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【高校野球】掛川西・大石卓哉監督が主将を務めた1998年大会以来の甲子園切符、データ活用で母校をVへ導く

スポーツ報知 / 2024年7月30日 5時25分

1998年以来、26年ぶり夏の甲子園出場を決めて喜ぶ掛川西ナイン(カメラ・塩沢 武士)

◆第106回全国高校野球選手権静岡大会▽決勝 掛川西7―2聖隷クリストファー(29日、草薙球場)

 決勝で掛川西が聖隷クリストファーを7―2で下し、26年ぶり6度目の全国高校野球選手権(甲子園)出場を決めた。2―2の4回1死満塁から杉山侑生(ゆうせい)左翼手(3年)が走者一掃の三塁打で勝ち越し、先発したエース・高橋郁真(3年)が2失点完投。前回出場した1998年大会で主将を務めていた大石卓哉監督(44)が、母校で指揮官として初となる甲子園切符をつかんだ。聖隷クリストファーは春夏通じて初の甲子園出場はかなわなかった。全国選手権は8月4日に抽選が行われ、7日に開幕する。

 掛川西のエース・高橋がスライダーで最後の打者を中飛に仕留めるやいなや、ナインがマウンドに駆け寄った。バス30台で駆け付けた全校生徒と、多くのOB、OGらで埋め尽くされた三塁側スタンドからの大歓声に包まれた。「自分が決勝で最後まで投げる気でいたのでうれしい。自分がミスしても守ってくれた味方に感謝です」と高橋は汗をぬぐった。

 8番・杉山は0―1の2回に一時逆転となる2点適時二塁打を放つと、同点の4回には1死満塁から走者一掃の三塁打で決勝点を挙げ2安打5打点と大暴れ。3試合ぶりのスタメン起用で期待に応え「やってやると思っていただけに結果を残せてうれしいです」と満面の笑みを見せた。

 26年ぶりの聖地に導いたのは同校OBの大石監督だ。勝利後はナインらの手で前回出場時につけていた背番号にちなんで6度宙を舞った。昨秋地区初戦敗退(2●3浜松工)からのスタート。「選手たちが悔しい負けから毎日汗を流した結果だと思います」と声を震わせた。

 夏優勝に向けて確固たる自信があった。決勝前には「派手さはないが体力を含む総合力の部分でこの代は最強」と話していた指揮官。データを活用しながら、鍛え上げてきた。指導者になってから体力測定データを収集。前任校の静岡で部長を務めた際に全国大会に出場した選手のデータも保持しており、その選手たちから算出された平均値に近づくよう工夫。弱点を埋めることを第一に、心肺機能によって個人の走塁練習の量を変えるなどした。

 また3年前からはDNA検査を実施。選手によってアイシングの向き不向きがわかるなど、体のケアの面でも有効活用した。さらにアドレナリン分泌量のスピードが速い選手に代打の素養を認めるなど、起用の判断材料としても用いてきた。

 掲げる目標は75年センバツに並ぶ同校甲子園最高成績のベスト8。監督就任後の最強世代であってもおごりはなかった。高橋は「ユニホームは白くなくなっていい」と泥くさい野球をやっていくと意気込んだ。指揮官は「今までやってきたことを甲子園に向けても取り組んでいくだけ。コツコツやって甲子園の土を踏みたいと思います」と力強く語った。(伊藤 明日香)

 ☆掛川西・宮崎凌月外野手(8回2死二塁から代打で出場し、貴重な中前適時打)「シンプルにセンターに打ち返せた。流れを変えるのが代打の役目です」

 ☆掛川西・鈴木脩平二塁手(9回1死にダメ押しの右越え本塁打)「打った瞬間にいったなと思った。先発の高橋さんを少しでも楽にさせてあげたいと思っていましたが、最高の形になってよかった」

 ◆掛川西(掛川市)1901年に開校した県立校。野球部も同年に創部。生徒人数は983人(うち女子502人)。部員は64人。主な卒業生は元DeNAの赤堀大智、鈴木寛樹、21年東京パラリンピック自転車金メダルの杉浦佳子ら。

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