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【特集】「あなたを母にしてくださった神様に感謝」 阪神・淡路大震災で犠牲となった息子 命の尊さを語り継ぐ広島に住む母の思い

広島テレビ ニュース / 2025年1月20日 15時1分

広島テレビ放送

2025年1月17日で、6434人が亡くなった「阪神・淡路大震災」から30年です。広島テレビでは、震災で最愛の息子を失った広島の女性を、長年にわたり取材してきました。女性は、2025年も神戸を訪れ、「命の尊さ」を語り続けています。

最愛の息子を突然失ったあの日から30年…

広島テレビ放送

追悼の祈りに包まれる神戸市の東遊園地では、追悼の催しが開かれました。30年という年月で、震災を知らない世代も増えましたが、2024年の2倍近い1万1000人が祈りを捧げました。

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1月17日の朝、神戸市は鎮魂の祈りに包まれました。2025年は、公募によって決められた「よりそう」の文字が灯ろうで浮かび上がりました。

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広島から神戸市を訪れたのは、加藤りつこさん・76歳です。30年前のあの日、震災で一人息子を亡くしました。

りつこさんの長男・加藤貴光さん(1994年)

りつこさんの長男・貴光さんは将来、国連の職員として世界平和に貢献したいと、神戸大学に通っていました。

■加藤貴光さん(1994年)

「こんな世の中では、人間せっかく言葉がしゃべれるのに、もったいないではないか。」

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しかし30年前、「最大震度7」の揺れが阪神・淡路一帯を襲いました。倒壊した下宿先のマンションで、貴光さんは21歳でこの世を去りました。

■加藤りつこさん

「うつぶせでしんどそうに見えるんですよね。だから上に向けてやってって。仰向けにしてやってって頼んだんですよ。」

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突然訪れた絶望の日々。りつこさんを支えたのは、貴光さんからの一通の手紙でした。

■貴光さんからの手紙(一部抜粋)

「私は、あなたから多くの羽根をいただいてきました。力の続く限り翔び続けます。最後に、あなたを母にしてくださった神様に感謝の意をこめて。」

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■加藤りつこさん

「心が折れて、もう死んでしまいたいって何度も思いましたけど、「あなたを母にしてくださった神様に」って、あの子はここまで言ってくれているのに、私がこんなことじゃいけない。」

貴光さんの手紙が紡いだ交流

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この手紙が、りつこさんに出会いを紡ぎました。13年前、広島県福山市の盈進(えいしん)高校との交流が、貴光さんの手紙がきっかけで始まり、追悼の日には神戸を共に訪れ、りつこさんに寄り添ってきました。

(中央)彩さん/(右手前)加藤りつこさん

■彩(さや)さん(当時高校3年生)

「たくさん部活動をはじめ、支えて頂いているので、「みんなのお母さん」であることは間違いないんですけど、貴光さんの代わりにはなれないですけど、一生そばにいさせて頂きたいなと思っています。」

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■加藤りつこさん

「震災を知らない若い世代が、あの時刻に神戸に立ってくれる。そして、あの時刻を超えてくれる。本当に希望がありますね。」

息子に教わった喫茶店

広島テレビ放送

2024年12月、りつこさんは特別な場所を訪れました。貴光さんが、生前に教えてくれた喫茶店です。

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■加藤りつこさん

「初めて来たのが(震災の1か月後の)2月24日だったので。やっぱり窓は、真っ白いシクラメンだったのね。」

広島テレビ放送

ここでなら、安心して泣くことができたといいます。

■加藤りつこさん

「コーヒーをふたつのカップに注いでくれて、「ママ、なにするのかしら」って思ったら、「貴光くんと一緒にどうぞ」って出してくれたの。こんなに、貴光をここにいるものとして向き合ってくれているっていうことで、あったかくて。」

加藤りつこさん

通い始めて30年。2025年も、この季節が訪れました。辛い気持ちをおして、神戸に向かうと決めています。

■加藤りつこさん

「どうしても行ってしまう。それはあの子が亡くなった場所だから。私の足が動くあいだは、同じ場所にいて、思いを届けてやりたいな。」

広島テレビ放送

1月16日に、神戸を訪れたりつこさん。向かった先は、「あの日」から30年を前に開かれた催しです。

■加藤りつこさん

「名前の一つも呼んで、見送ってやれなかった。そばにいてやれなかったことが、本当に申し訳ないのと、悔しいのと。何年経っても私の中では、消えることのない悲しみですから。」

若い世代に伝えたい「出会いの尊さ」

広島テレビ放送

神戸市立渚中学校での講演会で生徒たちに伝えるのは、あの日の記憶です。

■加藤りつこさん

「大きな地震で街が壊れました。『奥さん、気をお確かに』と言われて、その時初めて、貴光が亡くなったんだっていうことがわかったんですね。」

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生徒たちに伝えたいことは、絶望を希望へと変えてくれた出会いの尊さです。

■加藤りつこさん

「記憶というのは、今30年経ちましたけど、全然薄らぐことはありません。どうしてここまで生きられたかよく聞かれるんですが、それは、たくさんの出会いがあったからなんです。いい出会いをして、いい人に恵まれて、人生を幸せの方向に導いていってもらえるような日々を歩んでほしい。」

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■講演を聞いた生徒たちは…

「大きな出会いというのは、とてもかけがえのないものだと思うので、その出会いを大切にして、過ごしていきたいと思います。」

「頑張ってもそれが成し遂げられないというか、なれなかった人も実際いたりするので、自分はその人たちの後悔だったり、悔しい思いの分まで、最後までやりきるのを大切にしたいと思います。」

思いを受け継いだ若い世代

神戸市東遊園地の会場にて

神戸市東遊園地の会場で、加藤りつこさんに今の気持ちを聞きました。

■加藤りつこさん

「30年前の今日、この時刻というのは、もう貴光は息絶えていたんだと思う時に、私たちは広島にいて、その死も知らず、ただ祈るだけでした。無事でいてくれっていうことで。それから30年後に、今のこの神戸の空のもとで、ここに立ってみると、やはりあの時の苦しみ、貴光の苦しみに寄り添ってやれなかったていうのが、本当に辛くて。この時間が刻々と過ぎていく中で、やはりこの30年という時間の重みっていうのも感じますけれども、それもやはり私にとっては昨日の出来事であり、今日の出来事であるということ。ここに立っているということが、貴光への供養になるんじゃないかっていう気持ちで、ここに立っております。」

加藤さんの講演を聞く中学生たち

また、若者に貴光さんを伝えていく思いについて聞きました。

■加藤りつこさん

「明日何が起こるかわからない。明日への希望を持って生きていた人間が、ある日突然亡くなるわけですね。自分の意志と反して、自分が亡がらとなって横たえられていた姿を思うと、命というのは、いつどうなるかわからないということを、若い人たちにも伝えていって、一瞬一瞬を大事に生きてほしいなという気持ちがあって、伝え続けていきたいって思っております。」

彩さん(神戸市東遊園地の会場にて)

交流のある広島県福山市の盈進高校を6年前に卒業し、りつこさんの思いを受け継いだ彩(さや)さんにも話を聞きました。

■彩さん

「私は特に何もできないんですけれども、りつこお母さんが悲しみの中でも愛を持って生き続けた、りつこお母さん自身も今を大事に生きたっていうことを記憶する、そんな存在でありたいと思います。」

広島テレビ放送

貴光さんの志は、母・りつこさんから30年をかけて、多くの若者に受け継がれています。

【テレビ派 2025年1月17日放送】

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