1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. スポーツ
  4. 野球

「20歳そこそこの若者にペコペコ」巨人V9支えた「最強5番」がスカウト部長に 中大後輩2人の活躍が励み

スポーツ報知 / 2024年6月19日 5時15分

04年、ドラフト4巡目に指名した中大・亀井(左)と仮契約。末次編成部長(当時)と握手を交わした

 巨人球団創設90周年記念の連続インタビュー「G九十年かく語りき」の第6回は、V9時代にONの後を打ち「最強の5番打者」として大きな存在感を発揮した末次利光さん(82)だ。大舞台になるほど光る勝負強さで魅了した一方、不慮の事故で選手生命を絶たれた悲運のスラッガーでもあった。現役時代は感情を表に出さないスタイルを貫いた男が、押し隠していた「喜怒哀楽」を語る。(取材・構成=湯浅 佳典、太田 倫)

 日本シリーズのような短期決戦が好きだった。公式戦でONの後を打ってきたしんどさが、逆に生きた。2人が打った後は歓声が鳴りやまず、凡打しても気づかれないことさえある。僕のことなんか見ていないんじゃないかという寂しさもあった。そして、2人を走者に置いて打てなかったときの、静まりかえった雰囲気もつらいものがある。その点、短期決戦は集中して、思い切りいけた。

 入団してから、5番打者の候補として毎年のように実力のある選手が補強されていた。これじゃ試合に出られん、と思ったもんです。でもそういう選手たちは最初のうちはよく打つけど、夏場を過ぎると下降線をたどって、1、2年で辞めていく。巨人の重圧に負けてしまうのかな。これは勝負できる、と活路が見えた。

 引退後はコーチや2軍監督をやって、スカウト部長を11年間務めた。当時は逆指名制度。北から南へ走り回って、20歳そこそこの若者にペコペコ頭を下げて、よろしくお願いしますという毎日だった。選手もシビアでね、「巨人はすぐに外国人を獲るじゃないですか」とチクリと言われたり…。

 でも、苦労して獲ってきた彼らが中心選手になってくれた。中大の後輩の阿部慎之助は立派に監督にまでなった。同じく後輩の亀井善行は、パのある球団に決まりかけていたものを「野球を辞めてからのことを考えても、巨人の方が絶対にいいぞ」って説得して、結果的に逆転入団にこぎつけた。コーチとして頑張っているのを見ると、本当に良かったと思う。

 僕は不器用だから、人生の歩み方の計算ってできない。でも苦しい時も諦めずにいたら、どうなるかは分からない。振り返ってみると「哀」や「苦」に感じたことも、みんな「楽」に変わっているんですよね。

 ◆末次 利光(すえつぐ・としみつ)1942年3月2日、熊本・人吉市出身。82歳。鎮西、中大を経て、65年から13年間巨人でプレー。71年には日本シリーズMVP。74年にはベストナインにも輝いた。引退後は2軍監督、スカウト、編成部長などを歴任し、高橋由伸、上原浩治、阿部慎之助、亀井善行らの獲得に尽力した。74年に民夫から改名。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください