中村芝翫「ドキドキ」 中村橋之助「うれしい」…親子で佐藤忠信役を競演…７月歌舞伎鑑賞教室で奮闘

鼓を手に親子の情愛を表現する中村芝翫（写真提供・国立劇場）

　中村芝翫（５８）が、７月歌舞伎鑑賞教室（１８～２７日・調布市グリーンホール）で「義経千本桜　河連法眼館の場（四の切）」の佐藤忠信／源九郎狐に初役で挑んでいる。長男・中村橋之助（２８）と親子でダブルキャスト。２０歳から３８年かけて平知盛、いがみの権太を含め「立役の卒業論文」と言われる「義経千本桜」主要３役の完演を達成し、女形の名門、成駒屋の歴史に立役として新たな一歩を刻んだ。（有野　博幸）

　重厚な時代物に定評のある芝翫が、白い毛縫いの衣装を身にまとい、神出鬼没に舞台を駆け回る。「やっぱり初役はドキドキしますよ。３日目くらいから、やっと楽しみながら演じられるようになってきました」。ウォーキングと食事制限で体調を整え、顔の肌ツヤも良く、充実感を漂わせた。

　最初は義経の家臣である本物の佐藤忠信として登場する。武士としての風格は本来、芝翫が得意とする部分。その後に登場する狐の姿では、早口のかわいらしい声で話し、アクロバチックな動きが新鮮だ。「本当にいろんな要素のあるお芝居で、まさに『歌・舞・伎』という象徴的な演目ですね。歌舞伎鑑賞教室ですから、スピード感があって、学生さんや初めて歌舞伎に触れるお客様にも楽しんでいただけると思います」

　「立役の卒業論文」と言われる３役の完演を達成して「非常に光栄なことです」。原点は２代目尾上松緑さん（１９８９年死去、享年７６）の導きで８６年に２０歳にして平知盛を初めて演じたこと。「将来に迷っている時に知盛をやらせていただいて、立役として生きる決意をしました」。今でも公演初日は父の「７代目芝翫」と恩人である「２代目松緑」の名前を手のひらに書き、のんで心を落ち着かせている。

　今年２月、中村勘三郎さん（２０１２年死去、享年５７）の十三回忌追善では、いがみの権太を演じた。それによって「３役をやりたいという意欲が湧いてきました」。今回の「四の切」は当初、違う演目の予定だったが、「どうしてもやらせていただきたい」と希望して貪欲にチャンスをつかんだ。

　古典の演目を継承していくことは、大きな財産だ。「３人の息子たち（橋之助、福之助、歌之助）も、みんな『立役をやりたい』ということですので、古典をしっかり堅実にやっていきたい」。橋之助は平成中村座など中村屋、福之助と歌之助は澤瀉屋の公演に起用される機会が増えて、三者三様に持ち味を発揮している。その息子たちと今回、芝翫が忠信を勤めるＢプロで襲名披露以来、７年ぶりに４人同時に舞台に立つ場面がある。

　「２０歳の頃に紀尾井町のおじさま（２代目松緑さん）から教えていただいたことが身に染みて分かってきました。それと１２年前に父を亡くし、先輩方に厳しい言葉で叱咤（しった）激励していただいた。それが血となり肉となっている」。５８歳の原点回帰。初役に挑み、足元を見つめ直した。

　橋之助が「四の切」に出演するのは忠信を初役で演じた２１年の南座以来、３年ぶり。「初役の経験が、一生忘れられない役者人生のターニングポイントになったので、また演じられることが素直にうれしいです。セリフをノートに一文字ずつ書いて、言葉の意味を考えながら覚えたので、今回も少し台本を開いただけで記憶が戻ってきました」

　父とのダブルキャストは「２０代の僕でも息が上がる演目を６０手前でやるのは、すごい。父は芸の引き出しが豊富なので、どんどん盗んでいきたい」。源義経役は、中村梅玉（７７）から指導を受けた次男の福之助、三男の歌之助がダブルキャストで勤めている。

　また、橋之助、福之助、歌之助の３人は昨年に続き、９月１２、１３日に浅草公会堂で自主公演「神谷町小歌舞伎」を開催する。演目は「双蝶々曲輪日記　角力場」「一本刀土俵入」を予定している。

　◆「義経千本桜　河連法眼館の場」　「仮名手本忠臣蔵」「菅原伝授手習鑑」と並ぶ３大名作のひとつ「義経千本桜」の一場面。全五段のうち四段目の最後の場面から、通称「四の切」と呼ばれる。前半、佐藤忠信の正体をめぐる謎について義経、静御前らと緊張感のあるやり取りがあり、後半は源九郎狐の親を慕う気持ちが切々とつづられる。物語だけでなく、早替わりなど派手な演出も見どころ。３代目市川猿之助が確立した澤瀉屋型ではクライマックスに宙乗りを取り入れた。今回の歌舞伎鑑賞教室では上演前に中村玉太郎（２３）が解説を行っている。