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羽生結弦さん 4歳で出会いともに生きたスケート 19歳で五輪王者に 30歳カウントダウン

スポーツ報知 / 2024年12月3日 6時0分

14年、ソチ五輪の男子フリーで演技する羽生さん

 プロスケーターの羽生結弦さんが、7日に30歳の誕生日を迎える。五輪で2度の金メダルを獲得し頂点を極めた競技者時代を経て、プロの世界でも挑戦を続ける羽生さんの足跡をカウントダウン連載で振り返る。初回はスケートと初めて出会った幼少期からアジア人初の五輪王者に輝いた19歳までの進化の軌跡。

 人生のすべてといっていいほどの熱量を費やすことができる存在に、羽生結弦は4歳のときに出会った。スケートへのまっすぐな思いを、大切に、大切に、育みながら、少年は大人になった。

 競技を始めてすぐに、後の“ライバル”と出会うことになる。「9歳の自分」だ。「僕の中で、9歳の自分とずっと戦っているんですよ。もう自信しかない、自信の塊みたいな自分。その時の自分にずっと、『おまえ、まだまだだろ』って言われているような感じがしている」(2019年NHK杯)。初出場の全日本ノービスBで優勝したときの「無敵の自分」は、その後の羽生を支え続けた。

 16歳だった11年3月11日、東日本大震災で被災した。避難所での生活を余儀なくされた。フィギュアスケーターとしてではなく、「被災地代表」として見られることに反抗的になった時期もあった。転機は翌年3月に訪れた。

 初出場の世界選手権(ニース)で銅メダルを獲得した。「被災地への思いを実感できて涙が出てきた」。7位から巻き返しての表彰台だった。「みなさんが応援してくれていることを本当の意味で感じることができた。僕が応援している立場じゃなくて、応援されているんだと」。背負い、受け入れ、前に進むことを決めた。

 14年2月。羽生はソチにいた。幼い頃から夢見た五輪のリンクに立っていた。ショートプログラム(SP)で史上初の100点超えをマークし、歴史の扉を開けた。アジア人初の金メダルだった。「五輪の金メダリストになれたからこそ、震災や復興のためにできることがあるんじゃないか。それに対してのスタート」。快挙を成し遂げた19歳の視線は、先を向いていた。

 2か月後、仙台市での凱旋パレードに9万2000人が集まった。「金メダルは皆さんの応援があったおかげ。皆さんと一つになれた証しだと思う」と感謝した。スケートをうまくなりたいというひたむきな向上心と、応援を受け止める力。10代で頂点を極めた青年は、その後も「史上初」を何度も塗り替えていくことになる。(高木 恵)=敬称略=

 〇…30歳誕生日の当日は、羽生さんが出演・制作総指揮を務めるアイスストーリー第3弾「Yuzuru Hanyu ICE STORY 3rd “Echoes of Life” TOUR」の公演初日(さいたまスーパーアリーナ)となる。ツアーは埼玉公演(7、9、11日=さいたまスーパーアリーナ)から始まり、年明けは広島公演(2025年1月3、5日=広島グリーンアリーナ)、千葉公演(2月7、9日=ららアリーナ東京ベイ)まで行われる。

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