【昭和の大相撲】多賀竜、最後の蔵前国技館でガチガチ緊張も平幕V…昭和59年秋場所プレーバック
スポーツ報知 / 2025年1月1日 20時0分
2025年は令和7年だが、昭和(1926―1989年)で数えると100年になる。"昭和100年"の節目を記念して、昭和の大相撲名勝負を振り返る。
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昭和59年秋は蔵前国技館で最後の場所となった。平幕Vを成し遂げた西前頭12枚目・多賀竜が“ヤマ場”と振り返ったのが、6日目の同6枚目・小錦戦だ。立ち合いから一方的に押され、土俵際に詰まったが、右へ右へと回り、引き落とした。猛烈な勢いを巧みにいなし、「たまたま手が引っかかって、とったりのようになった。運がいいんですよ」と無敗を死守。巨体を裏返された小錦は土俵をたたいて悔しがった。
千秋楽は1敗の多賀竜が単独トップ、2敗で小錦が追う展開で迎えた。多賀竜は大関・朝潮と、その前の一番で、小錦は大関・琴風との対戦が組まれた。
元関脇・多賀竜の鏡山親方は「人生で一番緊張しましたよ。小錦が負ければ優勝が決まるんですから」と今でも手に汗握る。入場する時からガチガチ。土俵下では、自分の座布団を通り越して一番奥に座り、審判に注意されたほどだ。
入幕2場所目で米ハワイ出身の小錦は、終盤戦で2横綱を破り“黒船襲来”と呼ばれる快進撃。千秋楽は琴風も苦戦すると予想されたが、2分16秒の大熱戦の末、小錦に白星。初土俵から10年、多賀竜の初優勝が決まった。実はこの日、土俵入り前にトイレで琴風とばったり。「大関、頑張ってくださいと言ったら『任せなさい』と言ってくれた」。それが現実となった。自身は朝潮に敗れて13勝2敗で終えたが、「結果的に小錦戦が最後に効いたのかなと思う」と回想した。
多賀竜にとって、忘れられない一年でもあった。2月に結婚。5月に両親が交通事故に遭って母を亡くし、父は当時入院中だった。「いろんなことが重なって、大変な年だった。優勝した時は、母が見守ってくれたんだろうなあと感じました」。表彰式後に蛍の光が流れる中、力士、観客がペンライトを振り、蔵前国技館の35年の歴史に別れを告げた。60年初場所から東京開催は現在の両国国技館にバトンタッチされた。(久浦 真一)
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