菅首相が進めるDX(デジタルトランスフォーメーション)戦略。国民が突きつけられる2つの道

HARBOR BUSINESS Online / 2020年11月17日 8時31分

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◆菅首相のデジタルトランスフォーメーション(DX)戦略

 菅義偉首相は、社会のデジタル化、すなわちDX(デジタルトランスフォーメーション)を政権の最重要課題としています。2020年10月26日の所信表明演説では「各省庁や自治体の縦割りを打破し、行政のデジタル化を進めます。今後5年で自治体のシステムの統一・標準化を行い、どの自治体にお住まいでも、行政サービスをいち早くお届けします」と述べています。

 それを主たる経済政策と位置づけ、デジタル庁を新設する予定です。9月30日の内閣官房デジタル改革関連法案準備室への訓示では「行政の縦割りを打破し、大胆に規制改革を断行する。正に新しい成長戦略の柱として、我が国の社会経済活動を大転換する改革」と述べ、2021年1月からの通常国会にデジタル庁設置法案を提出するとの方針を示しました。

 菅首相のDX戦略の具体策は、マイナカードの普及、小中学生へのIT端末の普及、押印の廃止の3つです。所信表明演説で「マイナンバーカードについては、今後2年半のうちにほぼ全国民に行き渡ることを目指し、来年3月から保険証とマイナンバーカードの一体化を始め、運転免許証のデジタル化も進めます」「全ての小中学生に対して、1人1台のIT端末の導入を進め、あらゆる子どもたちに、オンライン教育を拡大し、デジタル社会にふさわしい新しい学びを実現します」「行政への申請などにおける押印は、テレワークの妨げともなることから、原則全て廃止します」と述べています。

 デジタル庁の新設やこれら3つの具体策が適切かどうかはさておき、菅首相のDXに対する強い意気込みは伝わってきます。11月10日には、閣僚会議の下に置かれ、担当大臣と有識者で構成する「マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ」に出席するほどの力の入れようです。

◆アナログでファジーな菅首相の国会答弁

 デジタルとは、情報を0と1で示すことです。「ASCII.jpデジタル用語辞典」は「情報を0と1の数字の組み合わせ、あるいは、オンとオフで扱う方式。数値、文字、音声、画像などあらゆる物理的な量や状態をデジタルで表現できる」と解説しています。

 デジタルの対義語は、アナログです。「精選版日本国語大辞典」は「数値を長さ、角度、電流といった連続した物理量で示すこと。文字盤の上に針で時を示す時計や、水銀柱の長さで温度を示す温度計は、この方式に基づく」と解説しています。

 DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、情報のデジタル化を通じて、組織や事業のあり方を変革することです。既存の組織や事業のあり方を前提とし、そこにIT(情報技術)設備を導入するIT活用とは、その点が大きく異なります。具体的には、情報の即応性や正確性というデジタルの特性を用いて、意思決定や組織文化、事業目的、過程をすべて見直すことです。

 DXの観点からすれば、菅首相自身はデジタル化から遠ざかる一方です。例えば、2020年10月29日の参議院本会議において、菅首相は日本学術会議に関する質問に対して「お答えを差し控えます」と述べました。答弁拒否の理由は「人事に関すること」とし、法的な根拠に基づいていません。事前に決められたルールに基づかず、裁量で応答したり、しなかったりすることは、反デジタル的な行為です。

 第2次安倍政権以降、首相や大臣による答弁拒否が増えています。立命館大学の桜井啓太准教授の調べによると、答弁拒否(お答え差し控える)の数が近年、急増しているそうです。過去3年間の平均は、年500件にも上り、内容も「モリカケ桜だけでなく、政策全般で見られた」とのこと。

 議院内閣制では、国会議員の質問に内閣が誠実に答えるという関係がもっとも重要です。議員から尋ねられたことに真正面から答えることで、内閣は正統性を示します。答えない場合も、法的根拠あるいは合理的な理由を示さなければなりません。

 DXには、デジタル化を通じて、曖昧な意思決定や組織文化を変革することが含まれます。それによって、学習する組織とし、より精度高く、素早く目的を達成するわけです。その際、デジタル設備を活用することで、それが可能となります。

 以上から明らかなことは、菅首相自身がDXに反する言動を取り、アナログでファジーな議院内閣制を追求していることです。少なくとも、菅首相がDXを理解しているのか、疑わざるを得ません。

◆無制約のデジタル化か、制約のあるデジタル化か

 DXには、国家主導で野放図に進めるか、それとも倫理とルールに基づいて進めるか、大きく2通りに分かれます。DXやデジタル化といっても、中身によってはまったく違う社会に至るのです。

 前者は、国家とデジタル界(企業や研究機関など)がタッグを組み、個人情報や公正さなどで多少の実害が生じても、デジタル化の発展を徹底的に追求する路線です。アメリカやロシア、中国などの方針です。その背景には、独占・寡占状態で豊富な資金を持つ企業が、制約のない状況で研究開発をすることで、画期的なイノベーションに至るという、新自由主義的な考え方があります。イノベーションの重要性に着目した経済学者・シュンペーターの考え方も同様です。

 後者は、個人情報や公正さなどを損なわないように国家がルールを整備し、その枠内でのデジタル化を追求する路線です。デンマークなどの欧州諸国で見られる路線です。その背景には、取り返しのつかない被害を社会にもたらすべきでないという予防の発想に加え、適切な制約を課す方が、社会にとって有益なイノベーションに至るという、制度経済学的な考え方があります。情報経済学を切り拓いた経済学者・スティグリッツの考え方も同様です。

 菅首相の方針は、前者に近いと考えられます。専修大学の山田健太教授は「顔や指紋、虹彩…進む国家管理」(琉球新報)との評論で、警鐘を鳴らしています。山田教授は「適切で具体的な説明で透明性を確保して信頼を得ること、利活用の際には自己情報コントロール権をきちんと担保すること、こうした諸外国で当たり前のことが何も実現していない。こんな状況の国で、利便性ばかりを高めても、それは情報を収集・利用する側の企業と、政府・政治家の一部が利するだけで、国民のプラスにならない。それどころが、大きなマイナスをもたらすことになるだろう」と指摘しています。

 一方、野党の立憲民主党は後者の路線を追求しています。同党は綱領で「科学技術の発展に貢献するとともに、個人の情報や権利が保護され、個人の生活が侵害されない社会をめざします」との基本方針を示しています。これはDXにおいても同様と考えられます。

◆急務なのは菅首相のDX

 つまり、DXにおいても、自由民主党などの与党ブロックと立憲民主党などの野党ブロックは、基本方針で異なります。どちらもDXを進めることに異論はないとしても、国家とデジタル界がタッグを組み、個人情報や公正さなどで多少の実害が生じても、デジタル化の発展を徹底的に追求する路線の与党ブロックを選択するのか、それとも個人情報や公正さなどを損なわないように国家がルールを整備し、その枠内でのデジタル化を追求する路線の野党ブロックを選択するのか。

 また、菅首相のDXは、国会や内閣のあり方など、自らに都合の悪い分野については含まず、恣意的に「選択と集中」するものです。人々に実害を及ぼす可能性は考慮せず、自らに実害を及ぼす可能性は真っ先に排除するというのは、行政の長として適切なのでしょうか。

 菅首相がDXに本気ならば、答弁拒否と原稿の棒読みを改め、自らの言葉で真正面から答えることから始めるべきです。菅首相のDXこそ、急務です。

<文/田中信一郎>

【田中信一郎】

たなかしんいちろう●千葉商科大学准教授、博士(政治学)。著書に著書に『政権交代が必要なのは、総理が嫌いだからじゃない―私たちが人口減少、経済成熟、気候変動に対応するために』(現代書館)、『国会質問制度の研究~質問主意書1890-2007』(日本出版ネットワーク)。また、『緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説 「安倍政権が不信任に足る7つの理由」』(扶桑社)では法政大の上西充子教授とともに解説を寄せている。国会・行政に関する解説をわかりやすい言葉でツイートしている。Twitter ID/@TanakaShinsyu

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