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稲川淳二の季節だ 7・13ツアー怪幕…「77歳ってほんとにねえ…ちょ~うど怪談がおいしい年齢ですよ」

スポーツ報知 / 2024年6月22日 10時0分

鋭い目でカメラマンを指さす稲川淳二(カメラ・頓所 美代子)

 今年も“稲川淳二の季節”がやって来る。怪談話で知られるタレントの稲川淳二(76)が、8月21日に喜寿を迎える。節目を迎えるにあたり、自身の人生と怪談について語った。7月13日からは今年で32年連続の開催となるツアー「MYSTERY NIGHT TOUR 2024 稲川淳二の怪談ナイト~怪談喜寿~」(全国37か所50公演)をスタートさせる。(瀬戸 花音)

 夏といえば、稲川である。「うれしいですね。だけど若けりゃ“夏の男”って、かっこいいけどね、“夏のじじい”じゃ、いまひとつパッとしないよね。あ、じじいだ、お盆かなってみんなそう思っちゃうもんねえ」。明るい雰囲気で取材は始まった。

 だが、インタビューが続くと時折、口調が怪談のそれになる。8月に77歳の喜寿を迎えるという話になった時もそうだった。「77歳ってほんとにねえ…生きててもおかしくないし、死んでてもおかしくないんですよ」

 稲川はまるで怖い話をするかのような口調で続けた。「もう少し若い頃だったりするとねえ、友人に対しても『あいつどうしてるかな。今なんの仕事やってんのかな』と思いますけど、今は違いますよね。『あいつどうしてっかなあ、生きてんのかなあ』ってなりますよねえ。あれこれみ~んな亡くなってますよ」

 だが、この話のオチは恐怖よりも希望につながっていった。「うん、そんなあたりがねえ、ちょ~うど怪談がおいしい年齢ですよ。今、私はまさにね、古い精神を作り直して、新たな感覚が芽生えているんです。生まれたばかりの77歳の坊やなんです。言ってください『坊や~』って(笑い)」

 怪談の第一人者と言われる稲川だが、かつてはリアクション芸人としてテレビをにぎわせていた。一日に各局をはしごして、出ずっぱりだった。トラと1対1で檻(おり)に入ったこともあるという。「二十歳ぐらいのときかな。きっとリアクション芸も嫌いじゃなかったんだよね。終わった後、『え、もっとやんないでいいの』ってディレクターに言うもんだから、『稲川さん珍しいね』って言われてました」

 怪談は子どもの頃から好きだった。仲間内にはよく披露もしていたが、それが電波にのることになったのは、80年代後半、ラジオの深夜番組「オールナイトニッポン」(ニッポン放送)2部だった。「怪談は私にとっては特別じゃなかったんですよ、むしろ普通にあった。それを電波にのせたら、ものすごく反響があってね。オカルトといったら稲川みたいになっちゃって。そこから自然自然に怪談ですよ」

 タレントとして多忙を極めていた55歳の時、周囲の反対を押し切り、全ての番組を降板。怪談一本で生きていくと決めた。怪談を話す稲川は怖いが、怪談に生きる人生の話をする時の稲川はとても楽しそうである。

 「怪談やるとね、不思議なんだけど、周りが勝手にいろんなことするんですよ。頼みもしないのに。ちょっかい出したがるの。仲間内で怖い話してると、途中で『わあ!』って、ちょっかい出して脅かしてくるやつなんかいるでしょう? そういう感じでね、怪談で生きてると、みんなちょっかい出してくる。それがね、楽しいんですよ。逆にお笑いの世界って意外とナーバスなんですよ。笑いって神経質でね。笑ってくれなかったらどうしようって。でも、怪談は関係ないんですよ。『うわあ』ですんじゃうんですから」

 稲川といえば「こわいなあ、こわいなあ」というフレーズのイメージがあるが、「私は実際ほとんど使ってないんですよ」とのこと。「私がタレントの時に粉まみれになったりして、『悲惨だなあ、悲惨だなあ』っていうのがあって。それをたけちゃん(ビートたけし)がまねしたら有名になっちゃって。そこから派生してものまねの人が代々『こわいなあ、こわいなあ』って言ってるんでしょうね」

 「怪談」は「階段」だという。「怪談ってのは、ただ怖い話をするっていうのじゃないんです。その人が生きてきたなかで見たもの、その社会のルール、不安なこと、心、思い、全部が出てくるものなの。だから人生で階段をね、だんだんと上っていくと、違う景色、違う話が見えてくるものなんです」

 稲川の目はわくわくと輝いている。「今、楽しいですよね。今日は今日しかない。一日一日を大事にしなきゃいけない。そんな当たり前のことを、この年になって気づいたの。それで、この年になって死がね、楽しくなったんです。変なね、色気だとかね、欲もなくなって、無欲になった今の自分が一番怪談を話すのに向いてると思うんですよ」

 これからやりたいことを尋ねると「遺書」をつくりたいという。それもただの「遺書」じゃない。この世に生きるものへの宿題にするつもりだ。「私は話を集めにずっと心霊探訪っていうのをやっててね、その道中で自分が経験して、不思議に思ってることを本にまとめて、『どうしてこういうことが起こったのか誰か調べて』って宿題にしていこうかと思うんです。それで、向こうに逝くのが最後の心霊探訪。『じゃあ皆、またねえ』って、今度ばかりは帰ってこない。そうしたいですねえ」

 稲川にとって一番怖いものは何なのか。「怖さがわかんなくなるのが一番怖いんですね」。そうして、急に目を見開いた。「こうやって話してる時も、あなたの後ろにいますよねえ」。肩をすくめる記者を見て、心底楽しそうに笑った。

 ◆稲川 淳二(いながわ・じゅんじ)1947年8月21日、東京都渋谷区生まれ。76歳。70年、桑沢デザイン研究所研究科を卒業。工業デザイナーとして活動し、各種専門学校、短大で立体造形の講師を務める。その後、ドラマ、バラエティー、CMなどで幅広く活躍。怪談話の第一人者として毎年、全国怪談ライブを行っている。96年「車どめ」で通産省選定グッドデザイン賞を受賞。

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