花売りの少年が駆けあがった山道

インフォシーク / 2012年7月23日 17時0分

image photo / Tour De France, Gravesend by Nick Traveller (flickr.com)

 6月30日、ベルギーの都市リエージュをスタート地点にフランス各地を転戦した自転車乗りたちが7月22日、終着点であるシャンゼリゼ通りに凱旋した。1903年に始まり、今年で99回目をむかえたツール・ド・フランス。

 今年の勝者はもみあげを伸ばした大男、ブラドレー・ウィギンズ。彼はイギリス人として初のツール制覇を成し遂げた。

 世界で最も華やかな自転車レース、ツール・ド・フランスはヨーロッパ的文化の象徴のひとつであるに違いない。そんな舞台にかつて、南米の貧しい国から突如現れた男がいた。今年ツールを制したウィギンズとは対照的な、小柄でひょろりとした体。

 1961年、標高1500mのアンデスの小さな村で生まれたコロンビア人、ルイス・エレラ。裕福ではないその少年は、11歳のとき母に与えられた自転車に花を載せ、首都ボゴタまでの山道を往復して金を稼ぐことを覚えた。そんな少年を、いつの間にかボゴタの街の人たちは「小さな庭師さん」呼ぶようになった。

 大人になっても小柄なその「元少年」はやがて海を渡り、やはり自転車でアルプスの山道を駆け上がる。大柄な欧米人をどんどん追い抜きながら。

 南米コロンビアの名もなきアマチュア選手が華やかなツール・ド・フランスの舞台に初めて上がったのは1984年。その年、アルプスの山岳ステージにおいて、コロンビア人初の区間優勝まで果たした。ヨーロッパの人々は予想外の出来事に度肝を抜かれ、その小柄な男の後ろ姿に目を見張った。

 翌1985年には、ツールを4度制したほか、あらゆるレースに勝ちまくったフランスの「神」ベルナール・イノーを山岳コースで散々苦しめた。ステージ優勝を賭けて集団を飛び出し、猛アタックをかけたイノーにただ一人追いすがる、白地に赤い水玉模様のジャージを着たヘレラ。のちにレジョン・ドヌール勲章を与えられた「神」を、南米の貧しい花売りの元少年が追い詰めてゆく。

 並走する二人の姿がゴール直前に物陰に隠れて一瞬見えなくなり、次に姿を現した時にはエレラがフランスの英雄を置き去りにしてゴールを通過していった。

 ヨーロッパ出身者以外で初めての山岳賞を獲得し総合7位と健闘。1987年には再び山岳賞、そして総合5位の栄誉。同年、三大ツール(仏のツール・ド・フランス、スペインのブエルタ・ア・エスパーニャ、伊のジロ・デ・イタリアの3つをグラン・ツールと呼ぶ)のひとつ、ブエルタ・ア・エスパーニャで総合優勝と山岳賞。1988年のツールでは山岳賞は逃したものの、総合6位。

 1989年のジロ・デ・イタリアでは山岳賞。1950年代~60年代にかけてのスペイン人山岳王以来史上2人目の、三大ツールすべての山岳賞受賞者となった。

 1985年の夏、テレビで初めて目にしたひょろりと細く、小さな自転車乗り。まるで絵画のように美しいツールの映像の中を、一人の小柄な男が疾走してゆく。垢ぬけない顔に、白地に赤い水玉のジャージ姿は一見滑稽ですらあった。しかしその姿は、ヨーロッパの自転車乗りの誰よりもわたしを興奮させた。

 インタビューのときもはにかみ、まるで勝利の華やかさを恥じるかのように淡々と話すエレラ。ヨーロッパ人の舞台に突如現れた花売りの元少年は1992年、ジロ・デ・イタリアの山岳賞という輝かしい記録を残したその年に引退。

 ヨーロッパの山道を駆け上がった彼は静かに自転車レースの世界から消え、アンデスの山に帰った。

image photo / Tour De France, Gravesend by Nick Traveller(flickr.com)

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