世界初! マッサージチェアの量産化に成功~フジ医療器の開発秘話

ヘルスプレス / 2018年8月9日 14時0分

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フジ医療器(当時・フジ製作所)が開発した第1号機

 世界で初めてマッサージチェアの量産化に成功した「フジ医療器」は、1954年に「フジ医療器製作所」として大阪で創業。第1号となる「木製あんま機」を皮切りに、数多くのマッサージチェアを販売。マッサージチェアのパイオニアと呼ばれる。

 現在もフラッグシップ的な存在である、6種類の「部位集中マッサージ」、3種類の「体幹ほぐし技」、3種類の「部位集中ストレッチ」に加え、合計12種類の独自機能「部位集中技」を駆使しての7分間のコースなどが楽しめる「AS-1100」をはじめ、用途に応じた様々なマッサージチェアを販売。マッサージチェア業界ではトップクラスの売上を維持している。

 今回はそんなフジ医療器の今日に至るまでの歩みや、同社の製品の健康への効果、マッサージチェア業界の課題などを聞くべく、同社の企画部門の責任者であるマッサージ機器事業部の大出健太郎氏と営業本部マーケティング部の一井麻子氏に話を聞いた。

フジ医療器のマッサージチェア誕生秘話

 マッサージチェア業界は世界的に見るとアジア圏での普及が著しく、日本だけでなく中国メーカーなどが参入して様々な商品が開発されている。

 一井氏によれば「日本での市場規模は約470億円。大きく3社で市場を分け合っている現状がある」という。もちろんフジ医療器は、その中の1社だ。

 日本では戦後から1970年代にかけて、マッサージチェアを製作する会社が今以上に多かったというが、フジ医療器が様々なメーカーとの競合を勝ち抜けたのはなぜなのか?

 創業時のフジ医療器は、業務用のマッサージチェアを作り、銭湯などの施設に商品を納めてきた。

 「1954年に販売した第1号機を開発するために、ゴミの山から軟式ボールをつけたり、自転車のチェーンを活用して試作しました。第1号機の当時の値段はそれでも7万円。大卒の初任給が1万もなかったような時代で、たいへん高価だったんです」と一井氏。

 「それを銭湯に置いてもらって、10円で3分間マッサージを受けられるという仕組みでした」と創業当時の様子を明かす。

 まだ日本にマッサージチェアがなかった時代に、なぜ同社はそこに着眼し、誰よりも早くマッサージチェアの開発に着手できたのか? その理由は、それ以前に銭湯の清掃用具などを販売していた創業者の藤本信夫氏の経歴が大きく影響している。

「銭湯でもっとくつろいでもらう方法はないか?」

 営業のために銭湯に足繁く通っていた藤本氏は、銭湯のサービスを観察しながら、「銭湯でもっとくつろいでもらう方法はないか?」と考えるようになった。これがマッサージチェアに着眼したきっかけとなった。その後、第1号機を完成させ、自ら作り上げたマッサージチェアをリアカーに乗せ銭湯の煙突を目印に大阪中に営業して回った。

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