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「ドラえもんはこんな声をしていたのか」大山のぶ代さんが感激した原作者の藤子・F・不二雄さんの言葉

スポーツ報知 / 2024年10月12日 5時0分

著書出版サイン会でドラえもんのぬいぐるみを手に笑顔の大山のぶ代さん(2006年6月)

 テレビ朝日系人気アニメ「ドラえもん」の声などで知られる、声優の大山のぶ代(おおやま・のぶよ、本名・山下羨代=やました・のぶよ)さんが9月29日午後4時23分、老衰のため都内の病院で死去した。90歳だった。11日に所属事務所が発表した。特徴あるハスキーな声で四半世紀以上にわたりドラえもんに命を吹き込み、子どもたちに親しまれた。2012年にアルツハイマー型認知症と診断され、16年から高齢者施設に入居していた。

 「ぼく、ドラえもんです。ぐふふ…」。一度聞いたら忘れない独特なだみ声で、国民的アニメを支えた大山さんが旅立った。

 大山さんを毎日見舞っていたマネジャーによると、大山さんは今年に入って発熱や血圧上昇などで入院することもあったが、そのたびに回復していた。9月29日に容体が急変。連絡を受けてすぐ、マネジャーが駆けつけたが間に合わなかったという。葬儀は親族のみの密葬で営まれ、ひつぎにはドラえもんの小さなぬいぐるみ、17年に死去した夫の砂川啓介さんとの写真、好物のようかんが納められた。

 大山さんは2001年に直腸がんを患い「ドラえもん」のアフレコを続けながら闘病。08年に発症した脳梗塞(こうそく)の影響もあり、12年にアルツハイマー型認知症と診断された。当初は在宅で介護生活を送っていたが、16年に砂川さんが尿管がんを患ったことから高齢者施設に入居。マネジャーによれば、施設入居後しばらくして会話は困難に。それでも「声をかけると目が動いたりすることもあった」といい、亡くなる前日に見舞った際にも反応はあったという。

 大山さんは1956年に女優デビューし、翌年から声優としても活動を始めた。転機は79年。藤子・F・不二雄さんのコミックを原作にした「ドラえもん」の主人公に起用されると、個性的な地声が人気を博し、同局の看板番組になった。藤子さんに初めて聴かせたとき「ドラえもんはこんな声をしていたのか」と言われた大山さんは「うれしい。この声とは離れない」と感激したという。若返りを図りキャストが一新された05年3月まで26年間、声優を務めた。

 私生活では舞台共演がきっかけで、NHKの子供番組で「たいそうのおにいさん」として活躍した砂川さんと64年に結婚。おしどり夫婦と呼ばれたが、32歳の時に死産を経験。38歳の時に生まれた女児は先天性の疾患のため生後3か月で亡くす不幸もあった。認知症を患って、記憶は薄れていたものの、17年に夫の砂川さんが亡くなった際には最期に立ち会えず、数日後にひつぎの中の砂川さんと対面し涙を流していたという。

 テレ朝版「ドラえもん」の初代キャストは、ジャイアン役のたてかべ和也さん(享年80)が15年に、スネ夫役の肝付兼太さん(享年80)が16年に死去。のび太役の小原乃梨子さん(享年88)も今年7月に死去し、存命はしずかちゃん役の野村道子(86)のみとなった。タケコプターで空に旅立った大山さん。今ごろは愛する夫や懐かしいメンバーと再会を果たしているかもしれない。

 ◆大山さんが声優を務めた主な作品

【アニメ】           

「ハッスルパンチ」(パンチ)

「ハリスの旋風」(石田国松)

「サザエさん」(初代・磯野カツオ)

「のらくろ」(のらくろ)

「ハゼドン」(ハゼドン)

「ドラえもん」(ドラえもん)

【ゲーム】           

「ダンガンロンパ」(初代・モノクマ)

 ◆大山 のぶ代(おおやま・のぶよ)1933年10月16日、東京都生まれ。都立三田高校在学中に俳優座の養成所に入所。56年にNHKドラマ「この瞳」でデビュー。79年4月からテレビ朝日系アニメ「ドラえもん」の声を26年間担当。キャスト一新した2005年3月に水田わさびに引き継いだ。料理研究家としての一面もあり、著書「大山のぶ代のおもしろ酒肴」(81年)はベストセラーに。ゲーム「アルカノイド」の達人としても知られた。

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