます。アプローチは、価格維持でよいでしょう。

◆買い手が満足したところへ、さらに値引きをして継続的な顧客になってもらう手も

 実際の交渉の場でこうした個別の表情を多々目にしますが、交渉のテーブルに2人以上が同席し、その2人が相反する表情をすることがときにあります。このケースで言いますと、3,000円の価格提示に対し、一人が嫌悪、もう一人が幸福表情という反応です。こうした場合は、ケースバイケースですが、多くの場合、地位が高い方、あるいは商品について詳しい知識を有している方にアプローチを合わせると、上手く行くことが多いです。

 ここまでは、売り手の利潤最大化を目的としたアプローチでした。買い手の利潤を大きくするアプローチをとることも出来ます。例えば、3,000円という価格提示に対し、買い手がBの幸福の抑制で反応したとします。このとき、敢えて値引きアプローチをとるのです。こんな感じです。

 「ここから特別に値引きさせて頂きたく存じます。今回の取引を期に末永い関係を結べれば幸いです。」

 買い手が、3,000円で満足しているところ、さらに値引きをして、満足を倍増してもらうのです。利潤のパイの配分を買い手に譲ることを通じて、双方で継続的かつ安定的に利潤を得て行きましょう、というメッセージを伝えるのです。

 今回のケースでは売り手に焦点を当てましたが、買い手に焦点を当てても同じように考えることが出来ます。

 次に交渉に望む際、ぜひ相手の表情に注目してみて下さい。交渉相手の隠された意図が微表情として生じるかも知れません。

※本記事中の画像の権利は、株式会社空気を読むを科学する研究所に帰属します。無断転載を禁じます。

参考文献

Elfenbein, H. A., Foo, M. D., White, J. B., Tan, H. H, & Aik, V. C. (2007). Reading your counterpart: The benefit of emotion recognition accuracy for effectiveness in negotiation. Journal of Nonverbal Behavior, 31, 205-223.

安藤雅旺(監修)NPO法人日本交渉協会(編) 『交渉学ノススメ』生産性出版 2017年

<文/清水建二>

【清水建二】

株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役・防衛省講師。1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマ(「科捜研の女 シーズン16・19」)の監修をしたりと、メディア出演の実績も多数ある。著書に『ビジネスに効く 表情のつくり方』(イースト・プレス)、『「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』(フォレスト出版)、『0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』(飛鳥新社)がある。

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