【パリ五輪】角田夏実、金メダリストへの“分岐点” 専門学校進学に待ったをかけた高校恩師の存在
スポーツ報知 / 2024年7月28日 6時30分
◆パリ五輪 第2日 ▽柔道(27日・シャンドマルス・アリーナ)
柔道女子48キロ級で角田夏実(31)=SBC湘南美容クリニック=が日本選手団第1号の金メダルに輝いた。決勝で初出場の角田夏実(SBC湘南美容クリニック)がバーサンフー・バブードルジ(モンゴル)を破り、日本勢の夏季五輪通算500個目のメダルを、今大会1号となる金メダルで飾った。
得意のともえ投げで今年の世界女王から技ありを奪い、最後まで攻め続けて優勢勝ちを収めた。女子48キロ級の金メダル獲得は、2004年アテネ大会の谷亮子(旧姓・田村)以来。谷さんが初出場で銀メダルを手にしたバルセロナ大会の4日後に生を受けた新ヒロインは、最軽量級で20年ぶりに日の丸を一番高く掲げた。31歳11カ月での制覇は東京五輪女子78キロ級で30歳10カ月の浜田尚里(自衛隊)を上回り、日本柔道史上最年長優勝となった。
* * *
千葉・八千代高時代、柔道に区切りを付け、専門学校への進学を考えていた。大学で柔道を続ける道に進ませた高校時代の恩師の石渡正明氏(61)が当時を振り返った。
角田を初めて見たのは中学2年の時だった。千葉県の強化講習会で八千代高で練習する機会があり「手足が長くていい選手だな」。楽しみな素材だと感じたが、当時は中高一貫の八千代松陰中に在学。「ルール違反だと思って(勧誘で)声をかけることはなかった」。その後、角田は2年時の全中でわずか13秒で初戦敗退。その悔しさから厳しい環境に身を置くことを考え始め、八千代高校を受験するため3年の2学期に公立中へ転校。急展開で縁がつながった。
石渡監督は指導した千葉県内5校を全て全国大会に導いてきたが、以前は「私のコピーを作れば強くなる」と考えていたという。指導者として経験を積む中で、八千代高在任時は個性を尊重する方針に転換。その頃に出会った角田は個性的な柔道の塊だった。「踊ってるみたいな変な打ち込みをしていたり、ともえ投げも普通は左組みの選手は右足でかけるけど、左足でかけていた」と苦笑する。ただ「試合ではそれなりに決まっている。自分なりに考えながらやっているんだから」と指摘も矯正もしなかった。
得意技のともえ投げはその後、両足でかける独特のスタイルに進化し、威力を増した。石渡監督は「最初に左足でかけるともえ投げがあったからこそ、両足が使えるようになったんだと思う。高校でダメだろ、反対の足だぞって直していたら、今のような選手にはなっていなかったかもしれない」とうなずいた。
高校2年時には翌年に控えていた地元開催の千葉国体を見据え、48キロ級から団体戦階級の52キロ級に上げさせた。手足の長さは1階級上でも十分に強みになると見ていた。最終的には48キロ級に戻して五輪代表をつかむ形とはなったが、当時は減量の負担も考え「52キロ級の方が将来性があると思った」。1年時に48キロ級で出場を逃した全国高校総体で、52キロ級に上げた2年時に3位。角田も本人も、日本一を本気で意識するようになった。
高校では週に6回、3時間の稽古に朝練もあった。練習前のアップから大音量で音楽をかけ、大声を出しながら走る。出稽古に来た選手たちの間で「八千代高校はアップもめっちゃきつい」とうわさになるほど、内容もハードだった。だが、中学までとは比べものにならない練習を積み、臨んだ3年時の全国高校総体は目標としてきた優勝に届かず5位に終わった。
その直後、一度は限界を感じた角田から進路相談で「ケーキ屋さんになりたい」と告げられた。世界を目指せる素質があると信じていた石渡監督は「インターハイで3位になったのに、何言ってんだ!」と叱責。半ば強引に引き留め、前向きに柔道を続けられるような進学先を必死で探していた時、知人から東京学芸大が強化を始めたとの情報を聞いた。
すぐに東京学芸大の射手矢岬監督(63)に連絡を取った。角田に提案すると、勉強と両立できる環境に魅力を感じ、進学して柔道を続けることを決断。「学芸大の自由にやらせてくれた環境が角田を育ててくれた。強豪の大学に行っていても、ケーキ屋を目指していても、今はなかった。あの時、柔道を続けるという選択肢を取ってくれて良かった」。金メダリストへの“分岐点”を振り返り、穏やかな笑みを浮かべた。(林 直史)
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