今年度12勝3敗!絶好調で産休入り 室谷由紀女流三段が思うこと
スポーツ報知 / 2024年8月19日 7時0分
将棋界の話題を取り上げる「王手報知リターンズ」第13回は、室谷由紀女流三段(31)が登場。今年3月に第1子の妊娠を発表。9月頭に出産予定日を控えており、17日から対局を一時休戦して産休に入った。おなかに命を宿らせながら産休ギリギリまで将棋を指し続けた心境を聞いた。(ペン・カメラ 瀬戸 花音)
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産休前最後の対局となった14日の第32期倉敷藤花戦挑戦者決定トーナメント準決勝、対上田初美女流四段。室谷は対局中、ときおり左手で大きなおなかをさすった。盤上を動く右手に揺らぎはなく、勝利を収めた。
母は強し、だ。「室谷さんが無双している」と話すのは後輩女流棋士たち。今年度、ここまで室谷の成績は12勝3敗の勝率8割。勝率5割(11勝11敗)だった前年度の成績と比べても、絶好調といえる。「不思議ですよね。なんでこんな時に限って勝つんだろう。(笑い)でも、先輩女流棋士に聞いたら、『妊婦さんは勝ち出すからね』って。確かに身ごもる前より、どっしり構えられている感じもあるんです。精神的にも安定してる感じもあって。母になる力、みたいなのがあるんですかね」と室谷は穏やかな笑顔を浮かべて言う。
妊娠が分かったのは昨年末。22年1月に結婚した一般男性の夫との間にできた待望の第1子だった。「安定期に入るまではどうなるか分からないから」と、その時点では誰にも言うつもりはなかったが、翌日、実家に帰省する予定があった。当然妊娠は知らず、すしを用意して娘の帰りを待っていた両親。一方の室谷は「生ものは食べられないな」と思い、手をつけなかった。
「コーヒーは飲む?」「(カフェイン入ってるし)いや、大丈夫」「お茶入れようか?」「いや、水でいいよ」。そんな親子の会話が続き、隠し通すのが不可能と判断した。「両親はすっごい喜んでました。でも、安定期に入るまでは期待しないでねって言って」
生活のリズムも対局のリズムも変わった。判明直後はつわりもひどく、トイレから出られないような日々が続き、「対局ができるような状況じゃなかった」。そのため、室谷の体調不良による不戦敗と発表された対局もあった。
安定期に入ると、対局時には自分なりのルーチンができていた。対局開始の午前10時ごろは電車内が混み合っていることから、早めに自宅を出て座れる車両を見つけ、東京・将棋会館へ。千駄ケ谷に着いたらカフェで時間をつぶすか、女流棋士室で横になって待つ。対局は座布団ではなく、椅子対局となった。
対局中も30分に1回ほどは席を立ち、休憩室の畳の上で横になる。赤ちゃんにおなかを元気に蹴られるようにもなった。「もう痛いんですよ。先輩からも聞いてたけど、こんなに蹴られるんだって。でも、不思議と(持ち時間を使い切って)秒読みになると蹴らなくなる。集中しなきゃいけないことをきっと分かってて、親孝行な子なんですよ」
予定日は9月の頭。産休に入るタイミングは、かなり悩んだ。「ずっと戦い続けてきたから、不戦敗っていうものにすごく抵抗があって…。指せる限りは指したい」。だから「負けたら産休に入ろう」と思いながら日本将棋連盟とも相談し、何パターンも産休期間の想定を用意した。結果、室谷は勝ち続け、想定の一番ぎりぎりまで盤上の戦いを続けることになった。
現在、2つの棋戦で勝ち残っている。出産日を考慮すると、挑決ベスト4まで進んでいる女流王座戦は「どう頑張っても難しい」と判断。次戦の西山朋佳女流三冠(29)戦は不戦敗となる。もうひとつは倉敷藤花戦。挑決準決勝前の7月末、室谷は「もし準決勝で勝ったとしても、たぶん挑戦者決定戦は難しいと思います」と話していた。
その準決勝に勝利した当日、20年の女流王将戦以来4年ぶりタイトル戦出場へあと1と迫った直後に室谷休場の知らせが日本将棋連盟から発表された。期間は17日から10月30日。挑戦者決定戦は9月下旬となる見込みだ。
終局後の室谷は言った。「勝つとやっぱり次も指したいって思ってしまいますね。でも初産だし、予定日通りかも分からない。指したい気持ちはあるけど、産休期間での対局になった場合は仕方ないなとも思っています」。明るい表情だった。
たくさんの判断と、たくさんの相談が必要な決断になる。女流棋士であると同時に、母となる室谷の葛藤。だが、室谷の表情を見ると、「葛藤」という言葉のニュアンスよりは幾ばくか、前向きな印象を受ける。赤ちゃんが生まれた後の自分をどう想像しているのだろうか。「溺愛すると思います。心から望んでた子なので。夫と交代で子育てしながら、きっとにぎやかな家庭になるんじゃないかな」
声が躍っていた。では、将棋への影響は? 「先輩の女流棋士もママをやりながら成績を残している。本当にかっこいいなあって思うんです。今は若い子も増えて、みんなすっごい勉強してて、置いていかれないかなってちょっと不安も正直あるけど、でも、ママにしかないパワーもありそうじゃないですか。『ママ頑張ってるよ』って見せたいってのもありますね」
最初は一対一の取材のつもりだったが、室谷は取材中もおなかをさすり、質問に答える前には、いつも自分のおなかを見ていた。そこには母と子がいた。
◆室谷由紀女流三段の「推し棋士」
推し棋士は昔から変わらず、戸辺誠七段(38)です! 昔は自分と指している戦型が似ていたりしたことで、「推し」でした。最近は棋風はそんなに似てないのかなと思うのですが、優しくて気遣いのお人柄という部分で、常に尊敬している先生です。
タイトル戦に出る前には将棋を教えてもらったり、最近ではよくイベントでご一緒したりもするのですが、いまだに目の前にすると緊張してしまって…。「もう緊張しないでしょ!」と戸辺先生にツッこまれたりします。
家には、歴代の戸辺先生の扇子がズラーッとあります。こちらからはなかなかくださいとかは言えないのですが、それを察して「そろそろ新しいのあげる」って先生の方からくださるのがうれしいです。戸辺先生は女流棋士にとても人気があって、以前山口恵梨子さんと対局の時、2人とも戸辺先生の同じ扇子を持って来ていて、爆笑してしまいました。(談)
◆室谷 由紀(むろや・ゆき)1993年3月6日、大阪・大阪狭山市生まれ。31歳。森信雄七段門下。2008年に女流育成会入会。10年、女流棋士に。14年に日本将棋連盟関西本部から東京本部に移籍。将棋大賞では15年度に女流棋士賞&女流最多対局賞、16年度は女流最多対局賞受賞。タイトル挑戦5回。阪神タイガースファン。
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