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照ノ富士が横綱になれたのは師匠・伊勢ケ浜親方の存在も大きかった 元大関・琴風語る「序二段に落ちた時、私なら引退させていた」

スポーツ報知 / 2025年1月18日 5時10分

照ノ富士

 大相撲で優勝10度の第73代横綱・照ノ富士(33)=伊勢ケ浜=が17日、現役引退を発表し、東京・両国国技館で引退会見を行った。大関から一時は序二段まで転落し不屈の闘志で復活。昨年の名古屋場所で史上15人目の2ケタ優勝を遂げたが、横綱在位21場所で休場は13度と故障に苦しみ「激しい相撲人生だった」と回想した。

 * * *

 運命とは不思議だ。照ノ富士が鳥取城北高に入学する前、知人の紹介で旧尾車部屋に10日間ほど滞在した。稽古に参加して最初に食べたのが尾車部屋のちゃんこ。最初の日本人の友だちが天風という力士だった。

 背が高く素直そうな若者はウチの部屋に入りたかったのかもしれない。しかし当時、外国人力士が在籍していて無理。その後、鳥取城北高を出て間垣部屋に入って相撲人生をスタートさせたのだが、ウチの部屋に入っていたら横綱になれたかどうかは分からない。伊勢ケ浜部屋に移籍して苦労したからこそ横綱になれたのだと思う。序二段に落ちた時、私なら引退させていた。伊勢ケ浜親方という師匠の存在も大きかった。

 力士としては出足もあって右を差してかいな(腕)を返す豪快なイメージだが、上手投げで崩すテクニックも持ち合わせていた。それ以上に評価すべきは序二段からはい上がった根性と一人横綱としての責任感だ。それが照ノ富士のバックボーンだろう。

 引退会見を見ていてあの背の高い素直そうな若者が立派な青年に成長していたことに驚いた。これは大相撲という世界と横綱という地位がつくり上げたものだと断言できる。(元大関・琴風、スポーツ報知評論家)

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