孤独死、再犯、結婚…遠い償い「女子高生コンクリート詰め殺人」加害者の“その後”から学ぶ教訓
北海道放送 / 2025年1月6日 16時41分
旭川女子高生殺人事件、江別男子大学生集団暴行死事件…北海道では去年、未成年や若者による凶悪事件が相次いだ。少年による刑法犯数が戦後ピークを迎えた1980年代。「史上最悪の少年犯罪」といわれるのが1989年に起きた東京都足立区綾瀬の女子高生コンクリート詰め殺人事件だ。
事件の加害者のひとりである準主犯格のBが、3年前に孤独死していたことが今回新たに判明した。2000年から加害者や親、関係者に行ってきた独自取材や裁判・捜査資料から、知られざる加害者の「その後」をリポートし、矯正教育や社会での処遇について考える。(HBC報道部 山﨑裕侍 ※3回シリーズの3回目 肩書や年齢は取材当時)
■“一生をかけた償い”はあるのか…少年たちのその後
均等に並べられたいくつもの御影石は秋枯れた花に囲まれていた。その一つに私が探していた男の名前はあった。男は1989年に東京都足立区綾瀬で起きた女子高生コンクリート詰め殺人事件の準主犯格B。石には名前と一緒に「令和四年七月十六日享年五十一歳」とある。Bは埼玉県内の霊園でひっそりと眠っていた。
Bの早すぎる死が意味するものは何か。
私がコンクリート詰め殺人事件の加害者や親たちの取材を始めたのは2000年だった。当時相次いで起きた凶悪な少年犯罪に社会が動揺し、刑事処分を可能とする年齢を引き下げる少年法改正案が国会で議論されていた。改正議論の取材で「少年犯罪被害当事者の会」代表・武るり子さんにインタビュー中、ある言葉に私は驚いた。
「加害者側から謝罪もない。線香すらあげに来ない」
刑事裁判や少年審判で加害者は謝罪する。一言「反省しています」と裁判長に言えば判決は求刑より軽くなることも多い。だが、加害者は本当に反省しているのだろうか。罪を償うとはどういうことなのだろうか。
次々と起きる事件に、時が経てばメディアや世間は忘れてしまう。「償い」を見届ける人も、それが検証されることもない。
そんな疑問に答えを見出すため、少年たちの「その後」に目を向けてみようと思ったのが取材の動機だった。
「親の気持ちとしては、これだけ残虐な殺され方をして、『返せ』と言っても死んでしまったわけですから、償いは一生かかってもやってもらいたいと思います」
被害者の父親が法廷で語った言葉を胸に、私は加害者たちを訪ね歩いた。
■自宅が監禁場所だったC(当時16)のその後
2000年秋、Cは埼玉県のアパートでひとり暮らしをしながら仕事をしていた。午前11時半、外出先から戻ってきたところで声をかけた。
記者
「被害者の父親が裁判中に『一生かけて罪を償ってほしい』と言ったが、その言葉は今でも覚えているか?」
C
「覚えています。いろいろ言われたというのは」
記者
「自分の中でどのように受け止めているか?」
C
「今はまだ自分自身の中で落ち着いていないし、こういうふうに生活していればその中で一生懸命やるとか。自分でどうやって生きようかとかそういうことを考えていますね」
Cは被害者の供養など償いに向けた行動はしておらず、今の生活で精いっぱいだと答えた。
週刊誌の報道によると、Cは2018年8月に埼玉県川口市で駐車トラブルとなった男性の肩を警棒で殴った上、ナイフで刺したとして殺人未遂の疑いで緊急逮捕された(『週刊新潮』2018年9月6日号)。
■監視役だったD(当時17)は2021年5月、49歳で病死
Dは1996年に出所した。2000年の取材時点で、東京都内の1DKのアパートで母親と暮らしていた。Dは職に就かず6畳の部屋にカギをかけて閉じこもっていた。母親は隣の3畳の台所で寝起きをしていて、親子の会話はほとんどなかったという。
記者
「出所後、事件について話したことは?」
母親
「一切話はしていないです」
記者
「本人が話そうとしないのか?」
母親
「私の方から話しかけないですし、孤立して隣の部屋で過ごしているので。ただ食事のときだけは『作ったけど食べる?』と聞いて持っていきますけど。亡くなられた方には朝起きたときにいつもお詫びの言葉を唱えています。『申し訳なかったからね、許してください』と」
「できることなら死んでお詫びしたい」と声を震わす母親。殺人事件を起こしたDを育てた親としての自身への罰なのだろうか。息子の社会復帰は諦めていると話す。
Dの母親とは2005年に再会した。母親によるとDは脳がスポンジ状になる病気になってしまったが、治療する費用がなく病気の進行を見守っているしかないと、疲れ切った様子だった。
私はDの病状がずっと気がかりだった。今回、約20年ぶりに母親に取材すると、Dは2021年5月、死亡したという。自宅で呼吸困難に陥り、救急車で運ばれたが、帰らぬ人となった。49歳だった。
■少年院送致となったEとF(ともに当時16)は結婚し家庭を築く
監禁場所だったCの自宅に出入りし、Aらに指示され被害者を強姦したEとF(ともに当時16)。殺害には加わっていない。少年院を退院したあとの2000年に取材したときは、2人とも結婚して子どもが生まれていた。結婚する前に事件のことを妻に説明したという。
Aについてもどうにか取材しようと手を尽くしたが、本人にも家族にも会うことはできなかった。Aについては、2013年1月に東京で起きた振り込め詐欺事件で逮捕されたという報道(『週刊文春』2013年5月2日・9日ゴールデンウィーク特大号)がある。
週刊誌の報道もあわせると、実刑判決を受けた4人のうち3人が再犯し、残りの1人も引きこもり状態になった。裁判で更生を誓い、被害者遺族に償いを科せられても、刑務所から出たら真逆の人生を歩んでいる。
■再犯防止へ変わる刑事司法
彼らの更生を阻んだものは何か。
犯罪を起こした人の社会復帰支援に詳しい立命館大学・森久智江教授(犯罪学)は、Bが服役した頃は、刑事司法が大きく変わろうとしている狭間にあったと語る。
立命館大学・森久智江教授(犯罪学)
「当時の刑務所というのは基本的には刑罰の負荷だけが目的とされていて、受刑者自身のそれまでの生き方や成育歴の中でどういった困難があったかなどを振り返るような場面は非常に限定されていた」
Bが2度目の服役から出所して7年後、国も再犯防止に向けて大きく政策を変える。2016年に再犯防止推進法が施行され、犯罪や非行に走った人たちが社会復帰をするため、地域社会において孤立することのないよう、住居や仕事、医療、福祉など官民が連携して支援していくことを目指すことになった。国の計画策定後、埼玉県が第1期計画をスタートさせたのは2021年。Bの死の前年だった。
そして2025年6月、日本の刑事司法は明治以来となる刑の種類を見直し「拘禁刑」が導入される。これまでの「懲役刑」や「禁固刑」がなくなり、再犯防止に向けた更生に大きく踏み出す。
オープンダイアローグというフィンランド発祥の精神医療の手法などを取り入れながら、チームを組んで一人ひとりの受刑者の再犯防止に取り組む。
森久教授は、対話の効果が、Bのような妄想への治療にも役立つと考える。
立命館大学・森久智江教授(犯罪学)
「オープンダイアローグは自分自身や自分の置かれている状況を鏡のように客観的に見る形になる。こうした対話が、社会との関係性や自分と他者との関係性を本人が知るきっかけになることはわかっている。妄想で疑心暗鬼的になった自分の考え方を良い方向に向けられることができるのではないか」
Bの死から私たちはどんな教訓を得られるのだろうか。私の質問に森久教授は刑務所での医療ケアの充実が必要だとした上で、出所後の支援の課題を指摘した。
立命館大学・森久智江教授(犯罪学)
「出所した後も基本的には家族が責任を全て持たなければいけないような状況になっている。少年事件の家庭の状況は、家庭自体が何かしらの困難を抱えていることが多い。事件前とほとんど変わらないような状態で社会生活を送っていかなければいけない。再犯したというのは、ある意味その状況が変わらない以上、起こるべくして起こったという面がある。生活再建や施設内処遇を変えていかなければならない」
■犯罪や加害者にどう向き合うか…問われる社会の姿勢
だが、世間の目は依然として冷たく、厳しい。
加害者たちのその後は週刊誌でたびたび記事となり、見出しには「犯人たちの更生は完全失敗」「鬼畜行為のすべて」「野獣」などとセンセーショナルな言葉が並ぶ。事件から36年が経つ現在もYouTubeでは事件に関する新たな動画が配信されるなど注目を集め続けている。インターネットでは実名や写真がさらされ、間違った情報も多く出回っている。
凶悪な事件が起きるたびに「こんなやつ死刑にしろ」「刑務所から一生出すな」などと感情的な論調が飛び交う。非道な行為の前に、加害者に向ける理性の力は失せる。だが、感情論だけでは、問題は解決しない。死刑判決にならなければ、加害者はいつか社会に出てくる。刑罰だけで更生も反省も不十分なまま社会に出て、支援もないまま放置されれば再犯を繰り返してしまう可能性は高い。自分や家族だけは、その被害に絶対に遭わないと断言できる人はいないだろう。社会の側が犯罪に、そして加害者にどう向き合うか、私たちの姿勢も問われている。
立命館大学・森久智江教授(犯罪学)
「よく『犯罪者に人権はない』『犯罪者がサポートを得られるのはおかしい』という議論があるが、そうではなくて犯罪に至る前の段階でその人が権利や保障を受けられていなかったために、結果的に犯罪に繋がってしまったというところがある。多くの場合は、犯罪行為以前から満たされていなかった権利。犯罪を起こした人を支援していくことで、結果として再犯に至りにくい社会、新たな被害者を生まない社会を実現をしていくことは、被害者の権利の保障というところとも全く別の話として必要なこと」
■誰かの死から得る教訓
小春日和の下で、乾いた風に吹かれながら、埋葬されて眠るBを私は見ていた。私たちはいつも、誰かの死から何かを学ぶ。ストーカー規制法も、犯罪被害者基本法も、被害者の訴えがあったからこそ実現した。こんな悲しい思いをするのは自分で最後にしてほしいと。だからこそ新たな被害者も加害者も出さない努力を続けなければならない。たとえ加害者であっても、その死から得られる教訓はある。
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