前を走る乗用車は落下した橋げたとともに吸い込まれた…転落免れたバス運転手・安井義政さんの回顧 阪神大震災きょう30年
スポーツ報知 / 2025年1月17日 5時0分
阪神・淡路大震災は17日、1995年の発生から30年を迎えた。死者・行方不明者が6437人に及んだ甚大な災害の象徴として人々の記憶に鮮明なのが、橋げたが真っ二つに折れた阪神高速道路から前輪が飛び出した状態で転落を免れた観光バス。乗務していた帝産観光(本社・東京都)京都支店の安井義政さん(63)は、今も現役の運転手としてハンドルを握る。「平常心を保って、お客様を安全なところに確保する義務がある」。まるで映画のような危機を生き抜いた経験を胸に刻み、後進に安全運転の大切さを伝えている。(古田 尚)
入社2年目だった安井さんは、今も当時と同じ帝産観光京都支店に勤務している。スマートフォンの待ち受け画面にあるのは、高速道路に引っかかるようにして転落を免れた、あの自身が乗っていたバスの写真だ。「お守りちゃうかな。神戸に行くのに、現場を通る時は『こうやったよな』『ここやったな』と思いますね」と、穏やかな顔で振り返る。
1995年1月17日午前5時46分。空がフラッシュをたいたようにピカッと光ったかと思うと、縦にドーンと衝撃を受け、さらにグワーッと横揺れに襲われた。安井さんは先輩のベテラン運転士・福本良夫さん(当時52)と一緒に、長野県から乗せたスキー客を神戸・三宮に送る最中だった。「僕はガイド席にいたんですけど、福本さんが『やっちゃん、ブレーキ利かへん! ブレーキ利かへん!』って。阪神高速が波打って、空が見えたり下が見えたりの状態の中で止まりました」。地震が収まったのとほぼ同時に目の前の橋げたが崩れ落ち、前を走っていた乗用車が吸い込まれて行くのが見えたという。「僕らもグーッと前に乗り出したけど、グッと引っかかって止まった。もう落ちるなというのはあったんで、絶対見ておこうと思って目を見開いていたら止まったんです」。その光景は今も記憶に生々しく残る。
すぐに乗客を後部座席にある非常口から車外に誘導。1キロほど戻った安全な場所から、高速道路の下に降りるように指示した。当初は10人が神戸まで乗車する予定だったが、途中で給油などもあり「早く帰るなら電車で」と案内。大阪・梅田で7人が下車し、乗っていたのは女性客3人だけだった。「お客様としたら、どこかにぶち当たったか、事故という感覚だったのと違いますかね。『事故じゃなく大きい地震があって、引っかかっている状態なんで降りてください』と誘導させてもらいました」。女性客はバスの前方を見て、腰を抜かしたという。
インターネットも普及していない時代。支店に連絡した時点では、事態は全く認識されていなかった。「7時過ぎかな。まだ報道されていなかったので『何言うてるんですか』みたいな感じでした。その後、報道のヘリが飛んで、阪神高速がえらいことになってる。そして、いの一番にうちのバスが映し出されて、ようやく事務所も分かったみたいで」。近くのコンビニエンスストアでコーヒーとカステラを買って一息つき、カメラも購入して写真にも残した。「こんな状態の中でよく助かったな、よく止まったなと、皆さん言われるんです。ブレーキが利かないなんて、今思ったら大変なこと。僕らは中に乗って揺れている状態だから、動いてる感覚に取りつかれていた」とも述懐する。
あれから30年。運転において何より大切にするのは、乗客の安全だ。「これ(被災)がゼロ地点になったから。再スタートみたいな感じで、やっぱり頑張らなあかんっていう気持ちはあったんで」。63歳で長距離運転もこなす一方、後輩に向けて被災時の心構えも説く。「自分がパニックになったらあかん。平常心を保って、お客様のことを一番に考えて誘導し、安全を確保する義務がある。『お客様、大丈夫ですか』っていう一言が一番大事です」。震災後しばらくして、乗客3人と再会する機会もあった。転落しそうなバスから荷物を取り出して渡していたこともあり、「なんで渡したのかと聞かれました。僕らが持っていても仕方がないからって答えました。生きているからこその笑い話ですけど」。パニックを起こさず、安全に誘導したからこそ笑える後日談だ。
生かされた命。2011年の東日本大震災、16年の熊本地震で復興のボランティア活動に参加し、昨年は能登半島地震の被災地にも向かった。その志は、後進にもしっかりと受け継がれている。「神戸があれだけ早く復興できたのは皆さんのおかげ。僕らも日頃お仕事で行かせてもらって、お世話になっているところなので、ほったらかしにはできない。何かできることがあればやってあげたいなというのがあって、先代の社長の時に声をかけた。ありがたいことに(社員が)参加してくれています」
30年を振り返って「早かったと言えば早かったし、時間がたったなと言えばたった。でも、30年間ここの帝産観光バスで勤め上げられたことは、ありがたいなって感謝しています。バスの運転手になりたいなって思っていたから」。65歳の定年を迎える来年6月まで、安井さんは「元気で、事故なく」大好きな仕事を全うするつもりでいる。
〇…安井さんが乗務していた観光バスはその後、道路公団によってクレーンで地上に下ろされ、道路との接触部分などを修理したうえで、数年間は現役で活躍したという。「普通に日本全国を走っていました。受験生を乗せることもありました」と帝産観光の関係者。“落ちなかった”という強運にあやかり、多くの受験生も利用したという。
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